若松英輔「光であることば」第5回

若松英輔「光であることば」第5回

ノヴァーリスの試みに触れた若松さんの思いとは──


 
感じるものの彼方へ

 初期ドイツ・ロマン派を象徴する人物の一人にノヴァーリスがいる。小説『青い花』の作者といった方がよいかもしれない。本名はフリードリヒ・フォン・ハルデンベルクという。一七七二年に生まれ、一八〇一年、二十八歳で世を去った。

「ノヴァーリス」はラテン語に由来し「新しい土地の開墾者」を含意するとノヴァーリスの研究者・今泉文子は書いている。

 彼は文学者であり、哲学者でもあった。さらに科学においても秀逸な知識と世界観を有していた。詩と哲学と科学が一なるものとしてはたらく地平に彼は生きていた。その新しい場所へと人々を誘うこと、それが自らの使命であると彼は信じた。「ノヴァーリス」という名がそのことを静かに物語っている。

 ロマン派を一言で定義するのは難しい。だが、この精神潮流に連なる人たちにとって世界は、感覚可能な次元でだけでなく、それを超える地平につながるものだった。目に見え、手にふれ得るこの世界の彼方に、もう一つの「存在の開け」を感じていた。

 多くの人は、感覚的世界を現実と呼んで疑わない。しかし、ロマン派の人たちにとっては目に見えず、手にふれ得ない世界こそ実在だった。それを信じていたのではない。それをまざまざと感じるのが彼らの日常だった。

 こう書くとロマン派の人たちが変わり者に映るかもしれないが、けっしてそんなことはない。古くはプラトンに始まり、アウグスティヌス、エックハルト、十字架のヨハネ、そしてゲーテ、あるいはウィリアム・ブレイクに至るまで存在世界が多層的であると語った人は少なくない。そこには浄土を語って止まなかった法然、親鸞に始まり、柳宗悦に至るまでの人たちを加えてもよい。

 彼方の世界の呼び名も一様ではない。プラトンは彼方の世界をイデア界と呼び、アウグスティヌスは神の国と呼んだ。彼らにとって生きるとは、その彼方の世界へとつながる道を見出すことにほかならなかった。そこにこの生涯を生き抜く意味があった。

 ノヴァーリスの言葉に最初にふれたのは、染織家で随筆家の志村ふくみさんの著作『一色一生』においてだった。そこで彼女は次の一節を引用している。
 

すべてのみえるものは、みえないものにさわっている。
きこえるものは、きこえないものにさわっている。
感じられるものは感じられないものにさわっている。
おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているだろう。
 

  
 この一節をめぐっては幾度か書き、そして、数えられないほど語ってきた。それは数多くある引用句の一つではなく、ほとんど祈りのようになって私の心に刻まれている。困難にあるとき、あるいは迷いにあるとき、ふと、この一句が心の深みから浮かび上がってくる。

 希望は目に見えない。しかし、私たちは挫折や試練を経験することによって、かえってそれにふれることがある。希望が見えないことと、それが存在しないということは同じではない。むしろ、目に見えて明らかな試練が、見えないが確かな希望への扉になることもある。

 亡き人の声はもう、耳には届かない。そして、記憶されていた声が次第に薄れていくことに恐怖を感じることすらあるだろう。そこにある種の罪悪感を覚える人もいるかもしれない。しかし、私たちはいつしか、亡き者たちが沈黙を通じて語りかけているのを理解するようになる。独りでいるとき、風が訪れるように沈黙の意味が自らを貫くのをはっきりと認識するようになる。

 あの日、あの人と経験した、あの大切な出来事も、時間の経過とともに消えていくように感じられ、そのことに耐えがたい苦痛を感じることがあるかもしれない。しかし、人はいつしか、消えゆくように感じられる時間の世界の奥に、永遠、あるいは悠久と呼ばれてきたもう一つの地平があることを経験するようになる。

 人はこれまで、人類を超え、万物を司る存在を、さまざまな呼称をもって表現してきた。ある人はそれを「無」と呼び、別な人は「有」であるといった。この世でおよそ量化されるものと無関係な存在、思考の彼方に在る者だと語った。ある人はそれを超越者といい、ある人は無限者と呼ぶ。絶対者という名を与える人もいる。人間は考える力だけでは「その者」に近づくことはできない。むしろ、考え得ないという道程においてこそ、それと出会う。考えることの先にではなく、その奥で遭遇するのである。

 先の一節のあとに、志村さんはこう言葉を続けている。
 

本当のものは、みえるものの奥にあって、物や形にとどめておくことの出来ない領域のもの、海や空の青さもまたそういう聖域のものなのでしょう。この地球上に最も広大な領域を占める青と緑を直接に染め出すことが出来ないとしたら、自然のどこに、その色を染め出すことの出来るものがひそんでいるのでしょう。
  

  
 自然という言葉を現代人は、外的な存在として認識する習慣を身に付けてしまった。人間もまた、自然の一部であることを忘れていった。そして、人間には内界というもう一つの宇宙があるのを見過ごすようになっていった。

「本当のもの」と志村さんが呼ぶものは、外界を探しても見つかるまい。その扉は私たちの内にあるからだ。ただ、その扉はどんなに大きな力をもってしても開けることはできない。それが開くのは、その人の心の奥、先に名を挙げた神秘家たちが「魂」と呼ぶ場所から発せられた言葉によってのみなのである。魂の言葉はしばしば、言葉にならない。それはあるとき、神のほか誰も聞くことのない呻きとして顕われる。

 人が苦しみの彼方に光を見出すのは偶然ではない。人生における暗夜の経験とは、悲痛と苦悩の経験であるだけではなく、闇をはるかに超える光の存在を告げる出来事なのである。
 



完成を超えた未完成

 ある本を読んでいたら、ノヴァーリスには完成された小説はない、という記述に出会った。ある意味では素朴な事実で、ドイツ文学の研究者にとって常識といってよいことなのだろうが、私にとっては、文学史上の事実とはまるで異質な、ある意味では自らの文学観を根底から揺るがすような出来事になった。完成を超えた未完成が実在することを改めて知ることになったのだった。

 文学は言葉の芸術である。色と線が絵を生むように、音と沈黙が音楽を生むように、言葉と余白が文学を生む。文学とは言葉のちからによって、この世に美を顕現させようとする試みにほかならない。ただ、ここでいう美とは、教科書らしきものに記述されているいわゆる美的なものではない。それは小林秀雄が「モオツァルト」で語るように、美は「ある一つの抗し難い力」であり、「普通一般に考えられているよりも実は遥かに美しくもなく愉快でもないもの」であることには留意する必要がある。

 美は完成されたものだけでなく、未完成なものにも宿る。むしろ、未完成なものにこそ、という現実を私たちは経験的に知っている。

 ある者は、顔や手が失われたギリシアの彫刻に完成以上の何かを見る。幾百年の歳月を刻み、彩色を失った仏像に美ばかりか畏敬の念を抱く。一個の陶片に美を感じる者もいる。そして、ある者は、未完のまま終えることになった、ある者の生きた軌跡にさえも美しい何かを感じるだろう。

 美は、作品が生まれたときに宿るとは限らない。種子がある時の流れのなかで発芽し葉を茂らせる木になっていくように、時のちからを借りて、美が熟していくことがある。作られたばかりの作品にはけっして見ることのできない不可視な年輪のようなものが美を表現する。

 描かれたばかりの絵は新しく、時を経れば古くなる。だが、新しいものが美しく、古いものがそうでないとは限らない。古くなるごとに深まる美も存在する。

 民衆によって作られ、民衆の生活のなかで用いられた雑具には、飾られるためにだけ作られたものとは別種の美が宿る、と柳宗悦は考えていた。考えたというよりも、それが彼の発見だった。そうした品々を柳はあるときから「民藝」と呼ぶようになる。民藝は作られたときに生まれるのではない。それは用いられることによって民藝になっていく。人間の寿命をはるかに超えた歳月を経て、内なる美を開花させるものもある。

 同質なことは言葉においても起こる。ノヴァーリスは生前、著作を世に送ることはなかった。雑誌に幾つかの作品を掲載しただけだった。彼の言葉が書物に収められるのは亡くなった翌年、一八〇二年、友だったF・シュレーゲルと小説家ティークによって二巻の遺稿集が編まれるまで俟たねばならなかった。

 ノヴァーリスは未完成の小説のほかにいくつもの断章を残した。数行の短文だが、そこにはいたずらに長く書く以上の真実がほとんど光のような姿をしてほとばしりでている。断章は完成されることのない言葉だといえるかもしれない。それは永遠に曲になることのない妙なる音律を思わせる。ある断章で彼は、自己を把握することをめぐってこう記している。
 

 自分をあますところなく把握するということはけっしてないだろうが、把握するよりもはるかに多くのことをなすだろうし、なしうるのだ。

(「花粉」今泉文子訳)

 
 人は、考えていることを書くだけではない。むしろ、書くことによって何を考えているのかを知るのである。そして、書くことによって、己れのうちにあって、言葉になり得ない、しかし、確かにそこにある叡知の存在を確かめるのである。

 同質のことは「書く」だけでなく「生きる」ことにおいてもいえるだろう。「夜の讃歌」と題する作品でノヴァーリスは、生きるとは、彼方の世界へと向かう巡礼の途だという。
 

彼岸へとわたしは巡礼の途をゆく、
するといかな苦痛も
いつの日か、快楽の疼きに
変わるだろう。

(「夜の讃歌」今泉文子訳)

 
 巡礼は彼方の世界でも続く。この世の生が未完成であることは避けられない。それが宿命だというのである。

 ノヴァーリスにはゾフィーという名の婚約者がいた。だが彼女は一七九七年三月、十五歳のとき、病のために亡くなってしまう。先の一節を含む作品「夜の讃歌」は、死者として新生したゾフィーとの新たなつながりを軸にした詩篇だった。

 ゾフィーが亡くなって五十六日が経ったある日、ノヴァーリスは、生者ゾフィーとはまったく異なる実在を、新生した彼女を前にはっきりと感じる。その日のことを記した日記にノヴァーリスは次のような記述を残している。
 

夕方、ゾフィーのもと〔墓〕へ行った。そこで言うに言われぬ喜悦を覚えた──閃くような恍惚の瞬間──眼前の墓を塵のように吹き飛ばした──数世紀がまるで数瞬のようだった──彼女がそばに居るのがまざまざと感じられた──彼女はこれからはいつでも現れるはずだと思った

(『ノヴァーリス作品集』第3巻 今泉文子訳)

 
 ある人はこうした経験を、悲嘆に苦しむ者の幻覚にすぎないというだろう。ノヴァーリスが視たのも、ある種の幻だったともいえる。しかし、彼にとってその幻は、この世で経験するどんな現実よりも確かなものだった。

「夜の讃歌」を書くことでノヴァーリスは、個に起こった経験を人類の経験に昇華しようとした。「わたし」の出来事を「わたしたち」のそれへと変貌させようとしたのである。

 彼の試みは無駄ではなかった。この作品が今もなお、読み継がれていることがそれを証明している。そして、愛する者を喪ったあと、この作品によって亡き者たちとのつながりを確かめ、諦めかけていた生を再び生き始めた者すらいるだろう。そのことに疑いはない。私もまた、そうした者の一人だからである。
 


「光であることば」連載一覧

若松英輔(わかまつ・えいすけ)
批評家、随筆家、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。1968年新潟県生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」で三田文学新人賞評論部門当選、16年『叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦』で西脇順三郎学術賞受賞、18年『詩集 見えない涙』で詩歌文学館賞詩部門受賞、『小林秀雄 美しい花』で角川財団学芸賞、蓮如賞受賞。他の著書に『イエス伝』『悲しみの秘義』『詩集 愛について』『霧の彼方 須賀敦子』など多数。最新刊は『「生きがい」と出会うために 神谷美恵子のいのちの哲学』。

「本の窓」2021年6月号掲載〉

今月のイチオシ本【エンタメ小説】
ゲスト/窪 美澄さん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第1回