◎編集者コラム◎

『逃げ』佐藤 喬


nige

 

 日本の梅雨明けと共に開催されるツール・ド・フランスの存在は知っていても、ロードレースの魅力について知らない人は多いだろう。ましてや、6月、年に一度日本一を決定する全日本選手権があることなんて。

 本作は、2015年に辰巳出版から『エスケープ 2014年全日本選手権ロードレース』というタイトルで刊行された。実業団レースに出場するようなコアな自転車乗りの間で評判になったノンフィクションで、ぼくも、と思って手に取ったのには理由がある。
 作家の重松清さんが、
「自転車に興味がない人も、絶対にロードレースが好きになります。僕がその実例です」
 というコメントを帯に寄せていたからだ。

 その惹句のとおり、イッキ読みしてしまった。ロードバイクには乗るけれど、ロードレースなんて縁遠い世界だと思っていたぼくでも、分かりやすいくらいだ。その読みやすさには、解説を書いていただいた作家の羽田圭介さんが指摘したような書き方による効果があるのだけれど、詳しくは解説を読んでほしい。

 すぐさま私は、著者の佐藤喬さんに連絡した。聞けば、ぼくをロードバイクの世界にひきこんだ会社の先輩とは、自転車仲間なのだという。文庫化については快諾いただき、ツール・ド・フランスにあわせて、7月の刊行に決定した。

 さて、あとは読み物として、どう魅力的に仕上げるかだ。

 まず、タイトルだ。インパクトもあり、本作のテーマでもあると判断し、『逃げ』と改題することにした。著者によれば、奇しくも、帯にコメントを寄せていただいた重松清さんも、「タイトルは『逃げ』にすればよかったのに」と、おっしゃっていたそうだ。その偶然がひどくうれしかった。

 解説は、学生時代に自転車に没頭し、その時の経験をもとに書いた『走ル』が初の芥川賞候補となり、その後、又吉直樹さんとともに芥川賞を受賞された、羽田圭介さんに依頼した。こちらも快諾いただき、著者と喜んだ。

 装幀はどうするか。写真を使うことだけは避けたかった。ノンフィクション色が強く出てしまうからだ。単にロードレース好きに訴求するだけでなく、もっと大勢に読んでほしい。言ってしまえば、出てくる選手の名前だって知らなくたって面白いのだ。いっそフィクションとして読まれたってかまわない。

 そう考えたときに浮かんだのが、あの『AKIRA』『童夢』で世界的人気の漫画家・大友克洋さんだ。雑誌「Tarzan」の自転車特集では、何度も表紙イラストを描かれていた。ご本人もロードバイク乗りである。知り合いを介して、「線画だけでもいいので」と祈るように頼んだ。断られることも想定に入れておきながら。

 果たして、回答は、やっていただけるとのことだった。ただ、ただ、嬉しかった。
 いざ、あがった装画は、きちんと着色されていた!

 

 思い返せば、こうして発売日を迎えられたのが奇跡のような日々だった。しかし、そんな私の感慨は、最早どうでもいい。

 内容は、この文庫にかかわってくださった、錚々たる方々の保証つきだ。この雑文を最後まで読んでいただいた方が、書店で手にとってくださることを願っている。

──『逃げ』担当者より

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