インタビュー 浅田次郎さん 『竜宮城と七夕さま』

連載回数
第50回
著者名
浅田次郎さん
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調べる前に考えろ
著者近影(写真)
浅田次郎
イントロ

常に複数の小説連載を抱える浅田次郎が、 ライフワークのように書き続けているエッセイがある。 二〇〇二年よりJALグループ機内誌『スカイワード』で連載している「つばさよつばさ」だ。 旅をテーマに国内外で遭遇した笑いと感動の出来事を綴りつつ、 日常のふとした出合いから想像を巡らせる筆致には、 「考える楽しさ」が宿っている。 

 一年のうち三分の一から四分の一は旅をしていると公言する浅田次郎は、旅の経験や発見を小説に溶かし込んでいく一方で、旅の出来事をダイレクトに綴るエッセイも二〇〇二年から毎月一本、原稿用紙七枚のボリュームで連載し続けている。シリーズ第四弾『竜宮城と七夕さま』には、二〇一三年~一六年にかけて掲載された全四〇編が収録されている。

「旅の仕方で一番間違っているのは、行った先々で勉強しようとすることです。現地の情報をすぐにスマホで調べたり、ガイドさんの話を聞き漏らさないようメモを取るなんて姿勢では、旅をする意味がない。自分の肉眼で観て心で感じることの方がずっと大切だし、目的意識なんか捨てて漫然と旅をすることが大事なんですよ。そうやって旅をしていれば、だらだらだらだら、頭の中でいろんなことを考えるようになる。その一部を小説で書き、小説にはならなかったものをエッセイにしたのがこのシリーズなんです」

 ブダペストの温泉に行って考えた、日本が温泉大国である理由。台北の巨大ホテル『圓山大飯店』の最上階にある「抜け穴」から思い付いた、西安事件の顛末。「百万ドルを支払ってもいいくらいの体験をした」ラスベガスでは、幼い頃の祖母との思い出が蘇る。本書のタイトルになった一篇「竜宮城と七夕さま」は、浦島太郎の旅への疑問から幕を開ける。

「竜宮城で、乙姫さまが出してきたごちそうの献立はなんだったのか。スマホで調べても絶対答えは出てこない(笑)。まず、昔は肉食が戒められていたから、肉は出ない。じゃあ、魚が出るのだろうか? 目の前で自分のために舞い踊ってるタイやヒラメを食べることになるのか。これ、怖い話でしょ。織姫と彦星の話にしても、一年に一度しか会えなくてうまくいってるカップルなんて聞いたことがない。それでも二人が別れないんだとしたら、何か特別な理由があるのでは? そういう想像をすることは、ものを作り出す創造にも結びつく。想像はね、創造の母なんです」

 

シャープさから ボディブローへ

 

 想像は、庭の散策から生まれることもあれば、薬箱の蓋に付いている「水分補給」という注意書きから始まることもある。昭和三九年前後の山手線で出会った「水おじさん」の思い出が蘇り、現代のミネラルウォーター事情を経由して「母なる国の水のありがたさ」に辿り着く……。

「突拍子もないシャープなことっていうのは、若い頃のほうがたくさん思い付きましたね。ギャグと同じですよ。若い頃のギャグってのはキレがあるから、昔の自分のお笑い小説なんかをみると、今では言えないギャグを言っているんです。年を取るに従ってね、キレは悪くなる。ところが、キレがなくなるからつまらないかというと、質が変わってくるんですよね。今はボディブローっぽい、じわじわ効いてくるユーモアになっているんじゃないかな」

 連載開始時は五〇歳だったが、浅田は現在六五歳となった。人生と同様、エッセイにも円熟味が増しているのだ。本巻には恒例のダイエット話も登場するが、ついに「悩みが解消」し「悟りを開いた」と記す。いわく、「デブは美しく、デブはたくましい。ただちにダイエットの煩悩を去れ」。食欲を解放し、中華料理を食べまくる展開が楽しい。

「僕の子どもの頃は、デブ=健康だったんですよ。痩せてるやつは、貧乏とか病気とか、マイナスなことしか言われなかった。それが今やデブ=糖尿病・高血圧・不健康ってイメージになりました。でもね、中国もそうだしインドもそう、イスラム圏なんかに行くとデブは富の象徴だし、モテるんです。日本でも、なんとかイメージを逆転できないかと思っているんです。僕が痩せるよりも、僕が・デブ・イズ・ビューティ・と言って流行らせた方が早いんじゃないかなって思うんですよ(笑)」

 自由度の高い題材選びがなされているが、ひとつルールがあるそうだ。機内誌での連載であるため、旅にまつわる危険なことはテーマにしない。

「例えば去年、北京の路上でタクシーを待っていたら、おばあさんが運転している四人乗りのちっちゃいオートバイが横付けしてきてね。僕たちを乗せた途端に全速力で走り出して、目的地までの信号を全部無視したんです(笑)。どうしてかっていうと、乗った時に値段を聞いたらとんでもない額を吹っかけてきたんで、僕が・もう降りよう・って同行の人間に言った気配を察してね。僕たちを降ろさないために、信号を全部無視した(笑)。あわや中国の交差点で激突死です。こういう話は、この連載では絶対書けません。でも、これはさすがにあまりにも面白いネタだったんで、自分で某文芸誌に電話して・新年号のエッセイ書かせてくれない?・と言って、書きました(笑)」

 

日常性を排除して 非日常を体験する

 

 小説家という仕事柄、現地取材の必要があるとはいえ、浅田はなぜこんなにも旅をするのだろう? その答えは、「加速する人生」と題された一篇にある。人は年を取るにつれて、時間の流れが加速して、人生が短く感じられるようになってしまう。その加速を止めるために、人は旅をするのではないか……。

「僕は日常の経験の積み重ねが、自分の時間を縮めると思っています。家族と家で一緒にずっといるっていうのは、一番よくないわけですよ。だって何十年も一緒に住んでいたら、相手がこれから何を言うかってことは、まず正確にほとんど分かる。これからどういう行動をするかだって分かるんです。そういう中にいると、時間が非常に短く感じるんですよ。だから旅に出るんですよね。簡単に言えば旅というのは、日常性を排除して、非日常を体験するために行くんです」

 大事なことは、今まで行っていない場所へ行くことだと言う。

「新しい恋をするようなものだから新鮮な感覚でいられるのは間違いないし、初体験のことばっかりなので日常性からも大きく逸脱することができる。そこに身を置いたらね、時間は長いですよ。ところがどうしても人間は、同じ行為を反復してしまうんですよね。旅行だって同じ所につい、リピートしてしまう。でも、一番最初の新鮮度は超えられないはずですよ。みなさん、未知なる場所へ旅しましょうよ」

著者名(読みがな付き)
浅田次郎(あさだ・じろう)
著者プロフィール

1951年東京生まれ。95年『地下鉄に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。97年『鉄道員』で第117回直木賞を受賞。『プリズンホテル』『蒼穹の昴』『つばさよつばさ』『パリわずらい 江戸わずらい』『わが心のジェニファー』など著書多数。最新作は『天子蒙塵』第二巻。