ゲスト/岩田 徹さん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第18回

小さな書店が生き残るには
日本の書店がどんどん減り続けている。一方で、店主のこだわりの詰まった、小さくても個性豊かなお店が少しずつ増えてきているのも事実だ。ベストセラーや新刊だけでなく、思いがけない本との出会いがあり、そこでしかできない体験があるからこそ、私たち読者は今日も書店に向かうのだ。その体験の仕掛け人である書店員は、日々何を考え、読者と本との架け橋を作っているのだろう。これからの「新しい」本屋のカタチを書店員の二人が語ります。
本をおすすめして人生が変わった私たち
花田
岩田さんのご著書、『「一万円選書」でつながる架け橋 北海道の小さな町の本屋・いわた書店』を読ませていただきました。岩田さんがご自身のお店で行っている、ひとりひとりのカルテを受け取って選書するサービスのことを詳しく知ることができてとても面白かったです。私も書店員をしていて、自著にも書いたのですが、個人的に人に本をすすめる活動をしてきたこともあって、岩田さんとは共通点が多いと勝手に仲間意識を感じています。
岩田
そうですね。僕のほうは選書サービスを始めたのが2007年くらいですが、テレビに取り上げられてブレイクしたのが2014年頃です。38歳のときに父親の後を継いでいわた書店の社長になりましたが、銀行から融資を受けて建物を改築した矢先にバブル崩壊。それからの25年は「ゆず」の歌みたいに、長い下り坂をゆっくりゆっくり下っていく、というものでした(笑)。
花田
夏色ですか(笑)。
岩田
それこそ、養わなきゃならない家族を自転車の後ろに乗せてね。
花田
それが選書サービスが世に知られたことで起死回生されたんですね。
岩田
そう。ディレクターがカメラ一丁で来てくれてね。でも深夜というか早朝の時間帯の番組で、誰も見ないだろうなんて思っていたんです。ところが放映された瞬間から対応しきれないくらい問い合わせが殺到しました。そこからまったく人生が変わりました。
花田
偶然や運もあったんですね。でも結果的に、本屋を続けられることになってよかったです。
岩田
ちょうど事業を畳もうと思って友人の弁護士に片付け方を相談し、洗いざらい話をしたところだったんです。そのときに家族ではない、少し距離のある人にすべてを吐き出したことで、最後にあと1年だけ頑張りたいと思っていた自分の本心もわかりました。自分の内面を検証する作業というのは非常に大事ですね。そのときの経験は今の選書カルテにもつながっています。
花田
少し遠い場所にいる人だからこそ話せる、という感覚は私もとてもよくわかります。
ご著書の中でお客さんに書いてもらう選書カルテの内容を公開されていましたが、カルテの質問事項は始められた当時からあまり変わっていないですか?
岩田
ほぼ同じですね。あれに書き込むことで、自分は今人生のどのあたりにいるのかとか、ほんとうは何がしたいのかとか、見つめ直す機会になっているのかな、と。
花田
私もせっかくの機会なのでカルテに回答させていただいたのですが、やっぱり書くこと自体がとても楽しかったです。書店員という職業柄好きな本を挙げる機会はいくらでもあるのですが、人生のベスト20に絞って幼少期から考えてみるとどれにするかすごく迷いますし、でもその時間が楽しい。だから誰かに見せなくとも十分な気もしました。
でもどうなんでしょう、選書してもらうために必要だから、という言い訳をみなさん必要とされているのかも、とも思いますし、誰かが読んでくれるということが真剣に書く動機にもなりますよね。それが友人や家族ではなくてまったくの他人というところに価値があるし、でも誰でもいいわけじゃない。
岩田
おっしゃるとおりですね。一万円選書以前に地元の新聞に書評を連載していたときに、漠然と書くよりは具体的に読者を思い浮かべて、その人に語りかけるようにするほうが書きやすいんだなということを知りました。だからそういう役割をしているんじゃないかな。実際に会うこともないような遠くの田舎にいる本屋のおやじに向かって書く、というふうなのが書きやすいんでしょう。
花田
受け止める側としてはどうですか。シリアスなお悩みを受け取ることも多いのではないですか。ご著書に「カルテを読んで読み込んで、選書を終えたらパッと忘れる」と書かれていたのがとても印象的でした。たくさんの方のヘビーな人生を背負ってしまうと精神的にきつくなることもあるのかなと思ったのですが。
岩田
いや、それよりは単純に頭の中がパンパンになってしまうので、というところですね。同時に取り組むのが5人くらいならちょうどいいのですが、10人くらいをいっぺんにやると前の人のイメージが湧いてきたりしておかしくなる。
花田
ああ、なるほど。集中が必要なんですね。
岩田
15時から17時のあいだはいったん店を閉めて、誰も入ってこない状態にして選書に取り組んでいます。今は暑いから(対談は8月)、半分裸になって、70年代のロック……QUEEN とかかけて暴れまくりながらやるんです。
花田
あはは。めっちゃいいです。
岩田
僕が悩みを抱えているその人に対して何かアドバイスをするということはなくて、僕が本を10冊選ぶことは、10人の賢者を紹介することだと思っているんです。そもそもカルテを書き終えた時点でみなさん、半分は悩みが解決しているんですよ。でもそこに選ばれた本と僕からの手紙が届いて、その時点で本を気に入ったと言ってくださる方もいる。気持ちを入れて本を読む土台ができあがっているから素敵な読書体験になるんだと思います。僕自身は大したことはしていないつもりです。
花田
いえ、そんなことはないと思いますが、同業者としては同じ思いもあります。自分はすごくなくて、自分が紹介する本がすごいんだというのはいつも思います。ずっと人の褌で相撲をとっているような感覚があります。
どうやっておすすめ本を決める?
花田
さて、肝心の選書方法についても伺いたいのですが、まずカルテを読んで、そこからどう考えていくんですか?
岩田
どうということはないんです。まず年齢をいちばんに考えます。それで自分がそれくらいの年齢の頃ってどうだったかな、今だったら何がいいだろうと考えて組み立てていく。それから特に問題を抱えている人の場合は、そのあたりを集中的に考えますしね。病気の人とか、家族が崩壊してしまったという人とか。けれど先ほども申し上げたように、自分が直接それに向き合って答えるということではないです。人生いろいろあるのはしょうがないし、ぱっと突然風向きがよくなることもある、明日になったらまた何が起こるかわからないんだから頑張ろうね、という気持ちで本をすすめています。
花田
素敵ですね。それから、発売から時間の経った古い本でも、その人にとっては新刊だ、ということも著書で書かれていましたよね。自分の場合は、あまりよくないことかもしれないですが、何度もいろいろな人にすすめている10年前くらいの本だと自分が飽きてしまうということもありますし、お客さんも最近の本のほうが知りたいかな? と勝手に思って新しめのものを優先してすすめてしまうこともあります。
岩田
10年前の本で今読んでも古さを感じさせない本っていうのは、それは本物ですから。コロナ禍の初期に皆が右往左往していた時期にはミシマ社の『未来への周遊券』(最相葉月 瀬名秀明:著)なんかをよくすすめたりもしていました。対談の書き起こしなのですが、今でも通用する考えを話されているのですごいなと思います。
花田
なるほど。たしかにそのとおりですね。
岩田
新刊ばかりを置くのではでなく、10年以上前の古い本で、かつ今でも売る価値のあるものだけの本屋をやったら、逆にとても「新しい」店になるかもしれない。
花田
そんなコンセプトのお店ができたら、どんな本が置いてあるのか見に行きたくなりますね。そうすると、岩田さんは出たばかりの本はあまり選書に入れないですか?
岩田
そんなことはないですよ。たとえば今回の直木賞を受賞した『夜に星を放つ』(窪美澄:著)も面白いなと思いますし、いろいろ考えながらやってます。これは面白いと思う本があったら単行本のうちになるべくたくさん売って文庫化になるのを助ける。そうやって面白いと思った作家を応援することも必要だと思います。うちみたいな小さな店でも1年で1000冊売れば少しは影響があると思うんです。
花田
1年で1000冊売るというのはほんとうに大変なことですよね。しかも地方の小さな個人店では普通はほぼ不可能です。でも、岩田さんが本に書かれていた、絶版にしたくないようないい本をとにかくいろいろな方の一万円選書に入れてたくさん売るという戦略は唯一無二で「その手があったか」とハッとしました。店頭で仕掛けて売る、ということ以外にもまだまだ本屋で本を売る方法はあるものですね。
岩田
自分の店でたくさん売るから、という交渉を出版社にできれば、いい本を絶版にしないですむかもしれない。こういうやり方をする店が日本じゅうにできたら業界は変わるんじゃないですか。
花田
岩田さん自身としてはそんなに面白くなかった本でも、この人にはこれがいいかも、とおすすめすることもありますか?
岩田
僕の場合10冊とか11冊でやりますから自分のど真ん中ばかりではないです。詩集や絵本も入れますしね。それに、僕がこれだ! と思った本が必ずしもウケるわけではないですね。
選書に当選された方がお店まで遊びに来てくださることも多くて、そのときに「今でも面白かったと記憶に残っている本はありますか?」と必ず聞くようにしているんですよ。
花田
ああ、やっと答え合わせの瞬間が来るんですね。
岩田
それで『〇〇〇〇』という本です、と言われて、え、そっちなの⁉ というのは、よくありますよ(笑)。
花田
選書って、そういうところがありますよね。
岩田
男性の方で奥さんが育児に悩んでイライラしているとカルテに書いてくださったので、これは奥さんに、と思って1冊だけ益田ミリさんの『はやくはやくっていわないで』という絵本を入れておいたんです。ところが一流企業に勤めるその方自身にとても刺さったそうで、涙がぽろぽろこぼれたとおっしゃっていました。早く早く、って会社で言われていたのかもしれません(笑)。
花田
岩田さんの狙いどおりではなかったけれど、意図せずいい本との出会いになったんですね。でもそれも、岩田さんの一万円選書があったからだと思います。
お互いに1冊おすすめし合うとしたら
花田
ところで、もしよかったら私にも何か1冊すすめていただきたいのですが、お願いできますか?
岩田
はい。ではこちらはいかがでしょうか。大平一枝さんの『ただしい暮らし、なんてなかった』という本です。
花田
わあ。タイトルを見かけたことはあるのですが、まだ読んでいない本です。
岩田
だいぶ前に『男と女の台所』という本を書かれた方です。台所でお話を聞くとそのご夫婦の関係がわかるという本なんですが、その太平さんの新刊が出たんですね。これはいい本ですよ。まず、題名がいいでしょう。『ただしい暮らし、なんてなかった』なんて。
花田
どんな内容なんですか?
岩田
エッセイなんですが、今の女性たちというのはいろんなことをやるんですね。料理を考えてみたり、いろんな断捨離をしてみたり。その、彼女たちそれぞれの暮らしを味わって読んでみてほしいです。環境にやさしいとか、作り置きが合理的だとかね、そんなにガンバんなくてイイんじゃないかってね。
花田
ずっと人にすすめるということばかりしてきたので、こうして自分のためにすすめられるというのはうれしいものですね。ありがとうございます。私も僭越ながら岩田さんにおすすめをさせていただきたいのですが。
岩田
ああ、これを読めっていうやつですね。
花田
読めなんてことはないのですが、もしご興味をもっていただけたらうれしいです。
ご著書で知った岩田さんの選書傾向や得意ジャンルなど拝見した上で、ふだん手に取らなさそうでかつお好きそうなものを、と思って考えたのですが、上間陽子さんの『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』はもうお読みでしょうか?
岩田
読んだことないです。
花田
上間さんは『海をあげる』が本屋大賞2021年ノンフィクション本大賞を受賞されていて、こちらは多くの方に読まれているようなのですが、そのひとつ前のこちらも私はとても好きな1冊なんです。水商売や風俗で働かざるを得ない沖縄の少女たちを追ったノンフィクションですが、ときにはいっしょに病院についていってあげたりと、関わろうとする上間さんのやさしさと真摯さがとても伝わります。同時に沖縄の構造的な貧困の問題もていねいに描き出されて、決して彼女たちの自己責任などではないということがとてもよくわかる本です。
岩田
ありがとうございます。
書店員の「好きな本」と「いい本」は違うか
花田
これは独立系の書店をやっている人も含め書店員のあいだでよく出る話題なのですが、「自分が好きな本」と「いい本」は違う、ということについてときどき話します。特に個人の色が出やすい店だと「ここに並んでいる本は好きな本なんですか」とか、あるいは「ここにある本を全部読んでいるんですか」と聞かれることもあります。好きな本といい本というのは、岩田さんにとってもまたちょっと違いますか。
岩田
僕はなるべくいっしょに「なろう」としていますね。たとえば今くらいの時期だったら夏休みが明けて、子どもが学校に行きたくないと言い出したら、その子はもちろんその親にどんな本をすすめたらいいかと考えます。だから出版社の営業の方なんかにもそんなふうに本を教えてもらうんです。そういう問題意識を持って取り組んでいると、そもそも本に対する見方が変わってきますよね。
花田
ああ、なるほど。いい本の定義ごと変わってくるというか、困りごとの解決のヒントになるような本かどうかということが優先されてくるんですね。そしてプライベートの岩田さんのご興味もそこにあって、ということでしょうか。
岩田
そうですね。たとえば戦争なんかもそうです。僕には小学4年生の孫がいるのですが、「じいちゃん、ロシアって核を撃つの? 僕たち死んじゃうの?」って聞いてくるわけですよ。今の子どもたちもニュースなどを見てだいぶ心を痛めていると思うんです。そんなときにどんな本をすすめたらいいのか。今どんな本が売れているかではなくて、今、どんな本がいいか、どんな本が子どもたちを元気づけてくれるのか、ということが大事だと思います。
花田
それが悪いということではないのですが、チェーン系の書店に勤めている人だと「売れる本」と「いい本」と「好きな本」がすべて独立して分かれているということもよくあるようです。
岩田さんがずっとご自身の関心をベースに今までの活動を続けていらっしゃるので、「好きな本」と「いい本」が近づいてくるし、そうあろうとしているというお話はとても納得がいきました。
岩田
いや、でもね、たとえば同じカルテを見ても僕が選ぶのとあなたが選ぶのでは本が違ってきますよね。それが面白いし、いろんな小さな店がたとえば各駅ごとにあったらいいなあと思います。大型店も必要だけど、そんなにたくさんはいらない。どこか中心にドーンとあって、あとは小さな店がたくさんあったら日本の文化が面白くなると思います。
花田
一万円選書をやるお店がもっと増えたらいいのに、と岩田さんは繰り返しおっしゃっていますよね。最初に知ったときには逆に「自分が作り出したアイデアを真似されても嫌じゃないんだ」と驚きました。でも、いろいろな店で一万円選書を始めたとして、複数の店での選書の違いを見比べても面白そうです。
岩田
そう、そう、そうですよ。それに、地方でもこんなふうにリアルな店舗を続けていけるやり方があったんだ、ということを何より僕自身が面白いなと感じているんです。全国から注文が来て、こうして本を提案させていただいて本を売ることで売上を作れるようになった僕は、日本でいちばん幸せな本屋です。
岩田 徹(いわた・とおる)
1952年北海道美唄市生まれ。北海道砂川市にある「いわた書店」の二代目店主。2007年、希望者の詳細なカルテ(年齢、家族構成、読書歴や人となりがわかるアンケート)をもとに選書し、一万円分の本を送るサービス「一万円選書」をスタート。2014年にその選書サービスがブレイクし、全国から希望者が殺到。現在は申し込み受け付けを年に7日間だけ設け、抽選による方法を取っている。
(構成/花田菜々子)
〈「STORY BOX」2022年11月号掲載〉