連載回数
第147回
著者名
畑野智美さん
3行アオリ
最近は、明るく前向きに、頑張ろう! 
という小説が多いと感じます。
別にそれはいいんですが、
普通に生きていきましょう、
と言ってくれるような小説も、
私は書きたいんです。
著者近影(写真)
hatanosan
イントロ

 2010年のデビュー以降、途切れることなく質の高い小説を発表し続けている畑野智美さん。吉川英治文学新人賞の連続候補になるなど、ストーリーテラーの評価を着実なものにしています。新作『大人になったら、』は、カフェで副店長をしている女性を主人公にした恋愛小説。結婚や仕事で決断を迫られる、30代半ばの独身女性の惑いや憂いを、巧みにとらえています。主人公と同年代で、本作に強い共感を寄せるTSUTAYA幡ヶ谷店の永田典子さんとジュンク堂書店吉祥寺店の田村知世さんが、畑野智美さんと大人の女性の恋愛観などを、語らいました。

インタビュー本文

欲しいものは近くにあるのに 気づかない不思議

畑野……『大人になったら、』を構想していた頃、2015年に『感情8号線』を出しました。それとは違うタイプの恋愛小説を書こうと考えていたとき、30代半ばの友人や知り合いと話していると、みんな恋愛や結婚で、すごく迷ったり悩んだりしていました。
 女の子は「結婚したい」「子どもがほしい」、でも「相手がいない」と言うんです。彼女たちの周りには、相手になりそうな男性がいないわけじゃないのに、何で? と思っていました。だけど男性の側も「結婚したい」「けど、彼女もいない」と言うんです。すぐ近くに対象がいるのに、なぜ? と不思議でした。
 ほしいものはすぐ近くにあるのに、実際に何を求めているのか、よくわからない。30代半ばのモヤモヤした空気感に触れて、『大人になったら、』を書こうと考えました。

永田……すごく共感できて、面白く読ませていただきました。私は主人公のメイちゃんが35歳の誕生日を迎える1ページ目から、ガツンと心をつかまれました。本を読むのは遅い方なんですけど、1日で一気に読みました。

畑野……ありがとうございます。

永田……私自身は主人公のメイちゃんが、結婚や仕事など、いろんなことで悩んでいる時期は終わった歳なので、自分もそうだったなぁと思い出しました。性格的には、婚活に勤しんでいる、メイちゃんの親友のみっちゃんに近いです。

畑野……へえ。婚活されていたんですか?

永田……40歳までに子供を産みたいという強い願いにかられて、そこら辺の男友だちとか「永田こわい」と言われるほど、ガツガツ攻めていました。右往左往するのに疲れて、いまはいい感じに、楽ちんな日々に落ち着いています。メイちゃんやみっちゃんなど、登場人物の35歳の女の子たちの心情は、少し前の私そのものなので、よくわかります。

田村……私はメイちゃんと同い歳なので、リアルタイムで深く共感できました。健康について考えるようになるとか、その通りだなぁと。出産の年齢的な限界は、けっこう切実ですが、普段は深く考えないよう別のことで忙しくして、無視している部分があります。

畑野……「仕事が大変だから、子どもがどうとか言ってられないし」という感じですよね。

田村……はい。だけどリミットは確実に迫ってくるし……ふとした瞬間、お風呂に入っているときなどに、わーっ! となります。メイちゃんの葛藤は35歳の私そのもの。同年代の女性も、きっとみんな同じだと思います。

畑野……出産の限界が、確実にやってくる切実さは、男性にはわからないかもしれませんね。

都合よく両思いになれるわけがない

永田……『大人になったら、』は、登場人物たちがとてもいいです。私は畑野さんの『消えない月』を読んでいたので、メイちゃんが恋をする数学講師の羽鳥先生に、ミステリアスな魅力を感じました。

畑野……冒頭の話の運びは、実は『消えない月』と、まったく一緒です。羽鳥先生もストーカーになるのか? と心配されたかもしれません。

永田……ちょっとドキッとしましたが、心温まる展開になりましたね。

田村……私も、羽鳥先生が気になりました。メイちゃんは彼のどこに惹かれたのでしょうか?

畑野……どうして好きになったのかは、はっきりしていません。でも人が人を好きになるのは、どこがいいとか、理由づけできるものじゃない。

永田……そうですね。

畑野……ただ羽鳥先生は、メイちゃんに唯一、「よし、頑張ろう!」というきっかけをくれる人でした。他の男性は、彼女に逃げる口実をつくるような人ばかり。だけど羽鳥先生は違います。メイちゃんが努力する理由をくれた、貴重な大人だったんですね。メイちゃんは実は甘やかされっ子なので、前に進もう! という気持ちを引き起こしてくれる男性を、やはり好きになるのでしょう。あと、単純に顔が好みだった。

田村……それは大事なところですね。

きらら……後半に「わたしが羽鳥先生を好きになっても、羽鳥先生はわたしを好きになってくれない。そう思ったら、羽鳥先生が好きになった」という一節があります。女性の複雑な心理を、よくあらわしています。

畑野……読んだ人のなかには、意味がわからないという人もいましたが、あえて残しました。
 この人は私のことを好きにならないんだなという感情は、恋愛の始まりです。
 意識していない相手なら、好きになっても好きになってくれないんだな……とは、まず考えませんよね。「羽鳥先生はわたしを好きになってくれない」と感じたこと自体、メイちゃんが恋に気づいた瞬間なのだと表現しています。
 ここは説明的な、色気のない文章にしたくありませんでした。「そう思ったら、羽鳥先生が好きになった」という言い方で、女性の読者には、メイちゃんの恋が始まったことが伝わると信じていました。

田村……たしかに伝わりました。

永田……大人の男女が出会って間もなく、相思相愛なんて、簡単にはなりませんよね。

畑野……そう都合よく両思いになるはずはないです。30半ばになると、わかってきます。男女は、噛み合わないのが当然です。なので、恋人がしょっちゅう替わる若い女の子とか、どういう構造で恋愛をしているんだろう? と、首を傾げたくなります。

見返したい原動力は長続きしない

きらら……メイが10年間つき合って別れた、元彼のフウちゃんが、しばしば思い出に現れます。そして共通の友人の結婚パーティで、ふたりは再会も果たします。

田村……案外、フウちゃんのことは忘れずに憶えているんですよね。

畑野……よく女の恋は、上書き保存といいます。けど、そうでもなくない? と思いませんか。男は過去の恋をずるずる引きずるそうですが、女も別に、引きずらないわけではないでしょう。メイちゃんにとっては、10年もつき合って、結婚するつもりだった初めての彼氏ですから、記憶から消え去ることはないと思います。
 でも、メイちゃんは別れたフウちゃんを、恨んではいません。見返してやる! という性格でもないです。見返してやる! という原動力が、仮にあったとしても、女性は長続きしませんよね。フウちゃんは、ただメイちゃんの記憶に残っている、元の恋人という存在。忘れることはないけど、それほどの意味はないと思います。

田村……私は、フウちゃんはデリカシーがないわー、と思いながら読んでいました。

永田……再会してから、そんな前のめりにメイちゃんに関わってくるのかよと、呆れました。

畑野……まあ、男子ですから。

永田……メイちゃんに、何かとちょっかいをかけてくる職場の年下のイケメン・杉本は、最後は可愛かったです。

畑野……最初は嫌なヤツですけど、だんだん可愛くなります。ああいう子を書くのは、好きなんです。たぶん杉本は、けっこう本気でメイちゃんを好きだったでしょうね。

永田……本当にいろんなタイプの人間像を、共感を持たれるように、描き分けられています。畑野さんは天才ですね。

畑野……はい、天才です(笑)。才能しかないので、必死に努力するしかありません。

与えられた場所で咲くのも素晴らしい

きらら……『大人になったら、』は30半ばの煩悶する女性に対して、諦めを促しているわけではなく、無理にエールを送っているわけでもなくて、好感が持てます。

畑野……最近は、明るく前向きに、頑張ろう! という小説が多いと感じます。別にそれはいいんですが、無理ですよ。普通に生きていきましょう、と言ってくれるような小説も、私は書きたいんです。
 私はバイト時代、人から「社員になれば?」と言われるのが、すごく嫌でした。そう言われたら、辞め時だなと思っていました。
 頑張らなくても、上を目指さなくても、人は普通に、楽しく生きていけます。現状維持はダメで、向上しないと幸せになれないみたいな世間の圧力は、息苦しいです。メイちゃんで言えば、勤め先を辞めて独立することが、小説としてはドラマチックなのかもしれませんが、絶対ありえない。独立って、お金の管理などがあって本当に大変なんです。飲食業は特に、苦労します。その大変さにチャレンジするような話は、別の作家が書けばいいでしょう。
 渡辺和子先生の本のタイトルで『置かれた場所で咲きなさい』という言葉がありますが、与えられた場所で咲くのも、素晴らしい人生です。きちんと普通に生活しているんだから、いいじゃないですか。メイちゃんが悩んだすえ、最後に取った選択は、普通の社会人の女性には腑に落ちるものだと思います。

永田……小説から心が離れないというか、あれで良かったなと、安心しました。

田村……35歳の自分は、もっと大人だと想像していましたが、実際は全然そうじゃない。だけど別に焦らないでいいし、無理に大胆になることもないなと、『大人になったら、』は教えてくれた気がします。

畑野……そう言っていただけると嬉しいです。この小説は究極のところ、30代の独身女子だけが読んでくれたらいいと思っています。メイちゃんに共感できない人は、読まなくてもいいです。それはそれで、幸せなことだと思います。30代の独身女子は、全国に何万人もいるはず。届けたい人を限定することで、結果的に広くたくさんの方に読まれるのを期待しています。

(構成/浅野智哉)

著者サイン画像
hatanosanhitokoto
著者名(読みがな付き)
畑野智美(はたの・ともみ)
著者プロフィール

1979年東京都生まれ。2010年『国道沿いのファミレス』で第23回小説すばる新人賞を受賞。2013年『海の見える街』、2014年『南部芸能事務所』で吉川英治文学新人賞の候補となる。著書に『夏のバスプール』『感情8号線』『罪のあとさき』『タイムマシンでは、行けない明日』『家と庭』『消えない月』『シネマコンプレックス』『南部芸能事務所』シリーズなど。