【『本屋の新井』発売】「売り場にいないと死んでしまう」──書店員・新井見枝香さんインタビュー

「新井賞」の創設や「新井ナイト」の開催など、書店員としては型破りとも言えるさまざまな取り組みで、常に話題を集めてきた三省堂書店員の新井見枝香さん。2018年10月にエッセイ集『本屋の新井』を発表されたことを受け、本に綴った「書店員」という仕事のことから2018年イチオシの本についてまで、お話をお聞きしました。

“彼女がプッシュする本は必ず売れる”と言われ、読書好きから絶大な信頼を得続けている三省堂書店員の新井見枝香さん
これまでも、芥川賞・直木賞と同時に発表される「新井賞(※)」の創設や、本の著者とのトークイベント「新井ナイト」の開催など、書店員としては型破りとも言えるさまざまな取り組みで注目を集めてきました。

そんな新井さんが2018年10月、自身2冊目となるエッセイ集『本屋の新井』を発表。本に綴られた「書店員」という仕事のことや書店が今抱える課題、そして、新井さんが今プッシュしたい3冊の本について、お話を伺いました。

(※……店頭での販促を兼ねて、新井さんが個人的に推したい小説を選定する独自の賞)

■プロフィール

新井見枝香(あらい・みえか)さん
1980年東京生まれ。三省堂書店にアルバイトで入社後、契約社員を経て正社員に。2017年12月に自身初のエッセイ本『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』を発表。出版業界誌「新文化」に掲載されたエッセイを中心とした2冊目のエッセイ集『本屋の新井』が2018年10月に刊行された。

本屋の新井
出典:http://amzn.asia/d/fxfm8do

「売り逃している」ことが我慢できない

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──新井さんは三省堂書店の有楽町店、池袋本店を経て現在は神保町本店の書店員さんとして勤務されていますが、『本屋の新井』によると、2017年の1年間だけ営業本部にいらっしゃったんですよね。

新井見枝香さん(以下、新井):そうですね。現場で本を売った実績を評価してもらえたのと、もしかすると、売り場以外の経験をさせるという意味合いもあったかもしれないです。本部では「いらない人」みたいな扱いで、結果的に1年で現場復帰しました。

 
──“絶望的に研究員体質ではなかった。売り逃している店舗をじっと観察することができない。データを取るより先に、体が動いてしまう。”と本の中で書かれていましたが、本部にいるときも売り場に行ったりされていたんですか。

新井:売り場に勝手に行って、頼まれてもいないのに新刊を出したり、勝手に本を注文したりしちゃってましたね(笑)。よくないことではあるんですけど、それをしないと死んじゃうなと思って。

……というのが、実際に現場にいないと、実感としてなにが売れるかっていうのがわからなくなってしまうんです。新刊って1日に200冊くらい出ているわけで、その売れ行きを実際に見ずに1年間経ってしまったとして、そのギャップをあとから埋めることは多分無理なんですよね。知識として「これが売れた」というのはわかっても、やっぱり実感が伴わない。売り場から離れてそうなってしまうのが、耐えられなくて。

それに、本部にいる間も売りたい本はたくさん出ていたので、「今この瞬間も売る機会を逃しているかもしれない」と思うと、黙っていられなかったですね。

 
──すごい行動力ですね……! 読書好きの間では今や芥川賞・直木賞と同じくらいの注目を集めている「新井賞」も、1冊の本を売りたいという一心で始めたと聞いています。

新井:はい。2014年上半期の直木賞の結果に納得がいかず、候補作のひとつであった千早茜さんの長編小説『男ともだち』をどうしてもプッシュしたい、と思ったのがきっかけです。

 
──当時は有楽町店に勤務されていた頃かと思うのですが、独自に賞を立ち上げるということで、会社から反対などは受けませんでしたか?

新井:新井賞と銘打って、芥川賞・直木賞の本の隣に勝手に『男ともだち』を並べただけだったので、普段からしている販促の一環だと思われて「まあ勝手にやって」という感じでしたね(笑)。反対もされなければ、応援もされませんでした。ただ、結果的にお客さんが面白がってくれて、売れ行きもよくて。

1回でやめてもよかったのですが、そのあとに出た早見和真さんの『イノセント・デイズ』という作品が素晴らしかったので、第2回の受賞作として選びました。基本的に「どうしても推したい作品、売りたい作品があれば選ぶ」という賞なので、次回(第9回)もそういう作品があれば、と思っています。

「本が売れない」と嘆く前に、書店員にはすることがある

──お話を聞いていると、『本を売りたい』という熱意はもちろん、考えたアイデアをすぐに実行に移してしまう新井さんのフットワークの軽さに惚れ惚れします。普通の書店員さんであれば思いついても実行できないようなアクションをどんどん起こせるのは、ご自身ではどうしてだと思いますか。

新井:うーん……。本屋ってやっぱり、「本を並べて待つ」ことしかできないというのがすごくもどかしくて。自分がシフトに入っているときは、レジ作業もあって本の前にずっといるわけにもいかないので、その間に売る機会を逃してしまうのが嫌なんですよね、とにかく。

最近は、売り場で「新井さん、オススメの本ない?」って声をかけてもらうことも多いんですけど、お客さんの中にはそういう“本を買うためのエピソード”を求めている方もいるので。売り場やイベントでのコミュニケーションが、本を買うきっかけのひとつになっているケースは多いと思います。ただ、全員にそのやり方で本が売れるわけではないので、それに頼りすぎてしまうのも違うなとは思うんですが。

 
──『本屋の新井』の中で、

売れないのは誰のせいだ。
売れる本が書けない作家か? 売れている本を切らす出版社か? 書店は精一杯売れる売り場を作っているのにって?
いやいや案外、暗い顔した自分のせいかもしれないぞ?
嘘でもいいから笑え。本が売れないと嘆く前に。

……と書かれていたのがとても印象的でした。書店に足を運ぶ人が10年前、20年前と比べて確実に減ってしまっている中で、書店にできることがあるとしたらどんなことだと思いますか。

新井:難しいですよね。紙の本がいらなくなったらお客さんは当然減るわけで、そういう意味では10年前よりお客さんが減ってしまうことは当たり前です。書店が今の規模を保とうとするなら、「お客さんは減ったけれど、売上は変わらない」ための方法を考えていくしかないと思います。

かつて書店が儲かった時代というのがあって、この業界が今でもその名残を引きずってしまっているなと思うことは多いです。私は「本を置きさえすれば売れる」という時代を知らないので、もっと無駄を減らして利益を確保する方法を、出版業界全体が考えていかなきゃいけないとは思います。

 
──無駄を減らす、というのは具体的にはどんなことでしょう?

新井:書店ってサービスが過剰なんですよ。たとえば、本のカバーや本を入れる袋も、海外のお客さんがいらっしゃると「いらない」って言われることが多くて、これは日本特有なんだなと。それに、本の配送サービスなんかも、代引き手数料や配送料が本自体の値段を超えてしまったりすると「そうやって儲けて……。」ってお客さんに言われたりするんですけど、本屋には決して利益は入っていない(笑)。
そういうことって発信しないと知らない方も多いと思うので、知ったら少しでも状況が変わるかもしれないな、とは思います。いち書店員にできることは少ないですけど、そういう問題提起はできるので。


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