▽▷△超短編!大どんでん返し▼▶︎▲ 乾くるみ「なんて素敵な握手会」

第一回
乾くるみ
「なんて素敵な握手会」

 今日の衣装はピンク色のワンピースで、相変わらず彼女は可愛かった。

 待ち行列を間に挟んで、その姿は先ほどから、ちらちらと遠くに見えていたが、あと三人というところまで距離が縮まったとき、不意に彼女と目が合った。意気地なしの僕はすぐに視線を逸らしてしまったが、それでもその瞬間、彼女がぱっと笑顔を輝かせたのは確認できた。

 そのお相手こそ、今日の僕の握手会における大本命、みーしゃちゃんこと伊丹詩織ちゃんである。すでにクミちゃん、トビウオターンちゃん、なかみーこと中瀬美緒ちゃんといった、可愛くて頭が良くて、それなりにテンションの上がる相手との握手は済ませていたが、今はとにかくみーしゃちゃんが、僕の中で一番のお気に入りだった。

「五枚です」

 いよいよ順番が来た。握手券一枚につき十秒の換算なので、僕たちに与えられた時間はたったの五十秒しかない。

「お久しぶり。二ヵ月ぶりだよね」

 一秒も無駄にしたくなかった僕は、握手するやいなやすぐに話し始めた。みーしゃちゃんはパッと笑顔になり、

「直接お会いするのは、そうですよね。でも毎日、配信でコメントを──」

 そうなのだ。今はネット上に様々な動画配信サービスが存在しており、われらが国民的アイドルグループ、BDNS‐isのほとんどのメンバーが、とあるサイトを使って生配信を行っていた。ファンはその姿をほぼ毎日拝むことができるのだ。テレビしかなかった時代と比べれば、今のアイドルファンは考えられないほど恵まれている。一方でアイドル側のスマホの画面上には、ファンたちの姿は映っていないものの、コメント欄に書き込んでくれる文字は目にすることができ、それを読みながら会話をすることで双方向性は保たれている。課金をして常連になれば、名前も憶えてもらえるし、前回の握手会からどれだけ間が空こうとも、メンバーが自分のことを忘れずにいてくれる──そんな仕組みになっているのだ。

 そういう形で画面越しにほぼ毎日会えるのであれば、握手会に行かなくてもいいや──とはならないのが面白いところで、統計データからはむしろ、生配信を通じてメンバーに直接会いたいという気持ちがよりいっそう募り、握手券つきCDの売上が上がるという、プラスの効果をもたらしていることが証明されているという。

 それが嘘でないということが、今日の会場の混雑ぶりからは実感できた。

「まあ、毎日ではないけど」と僕が言うと、

「でもほぼ皆勤賞です。いつもありがとうございます」

「いや、それはこっちの台詞ですってば。あ、そうそう、僕、みーしゃちゃんがツイッターやってるの、つい最近まで知らなくて」

 僕が思い切ってそう言うと、彼女は驚いた様子で、

「えっ、ツイッターまで見てくれてるんですか? でもフォローとか、してくれてないですよね?」

「フォローしたいんだけど、それを自分のフォロワーには見られたくないっていうか」

「あっはい。ですよねー。わかります」

「でも自分の中では、みーしゃちゃんを特別扱いしてるんだってっていうのは、今の話で伝わったかな? たとえば、なかみーちゃんとか、ツイッターをしてるのは知ってても、フォローしようとかって思わないし」

「えーっ、本当ですか? なにか嬉しすぎて、信じられないっていうか」

「犬飼ってるんだよね」

 本当にツイッターを見ていることを証明するために、そこで得た情報を話題に出すと、

「そうです。ゴブちゃんっていいます」

「ゴブちゃん?」

「そうです。ゴブリンから採りました。ゴブリンって知ってます? ファンタジーとかによく出てくる」

「小悪魔みたいなやつだよね? 小柄で、ちょっと憎めないやつ、みたいな」

「はい。そういうイメージです」

 やはりペットの話題は盛り上がる。ようやくエンジンが掛かってきたと思ったところにタイムキーパーの非情な声が割って入った。

「もうじきです」

 あと数秒しかない。

「やっぱり、直接会うのが一番ですね」

「そうだね。今日は久しぶりに会えて本当に嬉しかったよ」

 タイムキーパーが「時間です」と機械的に告げ、「剥がし」が僕からみーしゃちゃんを引き離す。僕は最後まで「バイバイ」と手を振って彼女を見送った。

「三枚です」おっと次の子も可愛いじゃん。

 アイドルになって良かった。

 

乾くるみ(いぬい・くるみ)

一九六三年静岡県生まれ。静岡大学理学部数学科卒業。九八年『Jの神話』で第四回メフィスト賞を受賞しデビュー。著書に『塔の断章』『マリオネット症候群』『イニシエーション・ラブ』『セブン』『物件探偵』などがある。原作を手掛けたドラマ『リピート~運命を変える10か月~』が日本テレビ系列で放映中。