ゲスト/西 加奈子さん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第11回

ゲスト/西 加奈子さん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第11回
  今月のモヤ  
助けを求める

 
 生活保護の受給者がバッシングを受け、過重労働ややりがい搾取などの弊害が噴出している今、貧困や格差は深刻な社会問題だ。フェミニズムが盛り上がる中で、〝強くあらねばならない〟という呪縛にとらわれた男性たちの多くも生きづらさを抱えている。弱者が弱者のままで、当然の権利として助けを求めながら生きるにはどうしたらいいのか──。最近、小説が政治的であることの意味に気づいたという西加奈子さんとじっくり語ります。


新たな作風の小説が誕生した理由

花田
夜が明ける』、とても面白く読ませていただきました。これまでの西さんの作風とは大きく変わった部分がいくつもあったと思います。まず男性が主人公であり、彼が名前のない「俺」として物語が進んでいくこと。それから、実際に日本で起きた政治や社会の事件が取り上げられていること。そして何より、今の日本の貧困や格差、過重労働の問題が主題となっており、ハッピーエンドとは言えない結末だったのも衝撃でした。この小説に取り組まれたのは何か特別なきっかけがあったのでしょうか? 

西
 そもそも最初は、今までの自分の小説と同じような感じで、ふっと気になることが2、3個重なってそれが組み合わさっていくような書き方だったんです。まず一つ目は、友達が連れていってくれたものまねバーで、みんな芸が達者でパフォーマンスもできてすごいと感動したのですが、もし何も芸がなくてただ似てるだけの人だったらどんな感じなんだろう、とふと思ったこと。それからフィンランドを旅行した際にとある古いバーに入ったら、たたずまいが「人生そのもの」という雰囲気の、身体の大きなおじさんがまったく身動きもせずにただそこに座っていて、その人の姿が忘れられなかったこと。それともう一つは、その年に亡くなってしまった高橋まつりさんのこと。関係ないはずのその3つがずっと頭にあって、そこから物語が生まれていきました。

花田
 なるほど。一見脈絡のないような偶然のできごとがつながってひとつの小説になるんですね。面白いです。ただ、高橋まつりさんの死がきっかけになるとしたら、そのような女性が差別や過重労働と闘っていく物語にしようとは思われなかったのでしょうか。

西
 そうですね。日本の差別や貧困の問題で何がみんなを大きく苦しめているのかと考えたら、男女問わずマッチョイズムが原因ではないかと思い当たったんです。それで主人公の一人称を「俺」にしました。マッチョイズムの中で苦しむ男性を描くことで、ならばそこで可視化されない女性はどれほど苦しいのか、というところを直接描かずに表現したいと思ったんです。

花田
 昨今フェミニズムが盛り上がっていますが、それは男性の生きづらさの問題ともダイレクトにつながっていますよね。男の人で反感や抵抗感を持つ人がいるのも理解できるのですが、フェミニズムの問題が解決すると男性もすごく生きやすくなるだろうなと思います。最初だけは自分が損をするように感じられるかもしれませんが、しがらみを手放せるようになると思うので。

西
 ほんとにそうなんです。男性には特に、弱者が弱者のまま生きられないという現象があるのではないでしょうか。それ自体、フェミニズムが解決しようとしている問題でもあるのだけど、古い考えに囚われて反発してしまう男性が多いのも想像できる。この本は男性にも手に取ってほしいと思いました。いかに男性に読み進めてもらうか、というのはどうしても考えましたね。

小説は政治的でなければならない、という言葉の意味がわかった

花田
 自分自身、この本を読んでいる最中は、出口が見つからないような、息ができなくて苦しいような、とてもつらい気持ちでした。そういう読者の方はたくさんいらっしゃるんじゃないかと思います。

西
 やっぱり「苦しかった」という感想は多いです。

花田
 彼らに感情移入するゆえの苦しさもあったのですが、それとは別に、今まであまり思い出さなかった記憶が突然あふれるように蘇ってきたことでの苦しさも感じました。自分が若い頃の労働体験は、まさに「やりがい搾取」の典型で、パワハラや過重労働も当たり前だし、自分は社員でしたが、アルバイトの子たちはもっと未来が見えなかったと思う。それでも会社はもっと努力していい成績を出せば明るい未来がある、今お金がないのは努力不足、自己責任だと思わせ続けた。
 自分の中でとても心に残っていることなのですが、そういう環境の中で働いていて、店長なのに時給は650円で、見知らぬ土地に異動して過労で入院したりしながら、それを「乗り越えて」「やりがいのある仕事を」頑張っていました。その自負がいつしか醜い気持ちを連れてきてしまっていて、あるとき「他の自治体で、最低時給を1500円にしようという運動をやっている」というニュースを見たときに「は?」と、「そんなの許せない」と思ってしまったんです。自分はこんなに頑張ってきたのにラクをする人がいるなんてずるい、と。そのときそう思った自分がいたという記憶は生活保護のバッシングのような話題が出るたびに蘇ってきて、今でも自分が嫌になります。

西
 私のある友人も大学の奨学金を返しながらバイトをしていましたが、その職場で「あの子時給安いのによく働いてくれる」と言われたい、そう言われるように頑張る、と言っていたのが忘れられないんです。その友人と最近やりとりをしたときに「なぜあなたが『貧困に苦しんでいる人たちをもっと助けるべきだ』という考えに至ることができたのかを知りたい」と言われました。「頭ではそれが正しいとわかっていても心ではそう思えないのだ」と。それは自分に厳しくしてきたからだし、それだけ心が傷ついているんだと思います。彼女は本当に頑張り屋さんなんです。だから花田さんもその友達も「自分が嫌だ」なんて思う必要はないし、そもそもそこまで自分を犠牲にしないといけないシステムがおかしいんですよ。そしてそのシステムの上には、そうやって頑張っている人たち同士をいがみ合わせることでラクをして得をする人が絶対いるんです。私はそれが悔しいなって思います。

花田
 生活保護を受給する人を必死でバッシングしている人もまた、つらい状況に置かれている人ですよね。フェミニズムの問題でも、女同士の対立構造だと思わせることで誰が得をしているのか? という指摘がよく行われますが、その構造に気づくと問題の本質が見えてきますよね。

西
 でもね、構造ってデカいじゃない? やっぱりしんどいときって、大きなことより、身近な「自分より頑張っていない人」を憎む方がラクですよね。疲れてるときって大きいものに太刀打ちできないというか。だからそれは寄付と同じで、余裕がある人間から構造のことを考えたり声を上げていかないと、と思います。しんどい人に「あなたたちが声を上げて」と言っても酷ですよ。

花田
 恥ずかしながら、自分自身、政治のことに目を向け始めたのは最近のことなんです。

西
 私もです。

花田
 それまでは、政治家は多少悪いことをするかもしれないけど、まあいい感じにやってくれるんだろう、と思っていた。それに20代くらいまでは、自分の周囲も政治に対して冷笑的だったり無関心な態度をとることがメジャーだった気がします。でも「あれ? 国ってこんなに平気で嘘をつくものだったんだ?」と最近やっと思い始めて。

西
 うんうん、私もそれは自分の大きな変化です。トニ・モリスンという私の人生を変えてくれた大好きな作家がいるのですが、「小説というのは常に政治的でなければならない」と言っていて、その言葉だけが作家になる前もなった後もわからなかった。どうしよう、尊敬する人の言葉なのに、とずっと思っていたのですが、最近やっとその言葉の意味が少しずつわかるようになりました。個人の生き方がどれだけ社会的な環境……つまり政治に影響を受けているか。個人の苦しみは社会に直結していたんだなあと少しずつわかってきて、これからもっともっと勉強しないと、と思っています。

花田
『夜が明ける』を読んだときに、これはすごく社会的なメッセージでもあるし、ひとつのエピソードでもあるし、本当に西さんにしか書けないもので、ノンフィクションではできないことをしていると感じました。なのでニュースやノンフィクションだけでなく、小説家が具体的な政治の問題や社会の問題に切り込んでいくというのがとても意義のあることなんだなと改めて思いました。

西
 ニュースやインターネットだけでは頭に入ってこないんです。それがひとりの物語になって初めて自分のこととして考えられる。ブラック・ライブズ・マターの時もそうだったんですが、小説で読むことで初めてわかることって自分もけっこうあって。だから自分の作品もその一助になればいいな、という思いはあります。それもあって「俺」には名前をつけなかった。読者に自分ごととしてお渡しできたらと思ったんです。

「助けを求めろ」は「逃げろ」に続くキーワード

花田
 この物語のひとつの結論が「助けを求めろ」という言葉に集約されるのかなと思ったのですが、実は以前この連載に出ていただいたブレイディみかこさんヨシタケシンスケさんも「逃げろ」というキーワードをとても大切にしていらっしゃいました。ほんとうに今の日本社会の中では逃げることが重要なアクションで、一見それはネガティブにも感じられるけど、実は能動的で、世界を変えていくためのアクションでもあると思うんですね。それでその先にあるのが、この「助けを求めろ」という言葉なのかなと思いました。これからの時代の核になるキーワードではないかと思います。 

西
 私もブレイディさんの大ファンで、彼女からとても影響を受けています。彼女が紹介していた、イギリスの貧困地区で育ち、アルコール依存症の問題を抱えているダレン・マクガーヴェイという著者の『ポバティー・サファリ』という本の中に「ほんとうにこれ以上誰かに『貧困はあなたのせいじゃない。社会のせいだ。地域のせいだ。』と言われたら俺はまた酒を飲み出してしまう」という一節があったんです。一見「あなたは悪くない」という言葉は素晴らしいように感じるけど、実は彼らを弱者という箱に入れる行為で、彼らの主体性を奪う言葉でもありますよね。私もそれまでは「あなたたちは悪くない。システムが悪い」とだけ思っていたので。

花田
 うーん、なるほど。

西
 彼をすごく尊敬するのは、この社会のシステムがおかしいと主張するのと同時に、自分自身も変わらないといけないと気づくところです。今回の小説でもとても影響を受けました。そうやって本を読んで知ることで自分もいろんな問題を自分のことにできるので。ブレイディさんご自身も、社会ももちろん変わらないといけないけど我々も勉強して変わろうぜということをおっしゃっていて、とても信じられます。それが主体性を持って、能動的に生きるということではないでしょうか。

花田
 たしかに。たとえばフェアトレードという考え方はある程度根づいていますが、それでも日本国内の格差や貧困の問題に面したとき、つい「あなたは悪くないんですよ。何か困っていることはありますか」という態度になってしまいがちかもしれないです。それはステップの一歩目ではアリかもしれなくても、彼らは弱者ではなく人間である、ということを忘れずに接していかないとならないですね。

西
 言葉の問題もありますよね。例えば「生活保護を受ける」という言い方も引っかかります。だってそれは当然の権利なんだから。ただ利用するだけなのだから、「受ける」なんて言い方せんでいいんちゃうかな。

花田
「受ける」と言うことで「恵んでもらう」みたいなニュアンスになってしまいますね。公共のものという意味では道を歩くのと同じことだから。公道を歩くときに「この道を使わせてもらってほんとうにすみません」とは思わないわけで。

西
 そうそう、そうよね。

花田
 でも仮に最初は恥ずべきことではないと思っていたとしても、「恥じろ」「申し訳ないと思え」と石を投げられて、萎縮するしかなくなる。

西
「恥と思ってもらわないといけない」って、そんなことを政治家が言う世界なんて異常ですよ、やっぱり。

花田
 小説の中でも「保護なめんな」のジャンパーについて触れていましたね。そうやって叩かれた人は加害の連鎖で、自分も誰かを叩く側に回らなければ、と思わされてしまう構造もまたありますよね。

西
 ね、すごく悲しい話ですよね。例えば欧米でも、移民を移民がバッシングするという意識があるそうなんです。白人ではなく古くからいた移民が、後から来た移民を「あの人たちと自分は違うんだ」とバッシングする。なんて悲しいんだろうと思います。でもそれこそ、「それで喜ぶのは誰だろう?」ということです。

翻訳できない「迷惑をかける」という言葉

花田
 最近は、人に助けてもらうことや迷惑をかけることの大切さをやっとわかってきましたが、それでもやっぱり「相手に心配をかけたくない」「迷惑をかけたくない」と思って頼るのを躊躇してしまうことは多いです。西さんご自身はどうですか? 

西
 私はもう「助けてちゃん」やから。友人には、ほんまにすぐ助けを求められる方ですね。

花田
 私を含め、「自己責任」と「人に迷惑をかけたくない」という意識が染み付いてしまっている人は多いと思います。この二つはほんとうに呪いのワードだなと思うのですが。

西
「迷惑」って、改めて考えると、英語での翻訳が難しくて。例えば「国に迷惑かけたくない」というような言葉を直訳できない。友人と一緒に考えてみて、あ、burden(精神的な負担、重荷、などの意味)かな? と思い浮かんだけど、同じ使い方でこっちで使ったら「負担になるって、何が?」ってなってしまいますね。そもそも福祉についていえば、国が個人を助けるのは当たり前だという考えが個人個人に染み付いている。だから日本のホームレスのことを説明しようとして「家族に迷惑かけたくないから言えないんだ」と伝えても「どういうこと?」「彼らは自由でいたいわけ?」と理解してもらえない。だから「迷惑をかける」というのはきっとすごく日本人的な考え方なんですよね。

花田
 なるほど。少し前に日本で『翻訳できない世界のことば』という本がヒットして、それは「まったり」とか「サウダージ」とか、その言語でしかニュアンスの伝わらない素敵な言葉を集めたものだったんですが、そのディストピア版があったら「迷惑をかける」は必ず採用されそうです。日本って……まあ自分もやっているのですが、メールに資料を添付してほしいとお願いするだけでも「お手を煩わせてすみません」なんて書いたりしますよね(笑)。

西
 そう。だからそれも翻訳してみたら bother you(あなたの邪魔をする、困らせる、などの意味)かな? とかになるのかなと思ったんだけど、何が bother you なん、全然やん、って。あと、「甘える」もそうでした。「甘やかされる」は be spoiled という言葉があるけど、カナダ人の友人に「甘える」という能動的な動詞のことを聞くと、「うーん、ないかな」って。だから「甘え上手」とか「お言葉に甘えて」みたいなニュアンスがそもそもないのかも。仕事をやってほしいなら ask だし、そもそも相手の仕事ならやってもらうことは当然の権利だから。

花田
 そうやって聞くと、海外に出ることで気づく日本特有の嫌な感覚ってたくさんありそうです。

西
 いや、でもね、日本のよさもめちゃくちゃあるの。日本って、個人レベルではみんなすごい優しくて責任感があって、日本の保育園なんてほんとに素晴らしいですよ。保育士さんは年収億超えていいと思います、本当に。こっちではみんな仕事もカジュアルに休むし、個人個人の主張があって、「私がやるのはここまでです」みたいなドライなところがある。でも日本人はたとえば医療でも最低限の義務を超えてやってくれるでしょう。看護師さんも年収億超えていいと思います。「客」として行く日本は素晴らしくて、けど、そのせいなのか、電車とかの雰囲気めっちゃ悪くないですか。みんな疲れてて。

花田
 ああ、わかります。デフォルトの設定として、仕事中は我慢してニコニコいい対応をさせられてるんだから、そのスイッチを切ったら駅のエスカレーターで割り込んだ人に舌打ちしてもいいし、ベビーカーを押しのけて電車に先に乗ってもいいという感じ。殺伐とすることを自分に許しているような。

西
 悲しいですよね。まず満員電車が精神死ぬやろ。

花田
 ふふふ。ほんとに、まずあれを我慢できるというのがすごいことなのかも。

西
 だから、海外から見たら、本当に今日本人はこれ以上できないくらい頑張ってらっしゃるし、ひとりひとりの努力と犠牲で成り立ってる。こんな国ってなかなかない気がします。

花田
 頑張り屋ではあるのですが、「助けを求める」という言葉がそれこそ日本語の中にあまりないというか、そうされて当然と考えることが苦手なのかもしれないです。

西
 それは3.11のときにものすごく感じました。「家を流された人もいるのだから、それに比べたら自分なんて」と言っている方を見たんです。それがすごく悲しくて。あなたの苦しみはあなたの苦しみだよ、誰にも比べられない苦しみだよって思ったんですね。「あの人に比べたらマシ」という考えは人間どうしてもあるけど、「だから自分はもっと頑張らないと」と思う必要はない、っていうことをこの小説でも書きたかったんです。

花田
 そうですね。それに「他にもっと苦しい人がいるのだから」という言葉は一見謙虚なように感じるけれど、もしかしたらその考え方は、ときには自分より小さい被害なのに自分よりも苦しみを主張している人を戒めるようなニュアンスにもなってしまうかもしれない。統一されたひとつの価値観で苦しみをランク付けするような……。比べずに、自分のつらさも他人のつらさも独立したものとして受け入れられたらいいですよね。

おばちゃん力が世界を変える 

西
 私、この小説で「助けを求めろ」って書いたけど、「助けろ」って書くべきやったなと思ってて。みんなやっぱり、本当にしんどいのに無理しちゃう。その人にいかにおせっかいできるか。うちらもう、おばちゃん世代じゃないですか。私が若い頃って、たとえば背中が大きく開いている服を着てたら「あんた! ここ冷やしたらあかん!」って、おばちゃんが必死で肌を温めようとしてくれて(笑)。そういう「おばちゃん力」のおせっかいをどんどんしていこうと思ってます。

花田
 たしかにそれはいいですね(笑)。ただ、「あ、困ってるかな?」と思っても「話しかけられたくないのでは?」「本人がいいと思っているならいいのでは?」と躊躇してしまうというか、そういう言い訳のもとに、踏み込む勇気が持てないときがあります。

西
 自分も経験があるんですけど、「何か困ったことがあったら言ってね」じゃなくて「これやるね」って先に言ってくれると、すごい助かるんじゃないかな。

花田
 ああ、そうかもしれない。

西
 私ね、昔、新宿駅ってベビーカーが階段で大変だから、ベビーカーを押している方を見かけたら助けるっていう取り組みをやっていたことがあって。

花田
 えっ、すごいですね!

西
 いや、ほんとちょっと、2、3分とか待つだけなんです。それで、そのときに「持ちましょうか?」と聞くとけっこう恐縮されるので、「持ちますね!」って言うんですよ。そうするとわりと「あ、ありがとうございます」という展開になるので。先におせっかいで「やる」と宣言するのはデカいと思います。
 逆に自分が助けられる側になったとき……たとえば風邪をひいてしんどい、というときには「何かほしいものがあったら言って」ではなく、「玄関に食べもの適当に買って置いておいたよ」というのがめっちゃうれしいんですよ。ちょっと無理にやってもいいから、って思います。その人が嫌がっていたらそこでやめたらいいし。

花田
 うんうん。まずは頭でシミュレーションして失敗を恐れるだけではなく、経験を重ねることも大事ですよね。障害者の方が書かれた本などを読んでいると「障害者の人になんと声をかけたらいいですか」「何を助けたらよろこばれますか」という質問に、彼らはだいたい「そんなの人による」と答えている。正解はないんですよね。もちろん本から事前に知識を得ることも大事ですが、どこかにマニュアルがあるわけではなく、やってみないとわからない。車椅子の人に1人も声をかけたことがない状態での思考の量と、100人に声をかけてみた後の思考の量はまったく違うと思います。その中には怒られたり嫌な顔をされる経験もあるかもしれないけど、そこで初めて「なぜ嫌がられたのか」という問いに立脚することができるので。

西
 今住んでるところではバスでも何でも、すごく子どもが声をかけられるんですよね。この前も、といってもコロナ禍の前だけど、バスに乗っていて子どもが泣き出してしまったときに、運転手のおばさんが自分のお弁当箱から生ニンジンを取り出して「ニンジン食べるか?」って。誰が食べるねん! って(笑)。

花田
 あはは!

西
 でもそれで、少なくとも「ああ、泣いててええんや」って思うじゃないですか。ニンジンはいらないとしても(笑)「ニンジン食べるか?」ってひとこと声をかけるだけで違いますよね。こういう意思表示を反射神経でできるようにしたいです。これは訓練ですよね。

花田
 訓練。まさにその通りですね。頭の中でゴニョゴニョ考えているだけでは上達しないなあというのは身にしみて感じています。

西
 ほんとにそう。

花田
 でもそういう「おばちゃん力」の明るさやハッピーさって、一見この『夜が明ける』のシリアスな問題とはつながらないようでいて、意外と答えというか、解決策になっている気がします。

西
 うん、これからの時代は「おばちゃん力」だと思いますよ。

花田
 勝手に踏み込んでいって勝手に助けるということですね。

西
 個人的にはもっと人に踏み込んでいいと思ってます。コロナでもう十分に距離は離れていってしまっているから、これからは人と近づくということを本気でやっていくべきやなって。


夜が明ける

『夜が明ける』
新潮社

思春期から33歳になるまでの男同士の友情と成長、そして変わりゆく日々を生きる奇跡を描く、再生と救済の感動作。


 
西 加奈子(にし・かなこ)
1977年イランのテヘラン生まれ。2004年に『あおい』でデビュー。07年『通天閣』で織田作之助賞受賞。13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞受賞。15年に『サラバ!』で直木賞受賞。ほか著書に『さくら』『漁港の肉子ちゃん』『i』など多数。

(構成/花田菜々子)
〈「STORY BOX」2022年4月号掲載〉

採れたて本!【エンタメ】
二宮和也さん主演映画『TANG タング』特報映像公開&追加キャスト発表!!