◎編集者コラム◎ 『へんしん』星乃あかり

 ◎編集者コラム◎

『へんしん』星乃あかり


へんしん

 はてさて、ここはどこ? いったい、いつ? これ、時代小説?

 橋の中ほどに真っ白な髪の老婆がぽつんと座っている。巷で評判の占い師だ。『玉占たまうら』と書かれた行燈に照らされた二つの影は大きな壺とでぶ猫。思い通りにならない人生に疲れた四人の男女が老婆の手招きに誘われて、壺から取り出した玉は正直玉、なまけ玉、やきもち玉、はずれ玉。それが四人の不運の元だった。「大福や、ちょいと一働きしておくれ」と老婆に言われた白いでぶ猫が、壺に上体を突っ込んでくわえてきたのが、四人の人生を逆転させる、ほら吹き玉、働き玉、妬かれ玉、当たり玉。バカ正直で勘定方をしくじった浪人の清之進、十九になっても下っ端扱いの醤油問屋の小僧・亀松、髪結いの亭主の素行に気を揉む女房のおれん、そして、並外れて勝負勘が悪いくせに博奕に目がない人足の紋太。どうにも、うだつの上がらない面々が老婆から一日八文で借り受けた玉は、果たして悩みを解決してくれるのか。得体の知れない老婆と飛んでもないものに変身する白いでぶ猫・大福が、業が深くて手前勝手な人間どもに呆れながらも、しぶしぶ、手を差し伸べる。

 さて、冒頭の疑問の答えですが、これは紛れもなく、江戸を舞台にした書き下ろし時代小説です。とはいえ、テイストがちょっと違う、と時代小説ファンはお感じになるにちがいない。「へんしん」は江戸時代のいつ頃かも、江戸の市中の何処かも霧の中、はっきりしません。これが時代小説? はい、コアなファンは小首を傾げるかもしれませんが、これは歴とした時代小説です。年配の上品な(たぶんですがね、なにせ電話でお話ししただけですから)女性読者が「時代小説はファンタジーです」と電話口で喝破しました。恐れ入りました、その通りです。そして、ファンタジーとは、実際にはないお話です。想像の翼が大きく羽ばたけば羽ばたくほど、思いもよらぬ面白い物語が生まれるのでしょう、と。時代小説は、いわば先達によって磨き込まれ、美しく黒光りする階段箪笥のようなもの。「へんしん」は、その上段に新しく設えられた引き出しに収められた自信作です。引き出しの名札は江戸ファンタジー。まあ、読んでみてください。決して、ご損はかけませんから。

 ところで、どうです、このカバー、いいでしょう。この可愛らしい占い婆さんに、物語の狂言回しを務めるでぶ猫・大福。柴田ゆうさんのキャラクター作りは、さすがというしかありません。コンビを組んだデザイナーは next door design の岡本歌織さん。校正は玄冬書林の安田亮子さん、そして、言わずと知れた作者の星乃さん。お上に言われなくとも、この本は女性の活躍で出来ています。

──『へんしん』担当者より

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