今月のイチオシ本 警察小説 香山二三郎

『地獄の犬たち』
深町秋生
角川書店

 血腥い場面が苦手な向きは要注意の出だしだ。主人公の兼高昭吾とその相棒の室岡秀喜は暴力団東鞘会系神津組の組員にして処刑人。東鞘会は内部抗争が激化しており、ふたりは七代目会長十朱義孝に楯突く元幹部喜納修三を片づけるため沖縄に飛ぶ。彼らが地元のシンパから情報を仕入れ獲物を惨殺するところから、本書は幕を開けるのである。

 だが実は兼高は警視庁の潜入捜査官。警察官であるにもかかわらず、殺人も辞さない極道ぶりにまず注目。

 著者は長篇『果てしなき渇き』で第三回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞、作家デビューを果たして以後、日本の暗黒犯罪劇の旗手として活躍を続けてきたが、凄惨な暴力描写、極悪非道なキャラクター造形、冷酷無情な演出と、どれをとっても既作の中でも一、二を争う迫力なのは間違いない。

 では、兼高は殺人にまで手を染めて、いったい何を捜査しようというのか。

 本書の出発点が香港のノワール映画の傑作『インファナル・アフェア』であること、さらにはジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』を基にしたハリウッドの名作『地獄の黙示録』にインスパイアされたことはすでに公にされている。そう、東鞘会の十朱会長には警視庁どころか警察世界それ自体をも崩壊させかねない秘密があったのである。

 兼高らは功績が認められ、帰京後十朱の護衛に就くことになる。どうやら敵対者は特殊部隊出身のアメリカ人暗殺者を雇ったらしい。だがヒットマンは思いも寄らないところに潜んでいた……。

「全員悪人」「下克上 生き残りゲーム」といえば、ご存じ北野武監督のやくざ映画『アウトレイジ』のキャッチフレーズだが、本書は警察小説にしてそれをもしのぐ極道世界の顛末を描き出していく。

 いや、暴力演出だけが読みどころではない。全員が外道でも悪人世界のルールに殉じる気構えは持っており、そうした愛憎の濃さがもたらす黒い悲喜劇もまた強烈な印象を残す。「・警察小説・というジャンルすら破壊する問題作!」──帯の惹句に偽りなしだ。

(文/香山二三郎)
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