ゲスト/田房永子さん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第4回

ゲスト/田房永子さん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第4回

 高度成長期にあったような「男は外で働き、女は家を守る」という考えは、もはや時代に合わなくなりつつある。女性の社会進出が進み、今では妻が夫よりも稼いでいる家庭も珍しくはない。けれども、洗脳のようにあり続ける「女が家事や育児をするべき」というマインドは一体なんなのだろうか。実母からの過干渉に苦しんだ自身の経験をつづり、『毒親』ブームの火付け役ともなった漫画家の田房永子さんに、親や配偶者からの「呪縛」を解くヒントをお聞きしました。


「大黒柱妻」で男女の不満が入れ替わる

花田
 今作のタイトルにも使われている「大黒柱妻」というのは、夫が主に家事や育児をしていて、自分は働きに出て収入を得て一家を経済的に支えている女性のことですね。あえてこのような名前で彼女たちを捉えたことはなかったのですが、言われてみれば確かに増えているような気がします。これからも増えていきそうですよね。

田房
 日常生活の中で「妻が大黒柱である」って言う機会がないんですよね。この漫画を見て「私も大黒柱です」って話しかけてくれる人がとても多かったです。

花田
 収入や役割分担の変化によって、家庭問題のある種のテンプレだった「女ばかり負担や犠牲が多くて大変だ」という内容が男女で逆転していく。要するに生物学的に女だから大変だったわけではなく、女が取らされがちな立場が大変なのであり、また外で働き育児を任せる側になると、女でもこんなに「よくある男」のようなふるまいや思考をしてしまうのだ、ということをあぶりだした非常に面白い作品だと思いました。これを書いたきっかけは何だったんですか?

田房
 漫画にも出てくるシーンなのですが「妻が仕事から帰宅したら部屋が真っ暗になっていて、夫と子どもが寝ていて、それに超ビビリながらも普通にシャワーを浴びて、リビングですっごいくつろぐ」というのを私が実際にやったことですね。そのときにやっぱりすごく衝撃だったんですよね。
 部屋を真っ暗にして寝ているっていうことが抗議だということはわかってるんですよ。なぜなら自分もそういう抗議をしたことがあるから。そこで腹を立てたにもかかわらず自分が逆の立場に同じ態度をとってしまうんだなっていうのにびっくりして。「男はズルい」と言えなくなってしまいました。

花田
 配偶者や交際相手に不満を感じているときって、まず最初は相手が悪いのか自分が悪いのかっていう発想にどうしてもなりがちじゃないですか。「なんでこんなことを言ってくるんだ」「なんでこれをやってくれないんだ」から始まって。そこから特に女性が陥りがちなのが「いや私が悪い。私がもっと頑張らなければ」と自分のせいにしたあげく、「私が悪いと思って頑張ってやってるのにおまえは全然わかってないよな」と逆ギレする悪循環というか。そのループにいるかぎりは解決しないと思うんです。
 そうじゃなくて、自分や相手をそうさせてしまってるっていうのは、立場とか、あるいは日本が長く引きずってきてしまった家父長制なのか、何か社会的な全体の問題だっていうことを、この本を通して田房さんが簡潔に書いていらっしゃると思うんです。さきほど自分の体験がきっかけだったとおっしゃっていましたが、このような問題については前々から考えていましたか?

田房
 私自身のことで言うと、結婚した当初は《結婚=妻が家のことは全部やんなきゃいけない》って思っていたんですよね。家事や育児は夫にやらせてはならない。そしてその代わりに養ってもらう。それが正しい結婚だと。

花田
 自ら目指したってことですか?

田房
 頭には「家事は妻がやるもの、夫がやってしまったら自分の存在価値がなくなる」くらいの思い込みがありました。でも私の体は家事に興味なくて、仕事をするのが楽しいんです。10年前は男の育休なんて概念もあるかないかって感じで「赤ちゃんがいる家庭は夫の仕事に支障をきたさないように妻が仕事をセーブする」が前提で社会が回ってたから保育園も少なかった。自分の思い込みと、外からの圧で押しつぶされてました。赤ちゃんを365日24時間、母親がみなきゃいけない社会のルールを守りながら、仕事への欲求をかなえようと奮闘しつつ、家事をやらないと私の価値がないっていう強迫観念にまみれてたんです。

花田
 外からの圧よりも自分自身の圧の方がより自分を苦しめていることってありますね。
 旦那さんも「女がやるべき」の人だったんですか?

田房
 夫はけっこう、夜泣きで起きて対応したり、かいがいしく家事をやっていたんですよ。でも私の「家事は女がやるべき」という呪いが強すぎて、夫の10の家事を100として評価するみたいな歪みが発生してたんです。だから自分は3000やらなければ、みたいな感じですね。でもできるわけがないから、1人で罪悪感と自責で苦しんでる、みたいな感じです。それで別の方法で爆発してしまう。ぐちゃぐちゃの呪いと衝動と社会への恨みを一緒くたにして夫にぶつけてましたね。

花田
 結局、それはどうやって解決に至ったんですか?

田房
 自分の場合は、家庭にお金を入れるようになったらめちゃくちゃ楽になって。お金を入れるようになったら、ソファに座っていられるようになった。それまでは、夫が家事をやっているときに座っていられなかったんですよね。

花田
 意外な解決策な気もしますが。でも、田房さんが自分の怒りの内訳を突き詰めて見つめたからそれがわかったんですよね。

田房
 自分にとっては「お金」の問題がすごく大事だった。でもそのときに男の人もこういう感じなのかもって気づいた。

花田
 ああ、男の人も「こうでなければ」に勝手に囚われて、勝手に怒ったり背負ったりしている?

田房
 そうそう。それは絶対あると思います。

金で自信を奪われる女たち

花田
 お金のことって難しいですね。というのは、私は若いときから「自分の好きなことしか仕事にできない」「一般企業でOL的に働くことは自分には無理だ」というふたつがはっきりしていました。そして結婚して相手の収入に頼ることも無理だと思ったので、そうすると消去法で、自分の行きたい業界ではお金をたくさん稼ぐのは無理だから「人生はお金じゃない。お金は幸せとは関係ない」と考えるしかなかった。でも突き詰めて考えたら、リッチな生活はできなくてもいいけど、自分が生活できる額は稼ぎたいし、誰かに生殺与奪の件を譲り渡したくないなっていうことだとわかったんです。

田房
 うんうん。

花田
 でも、積極的に譲り渡したい人もいるのかな? と。とはいえ、子どもを持つと望まなくてもそういう状況になってしまうことも多い。それってそもそも個人の問題じゃなくて日本のシステムがだめなんだとも思うし、「子どもを持つ女が収入を得るようになったら問題は解決するよ」でもないということを、田房さんがこの本で簡潔に書いているわけですよね。ほんとうに、じゃあどうしたらいいのか、と……。

田房
 赤ちゃんと参加する地域の集まりに行ったとき、同じ年の専業主婦2人と出会ったんです。彼女たちの夫は専門職だったり地位が高めで時間もけっこう自由。でも家にいるときは家事も育児も何もしない。それに不満がありつつも「手伝って」とハッキリ言えないって言うんです。とにかく2人ともなぜか「私は社会に出て働ける人材ではない、私なんかができる仕事ないし」って言うんです。「でも私にもできることを探したい」とか言って、上の子もいて赤ちゃんを産んだばかりなのに地域のボランティアをしてるんです。そんなバイタリティのある人材、どんな職場でもやっていけると私は思うんだけど、そう思えなくなってしまっているんじゃないかと思う。

花田
 なぜ社会で役立てないと思わされているんでしょうね? そういう呪い?

田房
 夫とか周りから呪いをかけられてる場合もあるし、呪いの壺みたいなものに自ら入っちゃってる人もいるような。どんな仕事でも給料が発生すれば責任が伴うし、新しいことに踏み出すのが苦手な人もいますよね。

花田
 たしかに全員が出ようとしても杭を打たれているわけではなく、自らそこに行っている人もいるのかも。私の周りでも、20代後半で結婚していて子どももいない女子が「自分のスペースがほしいから引っ越ししたいけど、生活費や家賃は旦那が払っているから、旦那にとってメリットがないと引っ越せない」というようなことを言っていて。なんでその若さでそんなに諦めなければいけないんだろう、と。でも結婚したらそういうものなんだ、って自分でそっちに入っていっている人もいるんですよね。結婚したからもう自由じゃないんだ、って決めてしまうと、どんどん奪われていく。

田房
 それ、すごいわかります。20代とかの人のほうが、すごく閉じこもった感じで考えている人が多いですね。自分もそうだったし。

花田
 20代で1回老人になっちゃうのかな。そこまでで大学出た後どうなるんだろう、就職できるのか、ちゃんと結婚できるのか、みたいな不安にまみれすぎて、結婚したときに「よし上がった!」みたいな感じになりすぎているというか。そこまでがつらすぎてそのあとが余生みたいに見えてしまうんですよ。

田房
 30歳で終わる、って、まさに自分もそう思ってましたね。

花田
 さっき田房さんが言っていた「自信がゼロ」というのにも表れていますけど、何かよくない状況を解決する力を奪われているというか。今の状況は嫌だけど子どもがいるから離婚しない、と断言する方も多いですよね。もちろん離婚することが唯一の解決ではないのですが。

田房
「子どもが○歳になるまでは離婚しないで頑張る」と、はっきり言う人ってけっこういますよね。

花田
 しかも家では口利かない、とか、けっこうこじれていたり。あと何年、というのも長いし、そっちのほうが疲れそう。みんながもっとハッピーに生きられる道を探ったほうがいいんじゃない? って思っちゃうんですよ。

田房
 ハッピーを重視すると、社会的価値観をある程度反故にしなきゃいけないですよね。基準が「自分」になるから一気に難しくなるんだと思います。社会的価値観を軸にしていると、正解がハッキリしてるから表面的に感じる不安が少ないんだと思う。子どもをいい学校に入れるとか、いい家を買うとか。自分の衝動と信念を軸にこの社会を渡っていくってやり方は学校で習ってないし。

花田
 そうなのか。そういう人から見たら、じゃあ田房さんの描いてるものって……。

田房
 わけがわからないんじゃないかな(笑)。

花田
 そんなわがまま言うなんて信じられない、って思うのかな。でも、読んでいて自分のごまかしを突きつけられるようでしんどいと感じる人はいそうだなって思います。

田房
 成人同士でどちらかが100%養ってもらっていることで関係性が歪んでくるっていうのは普通のことで、そこから抜け出すには稼ぐっていうのが手っ取り早いと思う。でも誰でもそれができるわけじゃない。それでも「あなたたちは夫に対してそんなに卑屈にならなくていいと思うよ」ってあのとき言えなかったことを、この漫画を通じてあの専業主婦の人たちに伝えたい、って思ってます。

花田
 専業主婦が悪いということではなく、今うまくいっていないとしたら現状を変える選択肢もあるというのは知ってほしいですよね。

田房
「夫は仕事していて大変なんだから、忙しいから」って自分を後回しにしなくていいと思う。「働いてるほうってけっこう、自由にやってるよ! 残業とか言ってバッティングセンター行ってるよ!」ってことをバラしてやりたい、って気持ちもあった(笑)。

話し合いでは問題は解決しない?

花田
 相手との問題って話し合って解決することがいちばんなのかなって私は思いがちなんですけど、本書を読んでいても、対話が解決してるっていうことでもないなと思ったんですよね。今日もお話を聞いていて改めて思ったのは、結局自分で悩み抜くしかないっていうか、自分の中を解きほぐしていくっていうか、それはこういう親の呪いがあるからだ、とか、私の中にこういう矛盾があるからだ、って掘り起こす作業の中にしか救いがないのかなって。

田房
 うん。自分の中を探るとラクになるから、それで態度が変わって、相手との関係がガラッと変わったりすることがありますね。

花田
 田房さんは自らの加害性を客観的に見つめることがすごく上手ですよね。なんでそんなふうにできるのかなと羨ましく思います。一般的な男性は、この作品でいうところの逆転した後の側、つまり外で働いてきて家に帰ったら疲れ切った配偶者がいる、という側しかやってないことが多いと思うんです。妻の機嫌が悪ければハーゲンダッツを買ってきたり、俺だって家事育児を手伝いたいけど、会社は残業もあるししょうがないだろう、で終わっちゃう。どうしたらそういう人が逆の立場に立てるのか。難しいと思うんですけど、どうやったら「そういうもんなんだからしょうがないだろう」から脱して、なぜ自分はこうなってしまうのか、ということに目を向けられるようになるんでしょうか。

田房
 歪みって絶対「下」に出てくるんですよね。つまり、より弱い立場の人に。たとえば子どもに問題が表れる場合、それは親や夫婦関係の問題が表面化したものだってよく言われるんですけど、問題が表面化するところまで行かないと目を向けたり省みることはできないんじゃないかな。でも、すごい問題が起きていても自分が困ってなかったら、そういう人はそのままだと思うし。だいたいそこから抜けたっていう人は何かしらのきっかけがある。目に見える問題が起こったときに、これはいったい何なんだ、なんで自分はこんな目に遭ってるんだっていうところから始まって、被害から遡っていかないと自分の加害を認識できないから。

花田
 自分が被害を受け入れていない状態で改心することはできない、と?

田房
 うん、無理だと思う。セクハラしてる人とかに、お前は加害者だってずっと言ってもあんまり意味ない。指摘をきっかけに本人が「なんで俺はこんなことしちゃうんだろう」って自分を振り返ってくれたらいちばんいいけど、そういう思考回路がない人に言い続けてもさらに加害してくるだけだから。

花田
 改めて誰かの口からそう聞くとショックです。でもそうかも。

田房
 私の母は自身の感情を自己処理できなくて毎日私にぶつけまくってきたんですね。30年間それに振り回されてた。それを被害と認識して、自分の中にある親への恨みの感情を「そんなこと思っちゃダメだ」とか抑えこまずに「恨む」をしっかりやりきる、っていう生活に変えたんです。そうしていると、今度は「私が自己処理できない感情を夫に対してぶつけてる、これも加害だ」って矛盾が出てくるんです。被害者としての「加害者の加害行為を許さない」っていう気持ちがハッキリしているから、自分の加害行為も許さないっていう姿勢が持てて「じゃあこれはどうしたらやめられるんだろう」って発想になっていく。人からされた加害を「済んだことだ」と妙な形で許してると、自分が同じことしていても「罪ではない、あれとこれとは違う」って感じで片付けるのは当たり前だと思う。恨みを晴らせていないどころか、他人にやられた嫌なことを許してきた善良な自分なのに「お前は加害者だ」とか突然言われても受け入れられないですよね。でも加害を指摘されたら、自分の被害を振り返ればちゃんと自分の加害を受け入れて心からの反省も再生もできると思う。

花田
 なるほど。私は自分の子どもではないけど、パートナーの子どもと接しているときは、自分が加害をしてしまわないかって思ってすごくびくびくしてる。

田房
 花田さんの著書『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』、すっごい面白かったです。ここまで考えて子どもと向き合ってる人、あんまりいないと思う。

花田
 そうですか? うれしいです。でも、自分が日常生活のケアの部分をやってなくて余裕があるからこんなふうに考えていられるのかなと思ったり。

田房
 その余裕ってすっごく大事だよね。子どもにとってお母さんって、根源的なエネルギーみたいなのを吸い取る対象な気がします。連休とか子ども2人とずっと一緒にいると3日目の夜あたりで動けなくなるんです。愛という養分を搾り取られてる感じ。1人にさせて! って家を飛び出したくなる。お母さんて日常ケアをしないで、週末に大トリで登場くらいがいちばんいいんじゃないの、って思ったりしますもん。

花田
 たしかに。「母の愛」なら無限でしょ、って片付けられてしまう案件ですね。
 それで、私の場合は加害しないことばかり考えると強く踏み込めないというデメリットがあるんです。

田房
 疲れ果ててる時に「ママこれどうするの」とか連続で雑に聞かれたりしたらもう無理! ってなる。冷たくしちゃって、これって加害だなって思うことがたくさんあります。努力しているけどどうしても無理な時がある。もし「あの時すごく傷ついた」って子どもが抗議してくれて、謝る余地を与えてもらえたらありがたい。そんな風に親は子どもに甘える余地があるんですよね……。子どもからしたら死活問題なのに。

花田
 絶対に起きないっていう前提じゃなくて、それをやったりやられたりしてしまうことは当然っていうか、起きてしまうっていう前提の中で、それ以降の関係性っていうか、それ込みでどうやって関係性を良いものにしていくかっていうことですね。そうかもしれないです。

自分の加害を見つめたら、親と和解できた

花田
 私は鈍感な性格ゆえに、あまりパワハラなどを苦に思った経験が少なくて、子どもとのこと以外でも、自分が人を傷つけてしまってるんじゃないかとか、誰かに何かしてしまってるかもしれないって、自分の加害性に目が向くことのほうが多いです。
 田房さんの場合はそういう心配というよりは、はっきりと自分が加害したことにショックを受けて、それが自分の加害性を見つめるきっかけになったんですね。

田房
 自分の加害性に目を向けたきっかけは夫への加害で、なんでこんなことをしちゃうんだろうって思ったことだったけど、でも親がヤバかったことは明確なので、その被害を見つめることから始まった感じですね。あれはいったい何だったんだ、と。

花田
 うんうん。

田房
 子どものときからそれはすごく気にしてて、大人になったらわかるよって周りの人とかにも言われてたんですよ。

花田
 親がヤバいって訴えたときに、ですか? それもひどい話ですね。

田房
 お母さんはあなたのためを思ってる、大人になったらわかるから、ってずっと言われていて、でもそれが腑に落ちなくて、どういうふうにわかるんだ? と思って当時嫌だったことをノートに書いていたんですよね。大人になったときに答え合わせしようと思って。ああこういうことだったのか、ってわかりたい気持ちがあった。反対側が見たい、って欲求がすごく強いんですよ。

花田
 ああ、「反対側が見たい」という気持ちはすごくわかります。で、結局答え合わせはどうだったのでしょうか。

田房
 自分の加害性に向き合えるようになって改めて振り返ってみると、不可解だった母の行動の謎が解けていくというか。ヤバヤバな行動がまったく違う世界線のものではなく、母の気持ちや暴言の理由も、肌でわかるようになりました。母の育った環境だったり時代の問題もあるだろうと。母個人の性質だけの問題として判断するのはかわいそうだなとも思います。

花田
 それだけ深く傷つけられた、と感じていたのに、被害から辿って加害を見つめることで、そこまで心境が変化したということですよね。和解に必要な道のりだったというか。

田房
 和解しようとはぜんぜん思ってなくて、とにかく自分の苦しい気持ちを和らげたかったんですね。親が亡くなって、自分が死ぬ間際にラクになれればいいや、って思ってました。10年間音信不通にしてたけど、予想以上に早く「もう気が済んだ」ってときが来ました。

花田
 月並みな質問ですが、その道を辿ったことで母親を許せたんですか?

田房
 行為自体はぜんぜん許してないですね。自分が子育てしてると「あんなことしちゃダメでしょ、子どもの人権侵害だよ」って母の態度をよく思い出します。その体験を自分の子育てに生かしてる、それで回ってる感じです。今の母は私にすごく気を遣ってくれるので、ありがたいな、って素直に思う。母の変ちくりんな性質は変わってないし、小さいトラブルはあるけど、一個一個乗り越えていけるぞ、みたいな自信が自分にあるからやっていける感じですね。母のこと自体は許してたんだと思う。最初から。

花田
 すごいですね。罪を憎んで人を憎まず、的な。でもそんな心境になれるものなんですね。親子の関係って、思春期ぐらいからも変わるし、また成人して、家を離れると、親が一方的に加害できる状況から変化するし、そこで関係性の作り直しもありますよね。

田房
 また昔みたいに加害をしてきたら、いつでもまた関係を絶つ自信があるっていうか、覚悟があるから、母も私に気を遣うんだと思う。そういう覚悟がないと健全な関係を保てない、っていうのは〝普通〟のリラックスした親子関係ではないかもしれない。でも、私はそれでも今のこの関係がうれしいです。そういうふうにしている自分が。押し込めてくる母のもとで生まれ育った自分が、その母に対してそういう強い態度を取れているということが。

花田
 毒親との関係を絶ち切る、という選択肢もアリだと思うんです。一方で、田房さんが望む形を自ら模索し、されたくないことにNOと言う意思表示をし続け、ときには縁を切る覚悟を見せてきたことで、お母さんも対応が変わり、関係性が再構築されたということですよね。

田房
 お互いにすごく頑張ってるんじゃない、って思います。

花田
 自分を変えるっていうこと自体、すごく難しいことだと思いますし、私自身も自分をなかなか変えられないなと思うんですけど。田房さんが自分を変えるためや、自分との向き合い方で心がけていることがあれば教えて欲しいです。

田房
 人って多分、どんな小さなことにでも、実は常にショックを受けてる。そこを意識していくと変われると思っています。

花田
 気づかないふりをしない、自分のショックに敏感になる、ということですか?

田房
 はい。最近の自分のことでいうと、娘からふくよかな体型の女性タレントに似ていると言われることにショックを受けていた。でも最初は自分でショックだと気づいていなくて。「かわいくていいじゃない、ありがとう」ってポジティブに受け止めようとしていると自分のショックがわからなくなる。

花田
 ああ、それは自分もニセのポジティブ信仰でごまかしてやってしまいそう。

田房
 本当は似てるって言われるのショックだったんだな~って気づいたら、本当はこんな感じの動かしやすい体になりたいな、っていうイメージが出てきて。それまで「日常的に運動しなければいけない」と思いながらやらない自分が嫌だったんだけど、運動が楽しくなりました。ちゃんとショックを受けるってことと、何にショックを受けているのか、自分の内面を探すこと。それだけで変われるんだなあと思いました。

花田
 自分の内面でカッコつけてカッコいい言葉にしてしまうと、自分が真に向き合うべき自分のダサさ、みたいなものが見えなくなってしまいそうですもんね。そのステップ抜きにして「筋トレやろう」は生まれないし。なるべく具体的に何が嫌でどうなりたいのか、向かい合うべきだと改めて感じました。


大黒柱妻の日常

『大黒柱妻の日常 共働きワンオペ妻が、夫と役割交替してみたら?
エムディエヌコーポレーション

 
ワンオペ育児を7年間続けた妻が夫と役割を逆転、「お父さん」の立場になったら見えてきたものは──? 著者初のフィクション漫画。

 

母がしんどい

『母がしんどい』
角川文庫

 
〝毒親〟に育てられた娘が苦しみ抜いた末に自立し、自分なりの幸せをつかむまでを描いた感動のコミックエッセイ。

 
田房永子(たぶさ・えいこ)
1978年東京都生まれ。2001年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』を2012年に刊行しベストセラーとなる。他の著書に『キレる私をやめたい』『お母さんみたいな母親にはなりたくないのに』など。

(構成/花田菜々子)
〈「STORY BOX」2021年9月号掲載〉

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