今月のイチオシ本【警察小説】香山二三郎

『総力捜査』
安東能明
新潮文庫 本体750円+税

 多くの作家が警察小説に手を染め始めた一九九〇年代、よく聞かれたのは、現場情報がなかなか得られないという愚痴だった。今は情報開示が進んでいるが、当時の警察はまだ外部に門戸を閉ざしており、取材をしても通り一遍のことしかわからなかった。そんな中、朴訥というか武骨な人柄で相手の懐に入り、情報源の信頼を得たのが安東能明である。

 安東作品の魅力はズバリ、豊富な取材に基づいたリアリスティックな演出。日本推理作家協会賞受賞作「随監」を含む『撃てない警官』から始まる柴崎警部シリーズはまさにその典型といえよう。

 柴崎はもともと警視庁総務部企画課の係長を務めるエリートだったが、部下の拳銃自殺をきっかけに左遷、足立区の綾瀬署に飛ばされた。このシリーズはそこの警務課長代理として様々な事件を経るうちに人間的に成長していく彼の姿をとらえた連作ミステリーである。

 シリーズ第五作の本書は全五篇を収録。帯の惹句にある通り、読みどころは柴崎に"相棒"が誕生することだが、部下への暴行で降格処分を受けたベテラン刑事の面倒を見ることになる冒頭の「罰俸」にはまだ出てこない。その人、上河内博人刑事課長代理の登場は続く「秒差の本命」からだが、「光沢のあるネイビースーツに同系色のグラフチェックシャツ」と制服揃いの中では服装からして派手。態度も馴れ馴れしく、柴崎にいわせれば「口八丁手八丁を絵に描いたような男だ」。しかし捜査能力も秀でており、本話では信号故障による交通事故と前後して発生した不審な出来事に犯罪の臭いを嗅ぎつける。

 パワハラ被害が疑われる女性警官への捜査の行方を描いた「歪みの連鎖」、男女の心中事件の真相に迫る「独り心中」、そして地元商店街に移ってきた暴力団事務所で抗争事件が勃発、警察と住民が協力して排除にかかる表題作「総力捜査」と、いずれも柴崎&上河内が表向きの事件から意外な真実を暴き出していくという筋立て。地味な柴崎は上河内に食われがちではあるが、次第に息の合ったバディぶりを発揮していくのである。

 

(「STORY BOX」2018年3月号掲載)

(文/香山二三郎)