今月のイチオシ本 ミステリー小説 宇田川拓也

『手がかりは「平林」 神田紅梅亭寄席物帳』
愛川 晶
原書房

 昨年、五年ぶりに発表された『「茶の湯」の密室』で第二期が開幕した、愛川晶〈神田紅梅亭寄席物帳〉シリーズ。それから十カ月という早さで上梓された最新作『手がかりは「平林」 神田紅梅亭寄席物帳』は、これまで以上に冴えた技巧を愉しみ、手の込んだ仕掛けに驚嘆できる、ふたつの中編を収録した作品だ。

『三題噺 示現流幽霊』までの第一期で「福の助」として活躍した主人公も真打ちに昇進し、山桜亭馬伝を襲名。前作で、初めての弟子(しかも女性!)を持つこととなったわけだが、第二期はこの馬伝の弟子である「お伝」を中心に物語が進んでいく。

 表題作では、馬伝の妻である亮子が勤める小学校でお伝が披露した『平林』、それを聞いたキラキラネームの生徒が抱いた疑問、子供たちの間で『アメショーさん』と呼ばれている異様な風体の男、「ニーロイ、ニーロイ」と繰り返される謎の言葉等々すべてが伏線と化し、中編とは思えない本格ミステリーとしての濃度と密度に度肝を抜かれる。さらに、馬伝の師匠である馬春の推理と閃き、真相を開陳する馬伝の高座、そして最後にお伝が『平林』の疑問点に答えを見つける、謎解きの見事な連なりも秀逸だ。

 続く「カイロウドウケツ」は、表題作を凌駕する手の込みように思わず仰け反ってしまう快作(怪作?)。お伝のテレビ出演をきっかけに起こったトラブルと、高座に上がった複数の落語家が登場人物をそれぞれ分担して演じる『立体落語』から、まさかこんな真相が飛び出してこようとは! 突飛だが絶対ないとはいい切れない着想を、よくこのような形に仕立て上げたものだ。強くひざを打てるのは、本シリーズだからこそ。ほかの書き手が同じことをやっても、こうは上手くいかないだろう。

 また、著者の『神楽坂謎ばなし』(文春文庫)から始まる寄席ミステリー〈神楽坂倶楽部〉シリーズとのリンクもうれしい演出で、「あとがき」によれば、今後さらに物語世界の奥行きを拡げる試みも準備中らしい。演芸本格ミステリーの第一人者から、今後も目が離せない。

(文/宇田川拓也)
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