今月のイチオシ本【ノンフィクション】東 えりか

『老いぼれ記者魂 青山学院春木教授事件四十五年目の結末』
早瀬圭一
幻戯書房

 昭和四十八年(一九七三年)三月、青山学院大学で後世に残る一大スキャンダルが噴出した。「大学教授が教え子に暴行した」と朝日新聞がすっぱ抜いたのだ。逮捕されたのは、当時の法学部教授、春木猛(六三)で被害者は同学部四年生のA・T子さん。被害者の証言や警察の調べ、関係者の話を総合すると、春木教授は「卒業試験の採点を手伝ってほしい」とT子さんに声をかけ自分の研究室で乱暴し、いったんは謝ったものの、その一日おいた後、今度は「卒業後は学校に残って研究を手伝ってほしい」ともちかけ、再び乱暴した。T子さんは一週間程度の怪我をしたという。

 だがこの事件、当初から不自然であると感じる人が多かった。地位も名誉もある六十三歳の教授が自分の研究室等に連れ込んで乱暴を、それも二回もするだろうか。女子学生もその相手と重ねて会うだろうか。ハニートラップではないのか。

 著者は当時、毎日新聞の社会部の記者で、スクープを抜かれた一人である。すぐにこの事件を追うとそこには青山学院で起こっていた権力闘争と、大学用地の土地取引を巡る話が浮かび上がってきた。

 春木は身の潔白を主張した。合意の上での関係であり、積極的だったのはT子、自分は女性の気持ちも大事にしようとしたという言い草は腹立たしいが、それよりT子の関係者が胡散臭い。後の「地上げの帝王」最上恒産社長、早坂太吉とT子は深い関係にあったようなのだ。

 結局、春木は裁判に負け失意のうちに亡くなった。しかしこの事件に関わった何人もの記者やジャーナリストはどうしても諦めきれない。その後も追いかけ膨大な資料を集め、真相に肉薄しながら病気などで倒れていく。最後に残ったのが、この著者だ。仲間が集めた資料を精査し、新事実を見つけ、遂にはT子本人に電話取材をすることさえできたのだ。

 先ごろ起こったレイプ事件の経緯をみても、男女の密室での出来事が有罪になるか無罪なのか、当事者の利害関係によって大きく違うものだと驚かされる。一人の記者が執念で書き上げたルポルタージュである。とにかく熱い一冊だ。

(文/東 えりか)
思い出の味 ◈ 原田ひ香
読書の意義を見つめ直す『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』