▽▷△超短編!大どんでん返し▼▶︎▲ 似鳥 鶏「vsパンダ」

第3回
似鳥 鶏
「vsパンダ」

 がたがた揺れる4WDの座席で、高田は車酔いをこらえていた。予算の都合で、今回のロケは強行軍なのだ。車酔い程度で「停めてくれ」などとスタッフに言えない。斜め前の助手席に座るディレクターもこちらを振り返ったりせず、前を向いて黙っている。

 高田はタレントだった。空手・柔道・剣道合わせて十段の腕前とトライアスロンの経験を持ついわゆる肉体派タレントだった。しかしトークができなかった。こういう人間がテレビに出続けるためには、やるべきことは決まっていた。スタッフの誰それが遊び半分で考えた無茶でおバカな危険に、ひたすら真剣な表情で取り組む。視聴者はそれを観てタレントの根性に感心し、バカさ加減に優越感を覚える。そうした番組に出る以外に彼が生き残る道はなかった。ある時はアマゾンに連れていかれポロロッカに乗って泳げと言われた。またある時はアルプスの山頂からスキーで帰ってこいと言われた。高田はそれらを根性でこなしてきた。今回は、中国某省の奥地に来ている。電気が来ていた最後の村を出てすでに二時間が経過しているが、車は悪路にひたすら揺られ、時には飛びはね、砂埃を巻き上げながらまだ進み続けている。

 だが、今日の高田はある程度落ち着いていた。今回の企画が「パンダvs高田隆典」だと聞かされていたからだ。

 全体的に知性と知識の乏しい高田は安心していた。vsオランウータンの時は死にかけたしvsカンガルーの時は肋骨を折った。だがパンダならなんとかなりそうだ。俺はこれまでに体長四メートルのアナコンダと一回、ワニと狼とも各二回戦っている。あんな可愛い奴、楽勝だ。

 しかし前を向いたままのディレクターに代わり、後ろの席のADが言った。「相手の体長はおおよそ三メートル。ヒグマぐらいを想定して下さい。このあたりの村では毎年、野パンダに襲われて死者が数名出るそうです。村の近くには沿岸部から色々ゴミが持ち込まれて放置されてまして、それで出るようになったらしいですね。あまり毎年死者が出るので、マシンガンを装備した兵士が常駐しているそうです。今回の相手は、たまたま捕獲に成功して見世物にしているやつだとの話です」

 高田は驚愕した。数秒間口を開けたまま驚愕した後、自らの無知を嘆いた。

 よく考えてみれば、パンダは立派な「熊」だ。動物園にいるやつだって体格は熊そのものだし鋭い爪もついている。あれとやりあえと言うのか。無茶を言うな。

「あの、それ、爪なんか抜いてあるんすよね」

 ディレクターは前を向いて黙っていたが、ADが爽やかに笑った。「まさか」

 高田は驚愕した。「そんな」

「まあ素手じゃきついでしょうから今回は特別です。竹刀を使っていい」

 驚愕する高田の表情を、カメラマンは逃さずにとらえた。そういう番組だった。

 高田は呆然としたまま現地に着き、呆然としたまま村の奥へ連れていかれた。石でできた簡素な家々の並ぶ先に、いささか不似合いな金属製の檻があった。やたらと頑丈な赤錆色の鉄格子が陽光を受けて鈍く輝いている。問題のパンダは檻のむこうにある小屋に引っ込んでいるらしく、姿は見えなかった。

「それじゃ、行きましょうか」

 檻の方を向いたままのディレクターに代わってADが言う。ADは爽やかな笑顔を見せ、カメラに向かって状況の説明をした。カメラが高田の方を向いた。道着姿で鉢巻を締めた高田は竹刀を握りしめ、やけくそ気味に「押忍」と叫んだ。

 カメラが高田の脇に寄る。ADはひとしきり喋った後、写真を出してきて高田に見せた。「これが相手のパンダです」

 高田は写真を見た。そして目を見開き、どう反応してよいのか分からずにそのまま硬直した。

 写真に写っているのは、愛くるしいレッサーパンダだった。

「あの……パンダって」

 ADは爽やかな笑顔を見せ、言った。「パンダですよ。これもパンダでしょう。レッサーパンダ」

 高田は脱力した。そして爆笑した。

 なるほど、パンダはパンダでもレッサーパンダだったらしい。考えてみれば、局にとってもタレントは財産。危険なジャイアントパンダと戦わせる企画など通るはずがないのだ。ああよかった。気の利いたツッコミを入れようとしたが何も思いつかず、高田は笑いながら「押忍」と叫んだ。そして大股で檻に踏み込んだ。今回はギャグの企画だったらしい。

 小屋の中から、写真そっくりのレッサーパンダがのっそりと出てきた。三メートルはゆうにあった。

 背後で入口が閉じる音がし、高田が振り向いた時には厳重に錠がおろされていた。ディレクターはむこうを向いていた。

 沿岸部から運ばれてくる放射性廃棄物を食べて巨大化したレッサーパンダは、大きく口を開けた。

 レッサーパンダの吐いた放射能火炎が、高田の竹刀を一瞬にして灰にした。

 

似鳥 鶏(にたどり・けい)

一九八一年千葉県生まれ。二〇〇六年『理由あって冬に出る』で第一六回鮎川哲也賞に佳作入選しデビュー。多くのシリーズ作品を手がけ「戦力外捜査官」シリーズはテレビドラマ化もされた。他の著書に『100億人のヨリコさん』『一〇一教室』など。