武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第1回「文豪の猫」(上)

おはようおかえり 京は猫日和 武田綾乃 第1回「文豪の猫」(上)
いま大注目の若手作家、
武田綾乃さん初のエッセイ連載が始まります。
作家と「文豪の猫」の歩みとは。


 こうしてバロンが新しく家族に加わり、生活が一変した。一番分かりやすく行動が変わったのは弟で、中学校からすっ飛ぶようにして帰って来るようになった。喋る言葉も増え、居間にいる時間も増えた。バロンを見ているだけで気持ちが明るくなり、毎日が楽しくなった。そうこうしているうちに、私の作家デビューが決まった。デビューの連絡が来たのは、私の二十歳の誕生日の夜だった。あまりに出来過ぎているな、と我ながら思った。

 デビュー作を夏に出版し、二作目の『響け!ユーフォニアム』はその年の冬に出版した。数か月後にアニメ化が決まり、いよいよ自分の運の良さが恐ろしくなった。アニメ化の報告を編集さんから受けた日は、バロンにちょっと高めのエサをあげた。母親はバロンのことを「招き猫やな」なんて言っていたけれど、確かにバロンが家に来てから私の仕事はトントン拍子に上手くいっていた。

 大学四年生になり、アニメが放送される頃にはバイトを辞めて家にいる時間が増えていた。就活は最初の数か月で早々に諦め、なし崩しで専業作家になることに決めた。大学の授業もゼミと卒業論文作成ぐらいだったので、とにかくバロンと一緒にいた。そしてとにかく小説を書いていた。

 バロンはノートパソコンのキーボードの上を歩くのが好きで、私の画面では見たことのない現象がよく起こっていた。急に最小サイズになるウインドウ、主人公の台詞に挿入される謎の文字列。その度にバロンを抱きかかえ、別の場所に移動させていた。それを繰り返すとバロンも諦め、最後はノートパソコンを背もたれにして眠る。私の仕事が終わるのを、毎日じっと待っていた。

 バロンと過ごしていて一番幸せなのは、冬の夜だ。寝る時、布団に入って来てくれる。だが、最初から布団に入ってくれるわけではない。人間がまず布団に入り、布団の中が十分に温まったなというタイミングで隙間を空けろと寄ってくる。布団を微かに持ち上げると私の横で丸くなる。薄眼を開けると、腕の中に眠っている猫がいる。その幸福感たるや、凄まじいものだった。私は指先でバロンの背中を撫でながら、気付けば眠りについていた。

 家にいる時間が多いからか、バロンは家族の中で私に一番懐いてた。だが、私がそう主張すると弟は決まって「バロンは俺のことが一番好きや」と言い張っていた。彼の抱く謎の自信には私も心当たりがあったので、「アホやなぁ」と鼻で笑った。幸せな時間だった。猫は十五年ほど生きると聞いていたから、まさかこんなにすぐにバロンが死んでしまうとは、想像もしていなかった。

(つづく)
(文中絵/武田綾乃)
次回更新予定日
2020-09-30

「響け!ユーフォニアム」を語る

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「おはようおかえり 京は猫日和」アーカイヴ

武田綾乃(たけだ・あやの)
1992年、京都府生まれ。2013年、第8回日本ラブストーリー大賞隠し玉作品「今日、きみと息をする。」(宝島社文庫)でデビュー。2作目となる「響け!ユーフォニアム」シリーズが累計159万部の大ヒットとなる。他の著書に『石黒くんに春は来ない』『青い春を数えて』『その日、朱音は空を飛んだ』『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』がある。
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