武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第21回「初読み、初笑い」

武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
芸人が書いたものが
昔から好きだという著者。
独特の「匂い」の正体とは。

 1月初め、2022年になって早々に面白い本を読んだ。お笑い芸人のAマッソ加納愛子さんの『イルカも泳ぐわい。』というエッセイ集だ。軽快な文体と強い自意識から生みだされるエピソードトークに、至るところでクスクス笑いながらも「あるある……」と深く共感してしまった。まず、タイトルが良い。『イルカも泳ぐわい。』……これだけではなんのこっちゃ分からない。しかし本文を読むと、加納さんの琴線が可視化されて、素敵な文章に出合った時の心が揺れ動かされる感覚を共有することが出来る。言葉に関するセンサーが鋭い人の文章は共感する部分が多くて好きだ。凄く上手なグルメレポートを見ている時みたいに、舌に言葉の味が広がっていくような感覚がする。

 私は昔から芸人さんの書くものが好きだった。エッセイでも、小説でも、なんでも好き。勿論、それ以外の人が書くものだって大好きだけれど、芸人さんの文章からは何故か共通して独特の匂いがする。小説からも似たような匂いがするが、エッセイになると一段とその匂いが濃くなるように思う。

 匂いの正体。それは多分、読み手へのサービス精神だ。芸人さんが書くものの場合、どんな人の文章を読んでも、読み手のリアクションを想定に入れているんだろうなと強く感じる。丁寧に間がコントロールされているというか、言葉というものが持つ刺激の強さを信じているというか、「無」が存在しないというか。専業の小説家も読者の反応を気にして文章を作るが、本というのは基本的に目の前で相手のリアクションを見ることがない。その点、芸人さんは観客を目の前にして笑いをとるから、創作活動の根っこの深いところに「対お客さん」の意識があるんじゃないかと思う。勝手な想像だけれど。

 

 ここ数年で読んだ芸人さんの本はいくつかある。その多くはエッセイだった。

 くりぃむしちゅー上田晋也さんの『経験 この10年くらいのこと』。阿佐ヶ谷姉妹さんの『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』。ハライチ岩井勇気さんの『僕の人生には事件が起きない』。宮下草薙さんの『宮下草薙の不毛なやりとり』。四千頭身後藤拓実さんの『これこそが後藤』などなど。他にもたくさんあるが、基本的に読んだものはどれも面白かった。本の中には小説家のセオリーに則らずに書かれているものもあるので、発想の柔軟さに驚かされる。文字さえあれば何だって表現できるんだ! と改めて実感し、読んだ後に創作意欲を掻き立てられるものも多い。

 

 私が芸人さんの書いたエッセイで一番好きなのはオードリー若林正恭さんの『社会人大学人見知り学部 卒業見込』、小説だとピース又吉直樹さんの『火花』だ。

『火花』を読んだのは私がまだ大学生の時だったが、本当に衝撃的だった。その頃には既に芸人さんの書いた本(エッセイに限らず小説も)を好んで読むようになっていたが、『火花』ほど文学要素と芸人要素が美しく調和している作品を読んだことが無かった。「記憶を無くしてもう一度読みたい本グランプリ」を私が開催するなら、今のところぶっちぎりのナンバーワン作品だ。

 そういえば去年の夏、ありがたいことに四千頭身の後藤さんと対談させて頂く機会があった。上述の『これこそが後藤』の刊行のタイミングだ。芸人さんと直接話したのは初めてだったのだが、とにかく頭の回転が速くて驚いた。最初のちょっとした雑談なんかをうまーく後半に伏線として繋げてしまうのだ。いやー、これがプロ! と話しながら感動した。

 対談中、「『火花』は面白いですよ!」と熱を込めて後藤さんに語ってしまったが、家に帰ってから本職の方に薦めるのは変だったんじゃないか……と反省した。でも冷静に考えると、普段から小説家は小説家に対しても本を勧めまくっている。小説家という生き物は大抵、本を書くのも読むのも勧めるのも大好きなのである。

 

 日常生活では本の感想を発表する機会があまりないので、「私が面白かったと思う本リスト」はスマホの日記機能の中でだけ存在感を発揮している。だがそれだと少し勿体ない気もするので、2022年の抱負はもうちょっと積極的に面白かった本の情報を発信することにしたいと思う。

 


「響け!ユーフォニアム」を語る

*武田綾乃の新刊情報*
\第42回吉川英治文学新人賞受賞/
愛されなくても別に『愛されなくても別に』
(講談社)

 
どうぞ愛をお叫びください『どうぞ愛をお叫びください』
(新潮社)

刊行記念インタビューはこちら
 

「おはようおかえり 京は猫日和」アーカイヴ

武田綾乃(たけだ・あやの)

1992年、京都府生まれ。2013年、第8回日本ラブストーリー大賞隠し玉作品「今日、きみと息をする。」(宝島社文庫)でデビュー。2作目となる「響け!ユーフォニアム」シリーズが累計159万部の大ヒットとなる。2021年『愛されなくても別に』で第42回吉川英治文学新人賞を受賞。他の著書に『石黒くんに春は来ない』『青い春を数えて』『その日、朱音は空を飛んだ』『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』『どうぞ愛をお叫びください』などがある。

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