ロスねこ日記 ◈ 北大路公子

第5回 猫さえいれば(前篇)

○十月三十一日

 かいわれブロッコリーの「われ松」を無事に育て上げ(そして食べ)、つくづく思うのはスプラウトの人生の短さについてである。

 種として蒔かれてからわずか十日。十日で食べ頃という名の寿命を迎えてしまう。われ松は、そんな自分の人生をどう受け止めていたのだろう。運命だと諦めていたのか、あるいは抗い切れない大きな力を恨みながら食べられていったのか。

 本心を尋ねてみたいが、もうわれ松はいない。昨日までわさわさと密林のようにわれ松が繁っていた栽培容器。それが今はきれいに洗われ、台所の隅で伏せられている。初冬の弱い陽の光が空っぽの容器を寂しく照らす。その横では、昨日われ松を食べる時に使ったドレッシングの瓶が、同じく陽の光を浴びつつ出しっぱなしになっており、どうして最後に使った人間が冷蔵庫に戻さないのかとふつふつと怒りが湧き上がる。誰だか知らんが、いやほんとは知っているが(父)、片付けろよ。

 まったくもって生きるということは、腹立たしくもあっけないことである。そのあっけなさがなんだか切ない。

 反論があるのはわかっている。たとえば椎茸の「けめたけ」はもっと短期間、五日で食べ頃を迎えた。だが、あれは二~三週間の休息期間を挟んで、都合三度ほどの収穫が可能なのである。三期作とでもいおうか、収穫後に十分の休息と水分を与えることで、また新しい椎茸が生えてくるのだ。

 相撲で言うなら、「けめたけ」という年寄名跡を代々継いでいくようなものである。代々というか三代なのだが、なぜ三代かというと、三度目で一気に椎茸の収穫量が減り、それが最後になることがわかっているからだ。遠からずの消滅である。その日のことを考えると寂しくないわけではない。しかし、昔から「売り家と唐様で書く三代目」との川柳があるではないか。三代目で身上を潰すなら、ある意味、仕方がないのである。

 でも、われ松は違う。たった一度きり。どれほど元気よく育とうと、刈り取られてしまったらもうおしまいである。相撲で言うなら一代年寄。何でも相撲で言うなとお思いだろうが、とにかく後に続く者は誰もいないのだ。孤独で刹那的な生涯である。

 さらに悲しいのは、味にさほどインパクトがないことだ。食べやすそうだという理由で、最初の栽培を決めた私が言うのもなんだが、実際には食べやすいを通り越して嫌味なほどクセがなかった。見た目は完全な草であるのに、食べてみると霞である。いや、霞を食べたことはないけれども、けめたけが市販の椎茸とはまったく違う深い味わいで驚かせてくれたのとは、対照的な淡白さである。

 不憫だと思う。思い返せば思い返すほど、不憫さが募る。

 おそらく私が悪かったのだ。初日、突然の反抗期におろおろし、その後は必要以上にわれ松の動向を気にしすぎてしまった。なかでも、青年期、太陽への傾倒を阻んでしまったことは後悔している。われ松はおひさまが好きな子であった。しかし、私は妙な太陽神信仰への帰依を危惧するあまり、容器をくるくる回して太陽から遠ざけようとしたのである。だが、しょせん短い人生。よけいな手出しはせず、そっと見守る道もあっただろう。五体投地のごとく太陽に向かってべったり身体を倒すわれ松も、また真のわれ松であったはずなのだ。

 短い人生、われ松は幸せだったのか。本当はもっと自由に生きたかったのではないか。ゴーヤのように猛烈に苦くなったり、ヘチマのように奇妙な形の実を生らしたり、向日葵のように大輪の花を咲かせたり、世の中の常識を打ち破るような生き方をしたかったのではないか。そして私はそんなわれ松に、「それでもお前は世界一立派なかいわれブロッコリーだよ」と声をかけてあげるべきだったのではないか。まあ実際にそうなった場合は、明らかにかいわれブロッコリーではないわけだが、そこはほれ、本人がその気になればいいのである。

 次に生まれて来る時は、もっと自由に生きてもらいたい。というか、種はまだあるのだから、もう一度蒔いて育てればいいようなものの、正気に戻って考えると、そこまでのことではないのであった。何をこんなに長々書いてしまったのか。

○十一月二日

 収穫前のわれ松が何かに似ているとずっと考えていたが、思い出した。猫草である。昔、一度だけ育てたことがあった。われ松よりも手間がかからず、あっという間に大きくなった記憶がある。ただ、残念だったのはなぜか肝心の猫が見向きもしなかったことだ。青々と繁った猫草を鼻先まで持っていき、「ほらほら、おいちいちゃんでちゅよー」と渾身の赤ちゃん言葉で話しかけても、一切無視を決め込んでいたのである。

 仕方がないので、猫とは無関係に草だけを育ててみたが、あれは虚しかった。なんというか、鑑賞ポイントのまったくない鑑賞用の緑といおうか、牧草みたいな草が目的もなく、ただ背丈を伸ばしていく。それにひたすら水をやる私。猫がその横を素通りしていく。意味がわからなかった。

 その猫草に、われ松がどことなく似ているのである。もしわれ松だったら、猫は食べただろうか。

○十一月三日

 われ松が収穫されたため、現在、我が家には目に見える形の生き物が人間以外いなくなってしまった。椎茸のけめたけは二度目の休息中、まいたけの「きせのさこ」は来年秋の収穫を目指してプランターの中で冬眠している。六つ子のスプラウトの残り五人は、全員まだ種のままだ。

 寂しい。

 これが猫なら、休んでいる姿や寝ている姿も目にするだけでかわいらしいが、今のけめたけの素はどう見ても切り株のミイラであり、きせのさこに至っては土である。愛でる要素がなかなか見当たらない。

 ああ、猫がいればなあ、と思う。猫さえいれば、何一つ寂しいことなんてない。たとえば、床でぱたりと寝ている猫のそばにそっと横たわり、背中などを撫でながら誰にも言えない胸の内をそっと明かす。

「正直言うと、私、きせのさこはもう死んでるんじゃないかと思うんだ……」

 猫は黙って優しく私の話を聞いているかというと、別にそういったわけでもなく、突然ふいとどこかに行ってしまい、あとに残るのは中途半端な場所に行き倒れた私だけだ。猫に見捨てられ、たった一人、ちりちりした絨毯の感触を感じていると、通りがかった家族に「何やってんの? 邪魔だよ」などと冷たく言われる。

 寂しい。

 あ、いや、寂しくない話をしていたはずが、でも寂しい。それが猫との暮らしである。

 

(つづく)

〈「STORY BOX」2018年5月号掲載〉