翻訳者は語る 池田真紀子さん

連載回数
第14回
ikedasan

 幸せの絶頂にいるはずの結婚式当日、パートナーからある秘密を打ち明けられたことで運命に翻弄される新婦エリー。嘘か真か、敵か味方か、二転三転する真実が読者をも翻弄するサスペンス『落ちた花嫁』が刊行されました。アメリカのエンターテインメント業界で活躍する著者のデビュー作でもある本作の魅力を、訳者の池田真紀子さんに伺いました。
 

〈著者は映画プロデューサー〉

 著者が映像関係の仕事をしていることを知ったのは読後です。ひとつの章が潔いほどに短く、言葉を費やしていないのに映像が浮かぶシーンがとても多い。シーンの切り替えがうまいのでテンポもいい。監督脚本からプロデュースまで手掛ける人だから書ける小説だと思います。

 読者にヒントを与えながら頭の中で物語を組み立てさせ、修正を重ねながらパズルを完成させていくような楽しみ方ができるのも本作の魅力です。

〈登場人物に俳優を当てる〉

 海外ミステリーは登場人物が多いものですが、本作はさらに時系列が複雑。現在と過去の章を交互に置きながら、過去の中でさらに時間の行き来があります。一人の人物の複雑な側面が少しずつ暴かれるので、同じ人物だとわかるように訳すことをいちばんに心がけました。登場人物に、俳優さんを当てはめることも多いです。本作のエリーは、立ち姿が凜々しく芯の強さを感じる女優のダイアン・クルーガーを当てながら訳しました。

 時系列については、冒頭から順を追って訳しました。現在と過去をわける方法もありますが、本作が読者を驚かせるポイントは、明かされる真相の順番にあるので、私も読者と同じ視線で驚きながら訳すほうが面白くなると考えました。

〈人生がひとつの線で繋がった〉

 幼い頃から翻訳ものの児童小説や、父の本棚に並ぶクリスティやクイーンの小説を読んでいました。文学少女というわけではなく、中学はテニス、高校はバスケ、大学は海外ミステリーに出てくるような弁護士に憧れて法学部。その時々で興味の対象は違ったんです。でも、活字を追うことはずっと好きでした。

 翻訳者になったのは、大学卒業後、会社での仕事に面白みを感じられなかったときに、翻訳者を探している編集者に会いに行ったことがきっかけです。子供の頃から英会話は習っていて、高校生の頃一年間留学をしましたが、翻訳のための勉強をしたことはありません。でも、その編集者に「ちょっと訳してみる?」と原書を渡されたとき、やってみようと受け取っていました。思い切りがよすぎますが、道が開けたので歩いてみようかなと会社も辞めました。二、三か月かけて訳し、無事に刊行されたとき、子供の頃から読んできた本、留学や法学部での勉強が繋がり、このためだったんだ! と実感しました。 転機となったのは『トレインスポッティング』でしょうか。原書はスコットランド訛。英語でそれまでやってきたことがまったく通じません。調べ物をたくさんして、エジンバラ出身の方に話を伺い、翻訳のための取材をはじめてしました。

〈タイマーで仕事時間を管理する〉

 仕事を始めるのはお昼くらいです。タイマーをかけながら、50分くらい仕事をして10分くらい休憩するのを1コマとして、途中、おやつ休憩、猫と遊ぶ休憩、夕食休憩を挟み、5~7コマ繰り返します。仕事が終わるのが22時くらいでしょうか。

 自宅で仕事をしているので、ネットを見たり本を読んだり、いくらでも脱線できる環境ですが、50分間は絶対ほかのことをしないと決め、とても集中できるようになりました。

 基本的には、一度にひとつの作品しか受けませんが、この方法で仕事をすると、3コマ翻訳を進めたら、休憩を挟んで次の2コマでゲラを見るというように、二作品を同時にできるようになりました。

 自分が集中できるのは何分くらいか、いろいろ試してみましたが、現時点では48分仕事をして12分休憩するというのがベストです。

〈二十五年目の新人〉

 映画『レディ・プレーヤー1』の原作『ゲームウォーズ』は、SFの得意な翻訳者を紹介してほしいと預かった作品。読み始めたらとても面白くて「わたしが訳してもいいですか」とお願いしました。当時はここまで大きな作品になることを知らなかったので、映画の大ブレイクはとてもうれしいです。

 翻訳すると、その分野や作家に深く関わります。そこで見えない繋がりを発見し、私の地図が縦に横に広がっていきます。地下街もどんどんできていくし、宇宙人とも戦いました(笑)。データが私の周囲に積まれている感覚があるんです。

 翻訳の仕事を始めて25年経ち、「ようやく一人前になった」と感じています。人に話したら笑われちゃいましたが、どんな作品がきても、訳語を探すヒントが自分のデータから引き出せる。いろいろな英語にふれたので、見当がつくようになったんですね。一時期、大好きな本と活字が仕事になったことで、純粋に物語を楽しめないなあと少しつまらなく感じていたのですが、一人前となったここからまた新人の気持ちで始めようと思ったら、いまはとても楽しいです。

 私の地図の中心にあるミステリーを柱に、SFやノンフィクションにももっと挑戦してみたい。今後は、面白そうな作品を自分で探して、エージェンシーや出版社に持ち込んでみようと、作品を探しているところです。

池田真紀子(いけだ・まきこ)

1966年生まれ。J・ディーヴァー、P・コーンウェルらの作品など、英米ミステリーを中心に訳書多数。

*WEB版では誌面未掲載部分も含め構成しています。
(構成/加古淑)