ゲスト/ひらりささん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第9回

ゲスト/ひらりささん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第9回
  今月のモヤ  
推しとお金と私

 
「現在、何にお金をかけていますか?」の質問に「趣味」と答える人はどれくらいいるだろう。「オタク」「推し」ということばが浸透した世の中で、好きなものにお金を使うことをアイデンティティーとする人は増えたのかもしれない。しかし、老後2千万円問題が取り沙汰されるなか、「浪費」はネガティブに捉えられることが多い。女性、消費、オタク文化などをテーマに取材・執筆をしているひらりささんと、何かにお金をつぎ込んで生きることの快楽と葛藤についてざっくばらんに語ります。


語られてこなかった「女のお金」

花田
 今はイギリスに留学されているんですよね。どれくらい滞在される予定なんですか?

ひらりさ
 1年間大学院に通ってジェンダー論を勉強する予定です。イギリスの大学院は1年で修士が取れるので、コスパがいいなと思ったのですが、実際は4倍ぐらい大変なだけでした(笑)。でも今2ヶ月くらい経って、やっと手を抜く方法を少し覚えてきました。

花田
 なるほど。大変そうだけど、少しずつなじんできているんですね。
 ひらりささんはこれまでは「劇団雌猫」というサークル名義でオタクについての本を何冊か出されていて、今回の『沼で溺れてみたけれど』はひらりささん個人名義の本なんですね。オタクに限らずいろいろなものにハマった女性たちのお金にまつわる話の聞き書きですが、自分がオタク気質ではないのでよけいに面白かったです。

ひらりさ
 劇団雌猫というサークル名で女オタクたちの浪費をテーマにした同人誌「悪友」を最初に出して、それが書籍『浪費図鑑』になったのが2017年。それから同人活動も継続しながら、本やコミカライズを10冊以上出しました。
 ネット上で知り合う「すごい積んでます」とか「ツアー全通してます」とか言う人たちって、どうやってお金をやりくりしているんだろう? と日頃から感じていたのですが、日常生活のプロフィール抜きでつながっているネット上の関係性だと逆にそういうことが聞きづらいんです。それで、ネットで言えないことを同人誌にしようと思ったのがきっかけです。

花田
 これは『浪費図鑑』が大きな話題になった理由でもあると思うんですが、それ以前にはこういうお金の語られ方ってあまりなかったと思うんですね。オタク、推し、という言葉が市民権を得てきた時代の変化もあると思いますが、《『浪費図鑑』以前》は女性誌のお金特集でも貯金や生活や節約のことが中心で、「趣味に使っていいお金は月3万」というような語られ方しかされてこなかった。まるで日本の学校の性教育みたいに、きれいでまじめなことしか言われなかった。

ひらりさ
 そうやって趣味のお金が当たり前に最初に削るものとされていることへのカウンターもあったし、〈丁寧に暮らす〉、〈コツコツ将来のために〉など……、当時は、そういう価値観が特に女性にとっての美徳にされていることへのアンチテーゼとしての意味合いもありました。

花田
 たしかに。『浪費図鑑』のときはそういう意味でも無駄使いをポジティブに語る側面が大きかったのかなと思うのですが、今回はまた違うテイストですね。
 不幸話を集めているように感じる人もいるかもしれませんが、そうではなくて、止むに止まれず溺れて、普通じゃない体験に振り回されたとしても「こうならないように気をつけよう」とも「不幸でもいいんだ」も言わない。前書きで書かれていたとおり「人生は続いていく」というそのメッセージがすごく伝わってきて、そこからどどどっと押し流されるようにのめり込んで一気読みしてしまいました。

ひらりさ
 ありがとうございます。『浪費図鑑』は趣味への支出がネガティブに受け取られることへのアッパーな反動だったので、『沼で溺れてみたけれど』ではさらなる反動として、アンビバレントな部分も含めていろんな人のお金の話を残したいなという思いがありました。

お金を使うことはアイデンティティーになるか

花田
 オタクだけでなく、あとは例えばホストにお金を使うといった文脈でも、無駄遣いや過剰な課金は、ストレス解消とか快楽であると語られがちだと思います。でも本書に登場する、タワマンを購入した方や不倫して慰謝料を500万円払った方の話を読むと、お金を何に使ったかという事実がその人を支えることもあるのかな、と思いました。
 外野からだとCDを複数枚買うことは握手会などのイベントに参加する権利を買っているように見えますが、実は「こんなに使っている私」というアイデンティティーを手に入れるために使っていて、その金額を拠り所にしている部分もあるのかな、と。

ひらりさ
 そうですね。誰かを推しているときに推していること自体がアイデンティティーになるように、お金を使うと自分が存在していると実感できる感覚ってあるよなと思っています。金銭のバランスを崩して冷静な判断ができなくなっているときの、飛び込んでいる自分に対しての興奮とかも……。なんでも、いちばんハマっているときはどこかで認知が歪んでいると思うんです。オタクもそうだし、恋愛もそうですよね。それは危ないことではあるんだけど、そういう瞬間瞬間がないとやっぱり生きていけない時代だなとも思うし。

花田
 オタクでない立場からすると、そんなふうにのめり込めるものがあるというのは羨ましくも感じます。自分にとってみれば「本」がそれに近くて、たしかに散財はするのですが、そういう中毒みたいな感じはないので。

ひらりさ
『浪費図鑑』では、帯文をいただいた菊地成孔さんに「狂気が入っていると思う」と絶賛していただいたのを覚えています。

花田
 ああ、なるほど。自分に足りないのはそれかも。オタクの方の話を聞くと「本が好き、ってつまんねえ!」って思いますよ(笑)。

ひらりさ
 いやいや(笑)、私も最近情熱が薄れ気味というか、オタク女性を取材し続けた結果、人の情熱に触れて満足してしまっているのかもしれない。私の場合、自分の好きなホストがもうナンバーワンで超太客がいて、自分が多少貢献しても意味ないなと思っちゃったら、あまりヤバいハマり方をしないほうなんです。逆に、私が支えたらあとちょっとでナンバーワンに……、というような射幸心が煽られ続けているときにいちばんハマってしまう。

花田
 なるほど。

ひらりさ
 最近私も本や映画を淡々と消費しているのですが、オタクジャンルでは、運営が理不尽な瞬間とか、推しの不祥事とか、そういうバッドイベントで出るアドレナリンも無視できなかったなと思っていて。映画とか本にはあんまりそういうことがないですよね。オタクの語り口だけがドラマチックに見えてしまうとしたら、好きという感情の種類というよりは、その環境によって煽られている行動やイベントの種類によるのかもしれないですね。

誰かとつながることありきのオタクたち

花田
「推し活」をする上では、炎上や中傷の問題と無関係ではいられなそうですね。他人とのつながりや連帯を作りやすい半面、推しの加害を擁護して被害者を傷つけたり、推しの恋愛や結婚を攻撃したり、差別や人権の問題に目をつぶって妄信してしまいかねない側面もあるのかなと感じます。内側にいる立場からはどう見えていますか?

ひらりさ
 推しや一般の人に迷惑をかけまいとするあまりのローカルルールや同調圧力の激化、などはどうしてもありますね。

花田
 なるほど。

ひらりさ
 どっぷりその中に入っているときには意見の対立もあって、渦中にいると苦しかったりもするんですが、その痛みも含めて私もオタクをやってきた気がします。「推しがいるとハッピー」という感情の上振れだけじゃなくて下振れもさせられることで、ジャンルの中毒になっている側面はあるかもしれません。

花田
 たしかに、先ほども恋愛のたとえがありましたが、恋愛も幸せなだけだとそこまで夢中にならないかもしれない。そういうところも似てますね。それで、何かを推すことが社会参加のきっかけになっているというか、自己表現でもあり、自己形成でもあり。何かの表現を好きになることがその社会に入っていく切符になるというところが面白いですね。

ひらりさ
 ジャンルによって特有の文化が形成されていたのがSNSで混ざり合って、この数年ますます複雑な生態系が出来上がっているように思います。違う文化同士のバトルが起きていることもあるし。その反面、「二次元オタクが EXILE のコンサートに行ってみた」とか「ハロオタ男性がジャニーズ観に行ってみた」とか、ジャンルを越境してブログレポを書くのが盛り上がったのも覚えています。
 越境することで自分のアイデンティティーを確認したり、別ジャンルのオタクに自分のジャンルを語られることに喜びを感じたりと、SNS以降の新しい時代がきているなと思います。

花田
 異文化を見に行ってアイデンティティーを再発見し、それを文章にすることで自己表現をするって、かつてはバックパッカーの海外旅行者がしていたことですね。今は自分の推しの外のジャンルを覗き込むだけで海外旅行ばりのカルチャーショックを受けられるというのはすごいですね。

ひらりさ
 異文化交流のような性質が女オタクのデフォルトになっているのですが、一方で2020年のユリイカの女オタク特集で筒井晴香さんという研究者の方が「孤独にあること、痛くあること :『推す』という生き様」という文章を寄稿されていたんです。ヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』を引き合いに出しながら、自分はひとりで思索していく、『自分ひとりの部屋』的なものを求めてオタクをやっている、ということを書かれていて、それもそうだよな、と。

花田
 なるほど。

ひらりさ
 アイデンティティーを持つために参加しているようでいて、そのコミュニティーの大多数の意見に流され続けているうちに自分の意見や言葉がなくなってしまう危うさもあります。何か作品を見ても「100点満点」とか「実質◯◯」とか、典型的なフレーズがあって、みんながそれを使って発言していたりとか。そういう場所に身を浸しすぎていたなという反省があります。自分の言葉を持てるようにしたいな、と思うようになっていたので、筒井さんの文章はすごく響きました。

花田
 私も評価が分かれそうな映画を観たときなど、映画館を出てすぐ感想を検索してしまいたくなる自分がいて、1日くらいはまずググらないで自分で考えよう、と情報を見ないように心がけています。人に答えをもらってばかりだと筋力が弱まってしまう。

ひらりさ
 意識してないと、ずっとつながり続けてしまいます。

花田
 これからの時代にはつながりを断つことを意識的にやらないといけないのかもしれないですね。
 推しがいることやコミュニティーに参加することが善か悪か、というような二元論ではなく、推しがあることで人生をよりよくできる人もいれば、自滅したり自分を見失ってしまう人もいる……深い世界です。

欲望、コンプレックス、ポイント……振り回される私たち

花田
「オタク」の他に、もうひとつひらりささんのテーマになっているのが「欲望」なのかな、と思います。本書に出てくる人たちって全員がお金持ちなわけではないし、派手な生活をしているわけでもないけど、子どもの頃に自分が思い描いていた「大人の女」のイメージに重なるんですよね。それは、欲望を抱えて生きる姿が大人を想起させるのかなと思いました。欲望といっても、金とか権力とかセックスみたいなわかりやすいものじゃなくて、何者かになりたいとか、満たされたいとか、そういうギラついた気持ち。自分にもその欲望はあるし、だからこそヒリヒリと生きる彼女たちのエピソードは心に沁みたし、他人事ではいられなかったです。

ひらりさ
 最初は「お金」をキーワードにしていたんですが、自分の興味としてはお金に紐づいているその人の生き方とか、人生の中で失敗に見えるできごとの方がメインなので、お話をきいた人の中でお金が重要なファクターになっている人もいれば、そんなに重要なファクターではない人もいますね。

花田
 そうですね。お金を通して語られる人生のほうが主役になっている印象です。内面の物語を引き出していますよね。

ひらりさ
 ああ、それから「東京と地方」というテーマもあって。『浪費図鑑』では自分たちも東京に住んでいるし、東京に住んでいる人に書いてもらった話が多かったので、『沼で溺れてみたけれど』ではむしろ自分が見えていない部分を知るために、けっこう地方の方に話をしてもらったというのもあります。ただ、そういう話を東京生まれの自分が聞くということ自体が相手にとって不快にあたるかもしれないので、そこはすごく気を遣いながらでしたが。
 私、地方に生まれて、絶対に東京にいたいというハングリー精神を持って東京で暮らしている人へのコンプレックスがすごくあるんですよ。

花田
 え、そうなんですか。コンプレックスですか。

ひらりさ
 自分の人生をきちんと自分で決めていて、自由意思で暮らしている感じがして。私は東京で育ったのに10代の頃は全然映画も観てなかったし、ライブハウスも、タワレコすらも行ったことなくて、自分の周りにいっぱいあったらしい文化資本にまったく気づくチャンスを持たずに暮らしていた。東京にいるから文化的なものに必ずアクセスできるわけではなくて家庭環境とかもかなりクロスしている要素だと思うんですけど、でもそれを言うと「地方には本当に何もないとわかっていない」と怒られる。私の中にコンプレックスがあるのも確か。しかし、怒る人の気持ちもわかる。なので、人にわざわざ言っていくのはやめましたね。

花田
 はい(笑)。

ひらりさ
 もちろん東京か地方かで言ったら東京の方が恵まれていると思うんですが、みんなよりもチャンスがあったのに気づかずに20代になってしまった自分へのコンプレックス、なんですよね。

花田
 まあ、彼らの伸び率というか、飢餓感からの吸収力ってすごいですもんね。

ひらりさ
 私は本とか映画を最近やっと真面目に読んだり観たりするようになって、10代20代の頃何やってたんだ、と落ち込むんですよね。まあ何やってたかっていうとBLを読んでたんだな、ってことになるんですけど。

花田
 あはは(笑)。いいじゃないですか。

ひらりさ
 同年代の知り合いの中でいちばん本を読んでるのは釧路出身の友人で、自分は都会であらゆる種類の娯楽が手に入りすぎたせいで本をちゃんと読んでなかったんだ、と思ったり……アンビバレンツな気持ちがあります。なので自分と違う人の人生をもっと聞きたい、という意味で、地方生まれの人の話を今回はたくさん聞かせてもらいました。

花田
 なるほど。この本を読んでどこか明るい気持ちになったのは、自分も無欲の人間にはなれないし、まわりの、普通に地元で結婚して子ども産んで、それでいいじゃない、というあり方に対して何か反発というか、薄味で生きられるように見える人たちへの羨ましさと、なんでそれで大丈夫なんだよという見当違いの怒りというか、そういう整理のつかない感情に対して「あ、ここにみんないるじゃないか」と思えたというか。うまく説明できないんですけど。

ひらりさ
 そうですね。すごくのっぺりとして見えるものも個別の事情を聞くと、ああ、そういうことなんだ、と思いますよね。そこが知りたくて。

花田
 ひらりささんが聞いたような内面の話って、信頼関係のない人から詳しく聞けることはなかなかないと思うので、こういう形でいろいろな人生に触れられたことが、嬉しくもあり、励まされる感覚もありました。

ひらりさ
 自分の人生に対してこれでいいと思えたこと、全然なくて。成功か失敗か、とか安定か不安定か、とかじゃない、「これでいい」の形を探すために話を聞いているのかもしれないです。

花田
 そうなんですか? ひらりささんだって、きっと外から見たらオタク道を極めて、趣味でつながれる友達がいて、都会的で、本を出したり留学したり、キラキラと充実した人生を送っているようにしか見えないですよ。

ひらりさ
 全然(笑)! 軸がないのがすごくコンプレックスなんです。結婚や出産に対するオブセッションが激しかった時期もあって、それは周囲に流されて、そういうポイントを得たら何か変わるかも、みたいな発想なんですよね。受験勉強の弊害か、そういう思考に陥りがちです。そうじゃなくなっていきたいというのがあります。だからインプットが必要だと思って留学しているんですけど、いざ留学で学位云々、となるとまたこれを「ポイント」として捉えそうな自分もいて、気をつけないと、って。

花田
 自分にも似たところがあるのでわかります。自分が出会い系で本を紹介する活動を始めたのも、仕事バツ、家庭バツ、趣味バツ……という自分のプロフィールの低得点っぷりが耐えられなかったから。周囲に対しての見栄というよりは自分への見栄ですね。でもそうやって行動の原動力になっていることもあるので、まあポイントを気にしてしまう自分をうまく乗せながらやっていくしかないなと思っています。

ひらりさ
 私はまわりが取っているポイントだから自分も……となってしまう傾向があるので、せめて人のプラスを気にしないようにと心がけています。まわりにバリバリ働いている友達が多いので、話をきいていると自分ももっと会社員として出世しないと、とかつい思ってしまう。本当に自分が望んでいるのかを考える練習をしないとだめですね。

花田
 その見分けは大事ですよね。特に結婚・出産のポイントをまわりが次々取っていく時期は、なかなか無視できないですよ。

お金の不安をどう乗り越えるか

花田
『沼で溺れてみたけれど』のメインテーマであるお金のことについてもう少しお伺いしたいです。
 この本は人生のストーリーでもあり、欲望についてのエピソードでもあり、お金について考えさせてくれる本でもあると思うんですが、妻でも母でもない私たちのお金について、ってまだまだ語られ足りないですよね。自分は若い頃にサブカル一直線で「お金なんてどうでもいい」みたいな態度が染みついていて、お金に対してあまりポジティブな態度になれないのですが、お金とは、ライフプランを考えて貯蓄して〜……というだけではなく自分の生き方そのものでもある、と、本書が視野を広げてくれたように思います。ひらりささんご自身はお金についてはどんなふうに考えていますか?

ひらりさ
 私の場合は中高生の頃に親が別居して、母方についていったので、お金がどうなるかわからないという不安な時期があって、そのときに「ないかもしれない」という不安が根強く刻まれた結果、「やっぱり稼がないと!」という気持ちが強くなりました。それで、手に職をつけないと、とか考えて就職したけどうまくいかなくて、やっぱり好きなことをやらないと、というルートに入りつつも、この中でできるだけ稼がないと、みたいになっていって。

花田
 うんうん。

ひらりさ
 20代後半からは稼いで、ストレスたまって、使って、のサイクルをずっと回してましたね。貯金も増えていったけどいくら貯めても不安で、同世代の貯金の平均を調べて比べてみたり。でも30代になって、これをずっとは続けられないし、何のためにやってるんだろう、不安のためにやっているな、と感じて、そのサイクルから抜けたくて一旦会社を辞めて留学しているというのもあります。お金がもらえるのはうれしいけど、それによって狭まっている思考もありますね。

花田
 お金がなくても不安だし、あっても執着してしまうのが怖い。平穏がないですよね。

ひらりさ
 でも、東京にいたときってパフェ食べたりネイルしたり、いい美容院行ったり服買ったり、そういうものにも癒されてたけど、イギリスではそういう自分のテンションをあげてくれるものが一切なくて、使わないでいたら意外と欲が消えてきた。これは面白い体験をしているな、と今感じています。

花田
 たしかに東京は昔より貧しくなった分、小銭を搾り取るのがすごくうまくなっているな(笑)と感じます。一軒まるごとガチャだけのビルとかって、自分もついやってしまうんですけど。海外で1回リセットするというのはとてもよさそうですね。

ひらりさ
 私はいろいろなものの依存症なので、そこをひとつひとつチューニングできる30代になりたいです。

花田
 どうすれば依存状態をリセットして自分が望んでいる自分を取り戻せるか、というのはこれから重要なテーマになりそうです。ひらりささんがこれから見つける道のりが、今オタクをやっている10代や20代の後進の人たちの役にも立ちそうですね。

ひらりさ
 どうだろう、みんな私よりは理性的な気がするので(笑)。オタ活でのお金のつぎ込みも含めて、20代の頃は大きな刺激で不安から目をそらしていたので、今は安心したい。そのためにいろいろやっている感じです。

花田
 私たちが悪いわけではなくて日本全体の問題ですが、老後が不安なのはもちろん、今、今月の不安を抱えている人もすごく多いと思うんですよ。だから不安の根本をすぐに解決することはきっとできないと思うんです。私は少し前までは孤独死することがものすごく怖くて、家の中で誰にも見つからずに腐っていくことがとにかく恐怖だったんです。でも最近は人体の動きを感知するセンサーとかが登場してきているので、私が死ぬ頃には大丈夫だなと思ったら安心できるようになった。この恐怖ってそんなことで解決するのか、と自分でも意外でした。あとは今パートナーがいるか、今収入があるかということよりも、友達を作れる能力とか、ひとりを楽しむ能力とか、お金がなくても生きていける方法をいくつ持てるか、そういうことのほうが不安を無くしてくれるのかなと思います。

ひらりさ
 私もずっと人と暮らすことは無理だと考えていたのですが、留学してやむを得ず学生寮でキッチンを共用しながら暮らしてみたら意外と大丈夫だった。これなら老後も誰か一緒に住んでくれるかもしれないと思えるようになりました。できないと思って頭から排除しているものが実は平気だったとわかったり、不安が減るのを実感して、歳をとることがちょっと楽しくなってきました。

花田
 たしかに。若いときほど「自分にはこれは無理」と頑なになってしまうところってありますね。それとは逆説的ですが、思い込みではなく実際に経験することで、自分が好きなものと嫌いなものがはっきりしたり、これはできるこれはできない、とわかると生きやすくなりますよね。

ひらりさ
 自分が生きやすくなるために今までいろいろ本を出してきた、というのもあります。もっと生きやすくなるように、これからもまた何か新しいことをやっていこうと思っています。


沼で溺れてみたけれど

『沼で溺れてみたけれど』
講談社

不倫・ママ活・スピ・推し・タワマン……。女たちの〝お金〟と〝欲望〟をのぞくエッセイ集。


 
ひらりさ
ライター・編集者。1989年、東京都生まれ。女性、お金、消費、オタク文化などのテーマで取材・執筆をしている。女性4人によるユニット「劇団雌猫」名義での共同編著に、『浪費図鑑―悪友たちのないしょ話―』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)などがある。

(構成/花田菜々子)
〈「STORY BOX」2022年2月号掲載〉

窪 美澄『朱より赤く 高岡智照尼の生涯』
和田靜香さん インタビュー連載「私の本」vol.17 第1回