◎編集者コラム◎

『絵草紙屋万葉堂 初春の雪』篠 綾子


『絵草紙屋万葉堂 初春の雪』篠 綾子
黒鳶式部が書いた『他不知思染井』の翻刻資料と。

 皆さんは、明治時代以前における女流作家というと誰を思い浮かべるでしょうか。すぐに名前が出てくるのは、紫式部や清少納言といった平安時代の人物ではないでしょうか。さらに言うと、二百六十年に亘って続いた江戸時代の女流作家では、というとなかなか名前が出てきません。

 文庫書き下ろしシリーズの第一巻として、今年五月に刊行された『絵草紙屋万葉堂 鉢植えの梅』は、おかげさまで好評をいただき重版を出すことができました。それに続いて刊行したのが、この第2巻です。今回、歴史上に実在した女流作家が登場します。その名は、黒鳶式部。主人公さつきの親友である、およねのペンネームだったのです。およねのデビュー作は『他不知思染井(ひとしらずおもいそめい)』という題で、吉原を舞台にしています。まだ十代のおよねが描いたのは、二組の恋愛模様。そこには、さつきとおよねの兄・岩瀬伝蔵(山東京伝)、およねとさつきの兄・喜重郎の関係が投影されているような……。さつきは伝蔵に、およねは喜重郎にそれぞれ思いを寄せており、二人の男性も好意を抱いているようですが、恋が単純に成就することにならないようです。それには、さつきの出生にまつわる秘密があるのでした。

 そして、さつきが二号目の瓦版(読売)で取り上げたのは近所の事件でした。長屋で起きていた窃盗事件で、長屋に住む知り合いの子ども、佐助が疑われていたのを気にしていたさつき。窃盗が「あやかし」の犯行だと書いた読売に対して、さつきは真犯人が分かるような書き方をしたのです。その後、逆恨みした犯人が店にやって来て喜重郎が刺されてしまいます。それにショックを受けながらも、次号では江戸を揺るがせている盗賊団「蛇の目」を書こうかと考え始めますが……。同業者からは「書くな」と言われ、また駒三は姿を消してしまいます。

 今回の解説を執筆された島内景二さんは、〈美しい言葉や正しい言葉とは、具体的にはどういうもので、どこに存在しているのか。篠綾子の「絵草紙屋万葉堂シリーズ」は、最も現代的な問題意識が生み出した、「言葉をめぐる冒険」の物語である。「さつき」という一人の少女が、文章を書く行為を通して成長し、世界に蔓延する悪意の壁を一人ずつ取り払ってゆく〉と書いてくれました。恋と仕事の壁にぶつかりながらも、自分の理想を追求しようとしていくさつきの活躍に、ご期待下さい。

──『絵草紙屋万葉堂 初春の雪』担当者より
 
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