インタビュー 本と私 石黒 浩さん

連載回数
第31回
3行アオリ
アンドロイドの研究は
人間とは何かへの回答
著者近影(写真)
石黒さん
イントロ

大阪大学大学院基礎工学研究科の石黒浩教授は、

「マツコロイド」のように人間をそのまま生き写しにした仕草や動作、

外見を持ったアンドロイドの開発者として知られる。

2006年には、遠隔操作できる自身のアンドロイド 「ジェミノイド™」を発表し、世間を驚嘆させた。

世界的に評価されるその研究の根幹にあるのは、 「人間とは何か」という根源的で哲学的な問いだ。

その究極の謎に対しての解を探るために、 ロボット工学の研究を続けているという。

異端の研究者は、人生のなかで 本とどのように関わってきたのだろうか。

天才型の太宰治に惹かれた学生時代

 

──ロボット工学の独創的な研究で知られる石黒教授は子どもの頃から集中力がずば抜けていた。

 幼い頃から、画家になりたいと思っていたんです。小学校低学年の頃は授業中も先生の話を聞かずに絵のことばかり考えていました。ひとつのことに夢中になるとそればかりで、3年生になるとその対象が日記へと移ります。気になったことを何でも書くので、2~3日で1冊書き終わっていましたね。そして小説を書くことに興味を持って、小学校6年生の時にはSF小説にも挑戦しました。

──物を作ること、書くことの好きな少年だった。まず創作があり、その後に読むという行為と出逢った。

 読書に目覚めたのは中学に入ってから。速読により猛烈なペースで読破していました。高校時代は、太宰治が好きでしたね。あの文体と描写力は本当に素晴らしい。太宰は天才ですね。文章も考えて書いているという感じがまったくしない。それに対して、川端康成は賢い秀才型だと思います。なかでも『掌の小説』には感心しました。長い小説は誰でも書けるけれど、短編のなかにあれだけ余韻を持たせるというのはそうそうできることではない。僕の憧れている画家のシャガールは天才的な太宰タイプです。でも僕は絵は論理的に描こうとする川端タイプだと思います。高校の時には、ハーレクインロマンスも60冊以上読みました。・遠山の金さん・のようにどれも同じパターンなんですが、小説をどうやって書くかの勉強になれば、とその構造を学ぼうと思いました。

──絵だけで生きる決心がつかずに大学へ進学。計算機科学を学び、画像に何が写っているかをコンピューターに認識させる、コンピュータービジョンの研究で博士号を取得。その研究がロボットへと繋がった。

 普通の大学生と同じように、当時は週刊漫画誌も読んでいましたね。その後も定期的に読み、なかでも破格な曹操の生き様を描いた『蒼天航路』とか、SF的な『寄生獣』が印象深かった。大学時代もずっと真剣に絵を描いていましたが、次第に自分には天性の才能がないと見切りをつけて、研究者の道へと進む。コンピューターによる認識の研究が、やがてロボットへと広がったのは必然だったと思います。さらには身体を持たないコンピューターに真の認識は可能かと考えると、・人間とは何か・という問いも持つようになりました。

 

タブーに踏み込む 「見かけ」こそ重要

 

──研究のために必要な哲学書、認知科学の本は、ひと通り読んだ。

 近世哲学の祖であるデカルトは、『方法序説』のなかで「我思う、ゆえに我あり」という有名な言葉で自己存在を捉えました。哲学者としては、最も優れた論だと感じます。ただし、彼はまだ神を前提としているんですね。その意味で『ツァラトゥストラかく語りき』のなかで「神は死んだ」と綴ったニーチェは、より近代的な思想の持ち主です。でも、そういう本はあくまで参考として読むだけでしたね。ロボットを作るためにはやはりオリジナルな考えを積み上げる必要がある。まず自ら思考し、答えを出して、それを哲学書で確認するといった作業でした。

──石黒教授が一躍注目を浴びたのは、アンドロイド研究だった。2006年には自身にそっくりな「ジェミノイド」を造り、翌年、CNNの「世界を変える8人の天才」に選出される。テレビ番組では、石黒教授の手掛けたマツコ・デラックスに酷似する「マツコロイド」が登場し、話題を呼んだ。皮膚の質感、目や肩の微妙な動きなどが、見事に再現されていた。

 ロボットと人間の自然なコミュニケーションを成立させるために、ロボットの「見かけ」は非常に重要です。ロボットにどれだけ知性があっても、外見や話し方がよくなければ人間から好感や共感は得られない。外見の重要性はロボット工学の世界ではみな薄々気づいていたけれど、タブー視されていたことでした。僕のアンドロイド研究は、「人間とは何か」を解明するためのひとつのツールなんです。工学的に人間と同じものができれば、人間とは何かという説明にもなります。

 そういう僕の研究には外国人のほうが理解があって、講演にもよく呼ばれます。ある時、アメリカでIT関連の講演があって、控え室で進化生物学者と一緒になりました。なぜこんなところに進化生物学者がいるのかと思って「あなたは誰ですか」と不躾に聞いたら、それがジャレド・ダイアモンドだった(笑)。その後、世界的ベストセラーになった彼の著書『銃・病原菌・鉄』を読んだけれど、非常に優れた一冊だと感心しました。

 

カズオ・イシグロの 懐かしさとリアルさ

 

──ロボット工学の分野で世界的に活躍しながら石黒教授は数年前、再び小説にチャレンジした。

 限りある人生、興味のあることすべてに挑むことはできない。でも、改めて小説にも取り組みたいと考えて、SFを10冊ほど読んだんです。それで出逢ったのが、今年ノーベル文学賞受賞で話題になったカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』でした。もう一気に読みましたね。クローンという題材をここまでリアルに、そして懐かしさが匂うように描けるのは本当にすごい、と。彼の描写力は太宰なみで、やはり文章が天才的に巧い。同じ意味で惹かれるのが、オノ・ヨーコの本です。『グレープフルーツ・ジュース』や『どんぐり』は見開きに絵と数行の文章だけある、まさにアート作品と言えるもの。その世界を丁寧に描写していくと、カズオ・イシグロになるんです。

──そして、信頼できるライターと共同執筆の形で小説『人はアンドロイドになるために』を上梓。人の権利とは、生死とは何か。人間とロボットは最終的に同じになり得るのかといったテーマを小説で提示した。

 僕はアンドロイドの研究でパイオニアと言われてきましたが、発想の仕方は芸術と同じなんです。発明する時は直感的で、説明ができない。つまり最先端の技術や科学は、芸術と同じということです。例えばダ・ヴィンチは絵画や建築、物理学や医学などすべてに通じていましたよね。今は専門性が強すぎて、その多くは単なる職業研究者になってしまっている。でも真の研究者とは、学問の分野を超えたところに位置します。

 そろそろまた人々が僕の研究を知ってゾクッとするような、過去に例のない何か未知のものを発表できればと、そう考えているんです。

(構成/鳥海美奈子)

 

インタビュイー名
石黒 浩さん
インタビュイー肩書
ロボット工学者
プロフィール

1963年滋賀県生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻博士課程修了。工学博士、大阪大学教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。専門は知能情報学で、平成27年度科学技術分野の文部科学大臣表彰受賞、ドバイ首長名の国際賞、シェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞を受賞するなど世界的にも注目を集める。