武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第2回「文豪の猫」(下)

武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第2回「文豪の猫」(下)
大注目作家のエッセイ連載、
はやくも大反響!!
いつも執筆の傍らにいた「文豪の猫」が──


 私は仕事があり、年末には帰ると言っていた。だが、その間にもバロンは弱っていった。十一月の夜、母は電話越しに「もうだめかもしれん」と涙声で言った。お医者さんに腹水を抜いてもらって以降、餌を食べることを拒否してずっと窓際で横になっているらしい。呼吸も浅く、いつ死んでもおかしくないと母は言った。午前三時まで仕事をしていた私は、そのまま徹夜で始発の新幹線に乗った。後悔するのが怖かった。

 実家に辿り着いたのは午前八時頃で、家族は皆仕事に出かけていた。いつもは私が帰るとバロンが玄関まで迎えに来るのに、その日は気配すら朧気だった。私はバロンを驚かせないように足音を殺して居間へ向かった。誰もいない家の中で、バロンのヒューヒューという浅い呼吸音だけが聞こえていた。バロンは生きていた。そのことに、まずはホッとした。

 私が頭を撫でると、バロンは横たわったまま目だけをこちらに向けた。体温も低く、弱っていることは明らかだった。餌も二日ほど食べていないらしい。死にたがっているのかもしれないと思った。名を呼ぶと、バロンは力なく尻尾を振った。いつもの尻尾の振り方とは明らかに違う、微かな動きだった。このまま一週間ほど実家にいて、バロンの死を見届けよう。そう、私は心に決めていた。それでも少しの希望を持って、私は餌のカリカリをバロンの口に近付けた。「食べへんの?」と私が言うと、バロンは体勢をそのままに一粒だけカリカリを食べた。「普通に食べるやん」と思わず心の声が漏れた。私はカリカリを手の平に載せ、バロンの口に再び近付けた。バロンはぺろりと平らげた。そうこうしているうちに元気になったのか、バロンは立ち上がり、がつがつと皿から餌を食べ始めた。さらにはカリカリだけでは飽き足らず、私の膝に手を置いてちゅ~るまで要求し始めた。「めっちゃ元気やん!」と私は泣き笑いした。どうやらバロンの死ぬ死ぬ詐欺に引っ掛かったようだ。勿論、ちゅ~るはあげた。

 夕方になって帰宅した母は、のろのろと歩いているバロンを見て泣いた。「バロン、普通に餌食べたで」と私が報告すると、母はさらに泣いた。「アンタの前やと弱ったらあかんと思うのかもね」と母は言った。その後バロンは自分で皿から餌を食べるようになり、どんどんと元気を取り戻していった。シーバもモンプチも、ありとあらゆるご褒美餌を食べ尽くした。もしかするとあと二・三年は生きちゃうんじゃないの、と私は何度も言った。そうであって欲しかった。

 一週間はあっという間に過ぎ、私は再び東京へと戻らねばならなかった。「年末も早めに帰って来るからね」と私はバロンに何度も言い聞かせた。私が東京にいる間に死なないで欲しかった。それから、バロンのことを思うと事あるごとに涙が出るようになった。意味のない涙だった。ガンから二年も経っているのだ、バロンはたくさん頑張った。そう心のどこかでは分かっていた。ただ、受け入れる心の準備をするには時間が必要だった。

次回更新予定日
2020-09-30

「響け!ユーフォニアム」を語る

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「おはようおかえり 京は猫日和」アーカイヴ

武田綾乃(たけだ・あやの)
1992年、京都府生まれ。2013年、第8回日本ラブストーリー大賞隠し玉作品「今日、きみと息をする。」(宝島社文庫)でデビュー。2作目となる「響け!ユーフォニアム」シリーズが累計159万部の大ヒットとなる。他の著書に『石黒くんに春は来ない』『青い春を数えて』『その日、朱音は空を飛んだ』『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』がある。
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