今月のイチオシ本 デビュー小説 大森 望

『おらおらでひとりいぐも』
若竹千佐子
河出書房新社 本体1,200円+税

 文藝賞は、河出書房新社が主催する純文学系の長編新人賞。15歳、中学3年生で受賞した三並夏、17歳で受賞した堀田あけみ、綿矢りさ、羽田圭介など、若くして獲る人が目立つ賞という印象だったが、『おらおらでひとりいぐも』で第54回文藝賞を受賞した若竹千佐子は、1954年、岩手県遠野市生まれの63歳(千葉県在住)。同賞正賞では歴代最年長の受賞者となった。受賞作は、発売直後から純文学系の新人としては異例の売れ行きだったが、第158回芥川賞にもノミネートされ、さらに脚光を浴びている。

 東北弁のタイトルは、宮沢賢治「永訣の朝」の一節、「もうけふおまへはわかれてしまふ/(Ora Orade Shitori egumo)/ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ」からとられたもの。「わたしはわたしで、ひとり行きます」というような意味らしい。こういう東北弁の響きとリズムが小説に独特の輝きを与え、黙読しているだけでも妙に楽しくなってくる。

 主人公は、74歳の桃子さん。夫を亡くして15年、愛犬も看取り、ひとり暮らしの今はこわいものなし。身ひとつで上野駅に降り立ってから50年、長い東京暮らしで標準語が染みついたはずが、なぜか今、方言がひとりでにどんどん湧いてくる。桃子さんの体の中には、「おらだば、おめだ」と主張する大勢の桃子さん(若者気取りもいれば長老もいる)が、小腸の柔毛突起さながらにひしめきあい、口々に勝手なことをしゃべり、その声が混じり合ってジャズのセッションのように響く。

 途中、夢見る瞳の柔毛突起が進み出て、「おらしあわせだったも/身も心も捧げつくしたおらの半生」と語り出したかと思うと「独りよがりの話はやめでけろ/んだ、きれいごどばり言うな」とツッコミが入り、方言ミュージカルさながらのシーンが展開されたりして、「ドキュメント女ののど自慢」的に重たいエピソードの合間にも軽やかなユーモアを忘れないのが特徴。最近流行の老人文学、方言小説の中でもひときわ輝く、個性あふれるデビュー作だ。

(文/大森 望)