武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第17回「椅子難民」

武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
在宅ワーク上級者の著者が
人生初の椅子専門店へ。
椅子が最も大切だという理由は?

 在宅ワーカーにとって最も大切な仕事道具……それは、椅子である!

 

 コロナ禍になるより前から、私はずっと在宅ワーカーだ。在宅ワーク上級者と自称してもいい頃合いかもしれない。

 基本的にはずっと家にいて、ほとんど外に出ない引きこもり生活をしている。運動なんてするわけもなく、同じ姿勢を保ったままなせいで腰も背中もピキピキ言っている。これはまずいぞ! と思い、数年前に引っ越しのタイミングで椅子を買いに行くことにした。これが私の椅子難民生活の始まりだった。

 

 幼い頃は、学習机についていた椅子が『私だけの椅子』だった。この椅子は私しか座らないので、どんなことをしてもいい。学校の荷物を椅子の背もたれに引っ掛けておいてもいいし、飼い猫がクッションで爪とぎをして見た目がボロボロになっても「まぁ、誰も見ないしな」と許容できる。他人に座られることのない、私だけの居場所。

 小学校、中学校、高校。合わせて十二年間も通ったけれど、学校の椅子はあんまり好きじゃなかった。座る場所が指定されている癖に、定期的に席替えなどというイベントが挟まって、私の椅子は私のものじゃなくなる。最悪だったのは、休み時間の椅子の乗っ取りである。私の前の席の子とその子の友達が喋るために、私の椅子が勝手に借りられている現象のことだ。仲が良い友達ならいいけれど、あんまり近づきがたい子がそこに座っていると「そこどいて」なんて言い出せなくて、結局別のクラスの友達に会いに行ったりしていた。学校の椅子は、私のものであって私のものじゃなかった。

 大学の椅子は結構好きだった。初めから私のものでないことが明らかだったからだ。講義の為に教室を移動して、その時間の間だけ居場所を間借りする。皆がフラフラっと移動しているから、そこにいてもいなくても誰も気にしない。固定された居場所がないことで不安になることもあるけれど、そこに固執する必要がないから気楽でもあった。

 

 そして作家になり、私は気付いた。

 椅子がない!

 それまでは椅子が用意されていることが当たり前だと思っていたものだから、それに気付いた時には愕然とした。YouTubeのCMで一時期「好きなことで、生きていく」というフレーズが流行ったが、好きなことで生きていこうとすると自分の椅子は自分で用意しなきゃいけないのである。しかも、必死になって椅子を手に入れても、いつ失うか分からないのだ。こわい!

 でも、よくよく考えると、別に私の椅子に限らず全ての椅子がそうだった。どんなに立派に見える椅子も、いつ無くなるかなんて分からない。病気になって座れなくなるかもしれないし、別の椅子に座りたくなって自分から安定した椅子を捨てる日が来るかもしれない。そう考えるとまぁ、自分で自分のお気に入りの椅子を拵えるのは楽しい作業かも知れない。


「響け!ユーフォニアム」を語る

*武田綾乃の新刊情報*
\第42回吉川英治文学新人賞受賞/
愛されなくても別に『愛されなくても別に』
(講談社)

 
どうぞ愛をお叫びください『どうぞ愛をお叫びください』
(新潮社)

刊行記念インタビューはこちら
 

「おはようおかえり 京は猫日和」アーカイヴ

武田綾乃(たけだ・あやの)

1992年、京都府生まれ。2013年、第8回日本ラブストーリー大賞隠し玉作品「今日、きみと息をする。」(宝島社文庫)でデビュー。2作目となる「響け!ユーフォニアム」シリーズが累計159万部の大ヒットとなる。2021年『愛されなくても別に』で第42回吉川英治文学新人賞を受賞。他の著書に『石黒くんに春は来ない』『青い春を数えて』『その日、朱音は空を飛んだ』『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』『どうぞ愛をお叫びください』などがある。

酒村ゆっけ、さん インタビュー連載「私の本」vol.15 第2回
◉話題作、読んで観る?◉ 第42回「護られなかった者たちへ」