◎編集者コラム◎

『漂流怪人・きだみのる』嵐山光三郎


漂流怪人・きだみのる


〈きだみのる〉──「なつかしいなあ!」と反応する人は、たぶん六十代以上の人で、若い読者はご存じないでしょうね。ファーブルの『昆虫記』。これなら教科書でもおなじみですから、若い人も少しは興味を持つかもしれない。この名著を翻訳して初めて日本に紹介した人こそ、きだみのること本名・山田吉彦その人なのです。岩波文庫で全10冊、いまでもちゃんと現役で読まれ続けています。それから、この人には『気違い部落周游紀行』というベストセラーになった名作があります。この本も、冨山房百科文庫として今もりっぱに流通しています。出版界も捨てたものじゃありません。

 この本の主役と本書の性格について、まず嵐山さんの簡潔な紹介を読んでください。

《きだみのるはファーブル『昆虫記』の訳者で、戦中『モロッコ紀行』を書いたブライ派の学者である。雑誌「世界」に連載した『気違い部落周游紀行』はベストセラーになり、渋谷実監督、淡島千景主演(松竹)で映画化され、大ヒット。嵐山は雑誌「太陽」の編集部員であった28歳のとき、きだみのる(75歳)と、謎の少女ミミくん(7歳)と一緒に取材で日本各地をまわった。フランス趣味と知識人への嫌悪。反国家、反警察、反左翼、反文壇で女好き。果てることのない食い意地。人間のさまざまな欲望がからみあった冒険者。きだ怪人のハテンコウな行状に隠された謎とはなにか。》

 なんだか面白そうではありませんか!
 

 きだみのる。1895年(明治28年)生まれ。1975年(昭和28年)没。明治・大正・昭和を生き抜いた文人の生涯は波瀾に満ちています。

 まず一枚の写真がある。モノクロの画面に四人の姿が写っています。若き嵐山と美少女ミミくん、連載のカメラマン柳沢信、そしてベレー帽をかぶった長身の老人。セルフタイマーで撮影された古い写真。これが嵐山さんの部屋の整理中の段ボール箱から床に落ちてきた。「あ、きだみのるだ。」──ここから、とてつもない怪人の評伝であり嵐山さんの青春記でもある傑作の幕が上がります。

 きだがパリからモロッコ経由で帰国したのは戦争まっただなかの昭和18年、八王子近くの恩方村の廃寺に寄宿して村人と交流する。その体験をもとに代表作『気違い部落周游紀行』が刊行されたのは、昭和23年、太宰治が入水自殺した年です。全67章構成で、部落の人間関係や葬式、博打、長老の力、選挙違反、材木の配分方法、などがエピソード風に記された実録見聞録だが、その面白さは比類がありません。

漂流怪人きだみのる


 嵐山の筆は、社会学者としてのきだの業績を讃えながら、その人間像に迫っていく。謎に満ちたミミくんとの関係、食に対する果てしない欲望と名料理人としての腕前(本書にはイラスト入りのきだ流レシピまで載っている)、そして大杉栄などアナキストたちとの交流、あの大杉殺しで悪名高い甘粕正彦との秘密裏の会談、と興味津々のエピソードが続く。さらに驚くべきは最終章。ここで語られるのは、1970年代後半から始まり、のちに文学界を揺るがすことになるミミくんときだに関わるスキャンダルだ。

 まさに、最後まで「面白すぎてページをめくる手が止まらない」一冊です。


 ちなみに映画「気違い部落」は未だDVD化されていません。タイトルのせいでテレビ放映も無理でしょうね。私はユーロスペースの渋谷実特集で観ました。傑作です。

──『漂流怪人・きだみのる』担当者より
 
syoei