文体模写にコツってあるの? 「もしそば」の著者に実演してもらった

村上春樹や太宰治といった文豪がカップ焼きそばを作ったら? そんなシチュエーションを100通りの文体で書き分けた“文体模写本”として、異例の大ヒットを記録している『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』。作者の神田桂一さんと菊池良さんに文体模写を実演してもらい、そのコツをお聞きしました!

2017年6月に発売された『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』村上春樹太宰治といった文豪から星野源小沢健二といったミュージシャンまで、100人の著名人たちがそれぞれの文体で“カップ焼きそば”を作るという異例の内容で、SNSを中心に大きな話題を呼びました。

わずか半年後には、2冊目の『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』も発表。1冊目と合わせ、累計15万部の大ヒットとなっています。

今回はそんな『もしそば』シリーズの著者、ライターの神田桂一さん(写真左)菊池良さん(写真右)に、著名人の“文体模写”を実演してもらい、そのコツを聞いてみました。『もしそば』の誕生秘話と合わせてお楽しみください!

最初は、村上春樹のハウツー本になる予定だった

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――『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』と『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』の2冊は、どのようにして生まれたんですか。

神田:いちばん最初は、僕がある雑誌で村上春樹の文体模写をさせてもらったんです。その評判がよかったので、それ以降、SNSや自分のfacebookで村上春樹風の投稿をしたりしてたんですよね。

そうしたらちょうどその頃、ライター仲間だった菊池くんの『もし村上春樹がカップ焼きそばの容器にある「作り方」を書いたら』というツイートがバズって。そこから「村上春樹の文体模写で、ふたりで本が作れないか」って話になりました。

 


(↑『もしそば』の原点になった、菊池さんのツイート)
――では当初は、村上春樹ネタのみの本になる予定だったんですか。

神田:そうですね。最初は、「村上春樹ならこんなときどうするか」という、自己啓発本の体を装ったギャグ本にするつもりだったんです。

菊池:「村上春樹が婚活パーティーに出たら」とか「村上春樹が先輩に飲みに誘われたら」とか、いろんなシチュエーションを考えました。ただ、その企画がまったく通らなくて。企画を替えては出し、替えては出ししてたんですが、全部ボツでしたよね。

神田:プロデューサーの方からの助言もあって、村上春樹だけではなくていろんな作家が書く形にしよう、と。そこで原点に立ち帰って、100人の作家が100通りの“カップ焼きそばの作り方”を書くという企画にしたら、一発で通ったんですよね。

菊池:「カップ焼きそば」ありきというわけでもなくて、一応共通のシチュエーションを何にしようかという会議もやったんですが、そこまでの企画出しで疲れきっていたので、もういいや、このままカップ焼きそばで行こうと(笑)。
――『もしそば』の中で取りあげた100人の作家は、どのように決められたんですか。

神田:僕と菊池くんがそれぞれ好きな作家、模写したい作家を50人ずつピックアップして、それぞれ50人ずつを書き分けました。合わせて100人、1ヶ月強くらいで書き上げましたね。1冊目はお互い好きな作家ばかりだったので、結構やりやすかったんですけど……。

菊池:ありがたいことに、1冊目の発売から数日で2冊目の『青のりMAX』を出すという話が出たんですよね。100人書ききったばかりなのに、今度は120人にしよう、と言われて。おいおい、増えてるよ、やべえことになったぞ、と(笑)。

神田:「まじかよ」って一瞬思いましたね。でも60人ずつ、120人出して。
――『もしそば』で取りあげた中で、特に気に入っている作家や苦戦した作家はいますか?

神田:もともとファンなので、劇団「チェルフィッチュ」の岡田利規さんとかは気に入ってますね。

菊池:僕は「合宿免許のパンフレット」が気に入ってます。もはや作家でもなんでもないんですが……。

神田:逆に、苦戦した作家はトマス・ピンチョンです。

菊池:神田さん、「トマス・ピンチョン」って言いたいだけなんだよね。「PPAP」みたいなことでしょう。

「何で売れたのかまったく分からない」

――『もしそば』シリーズは累計で15万部を超える大ヒットとなりましたが、ここまでのヒットは予想されていました?

神田:いや、まったく予想してないですよね。好き放題書いてるので、絶対に炎上すると思ったんですよ。それがすごく怖くて。

菊池:絶対に怒られると思いましたね。

神田:実際は発売後、ネットの評判がよかったのでとてもホッとしました。もっと作家のファンの方からネガティブな反応があるかと思ったんですが、そんなこともなくて。すごく嬉しいですが、何で売れたのかはまったく分からないんですよね。

――これだけの作家の書き分けができるということは、おふたりもかなり本を読んでこられたのではないでしょうか。

神田:僕は結構、ひとりの作家を深掘りするほうですね。村上春樹はもちろんですが、町田康や沢木耕太郎が好きです。

菊池:僕たちはふたりとも村上春樹は大好きなんですよね。全部読んでます。僕は特徴のある書き方をする人が好きで、最近は朝井リョウさんとか燃え殻さんも好きですね。

実際に文体模写をしてもらった

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『もしそば』シリーズで計200名もの著名人の文体模写をしてきた神田さんと菊池さん。今回は特別に、“カップ焼きそば”以外のシチュエーションで、その文体模写を実演してもらいました。

 

もしも村上春樹とドストエフスキーが就活の自己PRを書いたら

村上春樹(作:菊池良)

僕の強みはチャレンジ精神だった。僕は1963年――ケネディ大統領が暗殺された年だ――に東京のとある病院で生まれた。なんてことのない日だった。僕は特別なことはなにもなく育っていった。
大学に入学してしばらくしてのことだった。サークルの先輩が僕を呼び出して言った。
「君が次のサークル長だ。」
「サークル長。」
そうして僕はサークル長としてリーダーシップを発揮した。特別なことはなにもしなかった。淡々とマニュアル通りにやっただけだ。
先輩は才能が枯れきったピアニストのような顔をしていた。僕は詳しいことはなにも聞かなかった。

ドストエフスキー(作:神田桂一)

私の強みが何だっていうんだ!
それが君に何の関係があるっていうんだい?
私は確かに反社会主義組織を率いて活動していたことがある。だからといってそれが何の主張になろうか! これ以上は法廷で話をしようじゃないか。

――それぞれ、「村上春樹風文体」、「ドストエフスキー風文体」のコツを教えてください。

菊池:村上春樹は、自分のことを書いていてもどこか他人事なのが特徴ですね。“「君が次のサークル長だ。」「サークル長。」”といった同じ言葉の反復も目立ちます。
登場するキャラクターは平凡さが強調されることが多いんですが、何もしてないのになぜか全部うまくいくんですよね。全体として謎を仄めかしながらも、その答えは書かないというのが村上春樹風にするコツかなと思います。

神田:ドストエフスキーはやはりいかにも翻訳文体というのと、「!」という語尾が特徴ですよね。「何だっていうんだ!」とか。あと、「反社会主義組織」や「法廷」だとか『カラマーゾフの兄弟』を彷彿とさせるキーワードを入れると、ドストエフスキーっぽくなりますね。

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(番外編:神田桂一さん作「もし町田康が神社の“おみくじ”を引いたら」)
――特定の作家の文体模写をしたいと思ったら、まずはどこに目をつければいいんでしょうか。

菊池:神田さんは「思想模写」をしますよね。

神田:そうですね。僕はその作家の思想と言うか、「その人が言いそうなこと」を理解して文体模写をしています。その人の語彙を真似るのはもちろんなんですが、考え方自体をトレースしてしまえば、自分でオリジナルが生み出せるので。

菊池:僕はもう少しテクニカルで、主語、述語、語尾、送り仮名……といった部分の使い方を見ますね。最初にチェックするのは、文章の固まりを“絵”として見たときに、どういう見た目か。たとえば改行や空白の多さとか、会話文に“”と『』のどちらを使うかって、作家によるじゃないですか。場面切り替えで「*」や「☆」などの記号を使う人もいますし。

あとはやっぱり“頻出語句”を研究します。たとえばヴィジュアル系バンドの文体模写をしようと思ったら、「堕天使」、「デザイア」、「クリスタル」などの単語が多いですよね。そういった部分を意識すると、文体模写できるのではないでしょうか。

――なるほど。今日はありがとうございました!

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初出:P+D MAGAZINE(2018/01/31)

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