ゲスト/植本一子さん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第19回

ゲスト/植本一子さん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第19回
  今月のモヤ  
家族について書くということ

 
 今、SNSや ZINE などの紙媒体で、日記を発表する人が増えている。誰かに読まれることを考えたとき、理想の自分ではなく、家族や友人たちと過ごす日常をどこまでありのままに書くことができるだろうか。母との決別、夫のがん発覚。そして、恋人の存在──。激動の日々を綴ってきた植本一子さんの日記は、どこまでも真っ直ぐだからこそ、一つ一つの言葉が私たち読者に突き刺さる。植本さんにとって、実在の人たちとのできごとを書いて発表することとは、日記とは何なのか聞きました。


何のために日記を発表するのか

花田
 私は自分で本を書く以前から一子さんの文章が好きで、ずっと愛読していました。それから縁あって知り合ってから、もう5年前くらいになりますね。ちょうど『出会い系〜』の書籍化に向けて原稿を書いているときに一子さんに相談をして、アドバイスをいただいたこともありました。

植本
 そうそう、なんか言いましたねえ。

花田
 実在している人へのネガティブな感情やできごとをどういう覚悟で書いたらいいのか、という心構えをお伺いしたのですが、一子さんの毅然とした姿勢に励まされたし、一子さんの言葉で迷いが吹っ切れた気がしました。
 一子さんはご自身と元夫である石田義則さん(ラッパー・ECDとして活動。2018年にガンのため死去)、お子さんたち、そして現在のパートナーのことなど、日記形式でずいぶん長い間書き続けられていますよね。

植本
 子どもが生まれたときから、と考えると14年かな。

花田
 ご自身とご家族のことを日記で発表しようと思った最初のきっかけは何だったんですか?

植本
 子どもを産んだばっかりで、社会とつながれなくて寂しかったのもあるし、日々育っていく様子を残したいと思って、それは写真でもできるけれど、写真だけだと残しきれないと思った。それが最初の動機だと思います。

花田
 それが多くの人に読まれるものになっていって、書くことの意味は変わりましたか。

植本
 たくさんの方が読んでくださることで商業出版ができるようになって、そこからコンスタントに日記を発表し続けたのは、自分としては表現活動も必要だったけどお金になるというところも大きかった。表現とお金がつながったのは「助かった」という思いでした。

花田
 育児の苦しさから配偶者の闘病とともにある生活、そして死別、新しいパートナーと家族の再構築、そこで見えてきた自分自身の問題……と、14年の間にもいろいろなできごとがありましたよね。

植本
 そう。だからずっと何かしら自分のことを書いている状態ですね。

花田
「お金のため」という動機も大きかったということですが、仮に今、生活するのに潤沢なお金があったらもう日記を発表しないかもですか?

植本
 うーん……。それでも、書くと思います。基本的に嫌いじゃないんですよ、何かを作って売るということが。それと自分の表現がつながっているということも居心地がよくて、それで続けられているというのもあります。

花田
 近年はずっと自費出版の形式で日記を発表されていますよね。

植本
 コロナ禍以降は自費出版にシフトしています。原点回帰というか。家のプリンターでちまちま作って郵送する、というような細かい作業ややりとりが苦手な人には自費出版は向かないと思うのですが、私はそれが全然苦じゃなくて、楽しいです。

花田
 ある程度売れるようになったらその部分を出版社に任せたいと考える人のほうが多いかもしれないですね。それに、自分のリーチできない部分にまで本が半自動的に届くというところが大きな利点なのだと思いますが。

植本
 自分の規模がわかっちゃったんですよ。だいたいこれくらいの読者がいて……という数が。それで、そのお客さんの数だったらもう自分でできるなって思って自費出版にシフトしたというのもあります。自分の本が売れる書店もわかってくるし、大きい書店でそんなにばーっと置いてもらえるわけでもないし、それだったら自分とお客さんの関係性も作っていけるから、よりいいなって。

花田
 私もちょうど企業で働く書店員ではなくなり個人で書店を始めたこともあって、よくわかります。数や規模を追うのはもういいや、という気持ちがありますね。それに著者からすると全国の知らない書店に広く置かれることも魅力的ですが、やはり一般的な書店では、現場の人間がいい本だなと思っても発売から数ヶ月経つと店のいい場所から移動させざるを得ないのが現状なので。

植本
 入れ替わりが早いもんね。そういえば、元夫である石田さんもいっしょで、まずメジャーにぼーんっていって、どんどん先細りになって、どこかのタイミングでインディーズに行く、というやり方をしていたんですね。そういうのを見ていたからというのもある気がします。

バッシングされて思うこと

花田
かなわない』が出版されたときには、内容についてのバッシングがかなりあったと聞いています。主にはお子さんへの態度や、結婚しているのに他に好きな人がいるのを公言して憚らないことなどへ向けられたものだと思うのですが、あらためて振り返ってみて何か思うことはありますか。

植本
 いろいろあったと思うんですけどね。あんまり覚えてない。すごく長いDMが来たり、直接お手紙をいただくことも多かったですけど、大変すぎてそれどころじゃなかったっていうのもある。『かなわない』が出て1年後くらいには夫がもう病気になっていたし。
 でも、そのときも今も、何か言われるということはとてもショックで、何か1件でも言われた瞬間はがーんって来ちゃうんです。あんまり受け止められないですね。

花田
 受け止められないときはどうするんですか。

植本
 昔からなんですけど、すぐまわりの人に言うんですよ。こんなのが来ました、って担当編集さん全員に送る(笑)。そうやって共有することで助けられていましたね。信用できる人がまわりにいて、その人たちの言葉で守られて、みんなに支えられてきたという感じがあります。

花田
 本を通して知る一子さんの生き方全般にも感じることですが、とにかく周囲に頼りまくる、という姿勢が通底していますよね。いろいろな人が家に来て一子さんたちを助けたり、逆に一子さんたちがいろいろな家に行ってお世話になったり。今、日本のあちこちで虐待死や自死が起きる背景として、まわりに助けを求められずに孤立してしまうというケースが多いのかなと感じています。なので「とにかくいろいろな人に」というのは自分を助けるライフハックですよね。

植本
 ほんとうにそうだと思います。それに、こういうことが許せない人もたくさんいるんだなというのは受け入れてはいるのですが、その反面、そこまでの労力を使って私に文句が言いたい人というのはどういうことなんだろうと考えると、そんなに怖くもないというか。その人自身が何かしら抱えてらっしゃるんだろうな、と。

花田
 賛同しないということと、許せない、何か言ってやらなければ、という気持ちはまったく別物ですよね。

子どもが離れてしまう前に

植本
 花田さんの『シングルファーザー〜』は発売した頃にパートナーが買ってきて、私より先に読んでいましたよ。うちの状況と似ていたんですね。

花田
 そうですね。とても似ていて、性別的にはちょうど真逆で、私の場合は血の繋がっている男3人家族のところに自分が入っていく形でしたが、一子さんのところは血の繋がっている女3人家族のところに男がひとり入っていく形ですよね。

植本
 最近やっと余裕が出てきて、ああ、パートナーもそんなふうに思ってこの本を手にとったのかなとか、あのときこんなふうに考えていたのかもしれないなって、やっと相手の気持ちに寄り添えるようになりました。そして花田さんも大変だったんだなあ、って面白く読みました。

花田
 ありがとうございます。

植本
 まだお付き合いされてるんですか。

花田
 はい。子どもは今、高1と中2になって。

花田菜々子さん

植本
 でかい。でかくなってる。うちは中2と小6だから、まだ下の子はベタベタしてきたりもするんですけど、上の子は中学に入ってからはサーッと。寂しくなりますよね。

花田
 そうですね。子どもとは距離ができてくるし、さらに「親とかといっしょに外にいるの見られたら恥ずかしい」みたいな空気もあるし。男女差や個人差もあるでしょうけどね。

植本
 えー、寂しい!(笑)わかるけど、やっぱりそうなっちゃうんだ。

花田
 距離感にも波がありませんか? 一言も話したくない、みたいな時期もあればやたらフレンドリーに絡んでくるときもある。逆に自分がもうおばあちゃんみたいだな、って感じるときもあって。この前上の子が遠足に行ったときに、おみやげに「ふたりで食べて」って和菓子を買ってきてくれたりして、「ああ、もうそういうフェーズなんだ」と感慨深いものがありました。

植本
 いいですね。

花田
 いいのかなあ。

植本
 うちは私がトラウマ治療を始めたこともあって、自分も楽になったしパートナーとの付き合い方も楽になったから、今がいちばん家族がベストな状態な気がしていて、ああ、こういう穏やかで楽しい状態がずっと続いたらいいなって思うんです。でも子どもたちも育っていくし、友達と遊んでるほうがいいとか、家に帰ってこなくなるとかするとしたら、今みたいにみんなで楽しくごはんを食べて、梨をむいて食べて、そのあとボードゲームをやろう、みたいなことがもうほんとうにあっという間になくなっちゃうんだなと思ったら、すごくつらく感じて。

花田
 そうか……。でも、間に合ってよかったじゃないですか。家族がいい状態になることが。

植本
 間に合ってよかった……うん、そうですね。そういうキラキラした瞬間が本に残せたのでよかったなと思います。

実在する他者を書く「責任」

花田
 お子さんたちも思春期に差しかかってくると関係性も変わってくるし、プライバシーの問題もあって書くことに気を遣う部分もありますよね。私もこういう形でパートナー家族との生活を書いたり話したりすることもあるのですが、前に書いたように子どもにまつわることをじっくり書くことはもうできないなと思います。中学に入って以降は書き残せないなと思うできごとが多かったです。
 一子さんはどんなふうに考えてますか?

植本
 私が徹底しているのは、自分のこともですが子どもの性や身体に関することは書かないということ。子どもたちの成長が著しくなってきて記録しておきたかったこともあるけど、書かないようにしています。それはやっぱり、自分がやられたら嫌だろうな、という基準がベースになってる。

花田
 そうですよね、性のことは嫌ですよね。お子さんは、自分たちのことが本に書かれていることは知ってるんですか。

植本
 知ってる、知ってる。

花田
 そのことについて、何か話したりしますか。

植本
働けECD』まではべつにかわいいものだけど、『かなわない』以降はもうちょっと大人になってから読んでほしいかな、とは伝えています。
 成長期が来てからの子どもたちのことは、残したいことはちょこちょこ書いてはいますが、引っかかるようなことはあまり書かなくなった気はしますね。自分のことで手一杯というのもあるし。それでもべつに、それに対して許可を取っているかというと取っているわけでもなく、読んでもらっているわけでもないから、自分の判断ではありますよね。危うい判断です。

花田
 そうなんですよね。だからと言って、子どもに対して「これを書くけどいい?」って聞いて「いいよ」って言われたとしても、相手は子どもだから、あとから不満を伝えられたとしても「あのときあなたがいいって言ったんだからあなたの責任ですよ」と言うこともできないなと思うし。

植本
 私は子どもに対してはやっぱりどこか自分のものみたいな意識があって、私が責任を取る、というように思っているところがありますね。
 それより他人、たとえば大事な友人が言ったことなどを書いて、「これを出して大丈夫?」と聞いて許可をもらったけど、時間が経ってやっぱり嫌だなと思うこともあると思うんですよね。だから許可を取ることも大事だけど、いつまで効果があるのかは疑問。そう考えると、自分が責任を取り続けるんだ、ということは思いますね。いつひっくり返されてもそれを受け入れていく、というような。

花田
 法的な責任とはまた違いますよね。大人に対しても「あのときあなたがいいって言ったのだから」とは言わない、ということですよね。

植本
 うん、言わないですよ、やっぱり。

自分に嘘をつかない至上主義

花田
 先ほど、自分の読者の数が見えたとおっしゃっていましたが、逆に言えば自費出版に切り替えてもそれだけの固定ファンがしっかりついているということだし、今の日記文学の代表的な存在でもあると思うんです。赤裸々な部分やネガティブな心情の吐露の部分が注目されがちですが、私としては、観察のタッチや文体にも大いに魅力があるのではと思っています。一子さん自身はどう思っていますか?

植本
 いや、なんでこんなに読んでくれる人がいるのかというのは自分ではわからないですね。育児は誰でもしんどいものだとは思うんですが、私はほんとうにしんどいと感じたから、ブログに書いているときから「誰か私の気持ちをわかってくれる人はいませんか」「誰か私を助けてくれませんか」という気持ちで発表していました。それがあんなに売れるとは思わなかったけど、やっぱり引っかかってくれる人がいたんだなとも思うし、しんどい人はいっぱいいるんだなと思って、そういう人に寄り添えた本になっているならよかったですね。

植本一子さん

花田
 私も同じしんどさだ、という人はもちろん、そうじゃない人にもこの、リアルな心がここにあってそれが動いているという感触を感じられるから一子さんの文章に引き込まれるんだと思います。こちらも心が動かされるというか。

植本
 ただ自分をアウトプットしたいというだけでずっと続けていて、嘘を書こうとか、自分を大きく見せようとか、そういうことは一切ないので、そうやって素直に自分のことを書いただけの私の文章を支持してくださるのはありがたいです。

花田
 人によっては自分の内面を書くことが苦手、怖い、恥ずかしい、という人もいますよね。ほんとうの自分を書くことって、ときに自分のみっともなさやかっこ悪さをさらけ出すことでもあるじゃないですか。なぜ一子さんはそのためらいから抜け出せているんでしょうか。

植本
 みっともないこととか、恥ずかしいことを書いているっていう意識も実はないんですよね。赤裸々って言われることもよくわかってないし。もう屁をこくように書いてるんですよ、ほんとうに。しゅるー、って(笑)。おならをしないと苦しいのといっしょで、やっぱり書かないと気持ち悪い。それで書き終わるとうれしいし。そういう性質なんだと思います。

花田
 自分をよく見せたい、という人たちが、たとえば家族の記念日に豪華なレストランに行って、その写真とポジティブなメッセージをSNSにあげる、みたいな気持ちって理解できますか。そうやって幸せな自分というものを誰かに発表したい、そう思われないとしんどい、というような。

植本
 ああ、いや、全然理解できますよ。理解できるけど、やるかやらないかっていったら、やらないっていうだけ。

花田
 なんでやらないんだと思います?

植本
 えーっ。(しばらく考えて)……いいと思わないから。

花田
 ふふふ。でもまあ、SNSへの投稿というのは大げさなたとえかもしれませんが、自分の本の中でももうちょっとそっちに補正することもできるじゃないですか。そこにもまったく興味のない感じにきっと読者は虚を突かれるんだと思うんです。

植本
 嘘をつかないということを小さいときに徹底的に叩き込まれた感じがあって、嘘はつきたくない。もちろん書いた時点で「創作」だから厳密ではないですが、「自分に嘘をつかない」が至上主義ではありますね。嘘をついていない文章ほど、あとから読み返してもいい文章だなと自分でも思えるし。

花田
 私はけっこう、自分のことを書くときに葛藤がありますね。恥ずかしいとか、これは書きたくないな、とか。

植本
 へえ。たとえば?

花田
 シングルファーザーの彼とその子どもたちとの関係を本に書いたときにも、やっぱり彼らと仲良くなりたかったし関係を肯定したかったから、「うまくいってなくてもいいんじゃない」という突き放した見方では書けなかった。それにやっぱり「シングルファーザーの家庭に入っていったけど、こんなにうまくやれている私」というのを世の中に提示したいという欲があるなと思ったんですよね。

植本
 ああ、すごい正直。

花田
 でもそうたくらんでいる気持ちのほうが恥ずかしいというか、その欲のままに「素敵な私」を書いてしまったら恥ずかしいな、とも思っていたので、うまくいってない部分を認めて意識的に書くようにしていました。だからそこに最初からとらわれていない一子さんに憧れる。

植本
 でもさ、普通は24歳上の人とは結婚しないですよね。インスタ映えしないもん(笑)。

花田
 そうかな。かっこいいと思いますけどね。

植本
 まあ、尊敬できる人といっしょにいられる自分、っていうのはいいな、とは思ってましたけどね。でも素敵な私に見せたい、はないかもな。お母さんらしくあるべし、みたいのもマジでないし、お化粧もしないし、わからない。楽に生きたいなとは常々思ってます(笑)。

トラウマ治療は面白い

花田
 トラウマ治療の話が先ほど少しありましたが、どういうものなんですか。

植本
 EMDRという治療法なんですが、トラウマになっているできごとを振り返るんです。
 当時のできごとを思い出すために左右に流れる電光掲示板の光を眺めているうちにそのできごとにフォーカスしていきます。先生から、今何が見えますか? と聞かれ、それを何度か繰り返すというものです。
 治療の準備段階で、0歳から現在(38歳)までの人生の折れ線グラフを書くように言われて、やってみたんです。そうしたら無意識にすごく下げて書いている時期があった。それをきっかけに頭ではたいしたことないと思っている記憶のことを指摘されて。ぼんやり嫌だなと思っていたけど、記憶に蓋をしすぎてもう思い出せないくらいのことだったんですよね。そういう、本に書いてもいなかったことが掘り起こされたりもして、面白いと言ってしまうとあれなのですが、面白いです。

花田
 そのお話だけ聞くと、かなり精神的にきつそうですね。でも面白い、というのもわかる気がします。

植本
 ほんとうに一回一回、除霊されたみたいな気分になるんですよ。あんなに苦しんでいたのが嘘みたいで、自分じゃないみたいな、漂白されたような感覚があります。記憶の書き換えなんだと思う。

花田
 ペス山ポピーさんという漫画家の方がコミックエッセイとしてご自身のトラウマ治療の体験を『女(じぶん)の体をゆるすまで』という作品で描かれていましたが、とても面白かったです。彼女のトラウマは漫画家のアシスタント時代に受けたセクハラで、できごと自体は人によっては「そんなに気にしない」というくらいのものかもしれなくて。でもそれが自分を深く傷つけているということと、トラウマ治療の壮絶さが伝わる作品でした。

植本
 そうそうそう。私も取るに足らないことなんですよ。トラウマって呼んでるけど、たとえば友達に仲間外れにされたとか、まあそういうことってあるよね、というようなことで。でもすごく自分の中に残っていて今の自分に影響を及ぼしている。トラウマ治療というと、とんでもない目に遭った状況の人だけが受けるものだと思ってたけどそれに限らないと思います。傷つくことに大きいも小さいもないです。もっと広まってほしい。

花田
 どうしても「他の人に比べたら自分が遭ったことなんて大したこともないのに、治療なんて受けていいのだろうか」というような悩みの矮小化ってしてしまいがちです。でも占いやマッサージに行くくらいの感覚で気軽に行けたら楽になれそうですね。

植本
 トラウマ治療は面白いし、自分にとっても大きなできごとではあるから、原稿を書き溜めて、まとまりそうだったら編集さんに相談しようと思ってるんです。

花田
 おお! そうなったらひさしぶりの商業出版ですね。もう書き始めてるんですか?

植本
 うん、書いてます。

花田
 先ほども自費出版の話の中で聞いたところですが、固定の日記ファン以外の人にも興味を持ってもらえそうな題材だからいいかもしれないですね。極端な話、植本一子の本を読んだことがないけどトラウマ治療には興味がある、という人にも届くかもしれないですし。

植本
 そう。自分に書く使命があるとしたら、文章を通して誰かの役に立つことで、次はこれかな、という感じはある。そんなふうにこれからも書き続けていこうと思っています。

花田
 トラウマ治療にも興味がありますが、それが一子さんの文章でどんなふうに描かれるのか興味深いです。きっと絶対面白いものになると思います、楽しみにしています。


個人的な三ヶ月 にぎやかな季節

『個人的な三ヶ月 にぎやかな季節
自費出版

2021年の1月から3月までの三か月間、緊急事態宣言下で身の回りに起きた数々の出来事や、かけがえのない人たちとの日々を、約12万字で綴った日記。


 
植本一子(うえもと・いちこ)
1984年広島生まれ。2003年にキャノン写真新世紀で優秀賞を受賞。13年より下北沢に自然光を使った写真館「天然スタジオ」を立ち上げ、一般向けの記念撮影をライフワークとしている。著書に『かなわない』『家族最後の日』、滝口悠生氏との共著『ひとりになること 花をおくるよ』などがある。

(構成/花田菜々子 撮影/浅野剛)
〈「STORY BOX」2022年12月号掲載〉

ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第97回
◎編集者コラム◎ 『軋み』エヴァ・ビョルク・アイイスドッティル 訳/吉田 薫