◎編集者コラム◎

『妻籠め』佐藤洋二郎


妻籠め


 小説を読んで、私たちは何を憶えているものでしょうか。面白かったという作品であれば、ストーリーを憶えていることが多いでしょう。

 ご紹介する『妻籠め』は、主人公の大学教師であるわたしと教え子の国分真琴が、ふたりで山陰の旅に出かける、というストーリーです。この設定に高揚するままに読み進めていくと、ラストで、わたしの長年のふたつの喪失にまつわる謎が解き明かされるという構成になっています。

 それから、文中に登場する印象的な言葉を憶えているという小説もあるでしょう。本書は、そうした言葉が満載の作品なのです。

〈「人生は言葉を探す旅なんですって。懸命に生きないと、その言葉も掴めない。自分の掴んだ言葉によって、わたしたちは生きていくんですって」〉(47ページ)という言葉が出てきます。

 是非、心を響く言葉を見つけていただければと思います。ほかにもたくさんあるのですが、本書より、いくつかの「お薦めの言葉」をご紹介します。

〈我慢と忍耐という言葉の意味はよく似ているが、実は大変に違う。我慢は仏教の煩悩の一つで、強い自我から起きる慢心のこと、忍耐は苦しさや哀しみを耐え忍ぶことだ〉(5ページ)

〈人間は孤独だ。孤独というのは淋しいということだ。その淋しさを癒して生きるのが人間のはずだ。苛めや差別がいけないのも、その孤独に生きている人間を、もっと淋しくさせるからだろう。その最たるものが戦争ではないか〉(51ページ)

〈人と人が集まって討論をして知識を深める。それが教育の原点だと言ったが、学生たちのほがらかな表情と、知識に対する目を輝かす姿を目にすると、人はどんなことがあっても、人とつきあわなければいけないと気づかされる〉(145ページ)

 それから、解説の富岡幸一郎さんが〈この作品の原風景は、作者自身の風景でもある〉と書かれているように、作者の佐藤洋二郎さんを育んだ山陰地方の風景が印象的に描かれています。ことに、宍道湖の夕焼けは是非一度見てみたいと思わせてくれる鮮やかさです。

 帯に使わせていただいた宮脇書店南本店の奥村知広さんの言葉を、最後に紹介して終わります。〈この作品は美しい。文章から滲み出る重苦しい雰囲気も、情景がありありと浮かぶ洗練された描写も、随所にちりばめられた著者自身の言葉も、すべて。そして何より、終盤からの鮮やかな反転と、輝きだす世界が圧巻である。〉

──『妻籠め』担当者より
( Photo by (c)Tomo.Yun )
 
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