ロスねこ日記 ◈ 北大路公子

第12回 四男の信仰心(前篇)

●四月十七日

 ヒヤシンスのアイドルユニット『キタシンス』が引退してから一ヶ月半、六つ子スプラウトの三男「まめ松」を育て終えてからも一ヶ月余りの時が流れた。ようやく雪がとけ、北国も遅い春の気配である。

 などとしれっと言ってみたが、実際この原稿を書いているのは十一月の初めで、今にも初雪が降りそうな気配である。先日、車のタイヤをスタッドレスに交換し、ワイパーも冬用に替え、排雪業者への申し込みも終えた。冬が嫌いであるのに、やっていることだけを見ると、まるで冬を待ち焦がれている人みたいだ。非常に不本意である。

 本当にどうして冬なんてあるのだろう。雪が降って楽しかったのは、子供の頃を別にすれば、猫を飼った最初の年だけだ。あれはよかった。冬の初め、大きなぼたん雪が降った日にやんちゃ盛りの子猫がその存在に気づいたのだ。空を舞う無数の白いふわふわを目にして、子猫は言った。

「なんだこいつは!」

 いや、言いはしないが、そう思っていたのは想像に難くない。小さな背中が緊張して、柔らかな毛がぽやぽやと逆立っている。

「なんだこいつは! なんだこいつは! あやしいやつがあらわれた!」

 まったくもって世の中は油断も隙もない。ついこの間、宿敵「お母さんのエプロンの紐」をこてんぱんにやっつけたばかりだというのに、また得体の知れないやつらが登場したのである。しかも、やつらは空からふわふわ際限なく落ちてきて、なかには生意気にも自分に向かってくるものまでいるのだ。そのたびに身体をのけぞらして避けなければならない。いやがうえにも気持ちは昂ぶる。

「よし! このおれが! このつよいおれが! しろくてわるいやつらを! このおててで! つかまえて! えいっ! えいっ!」

 と雪に負けないふわふわの手を振り上げ、窓に向かって猫パンチを繰り出すが、そのパンチはなかなかというか、まったく命中しない。透明な固い板にぶつかるばかりだ。それでも子猫は諦めない。

「おれのおててにおじけづいたか!」

 窓の向こうの雪に果敢に立ち向かう子猫の姿に、生まれて初めて雪への感謝が湧き上がったものだ。よくぞこのかわいらしい姿を見せてくれた。『世界で一番めんこい猫の、世界で一番めんこいショー』である。それが我が家で開催されているのだ。すべてが雪のおかげである。

 しかし悲しいかな、猫も人間と同じで大人になると急激に雪への興味を失う。というか、むしろその年のうちに失う。人間は吹雪の中、仕事に行ったり、毎日雪かきをしたりと実質的被害を被っているから仕方ないものの、猫なんて暖かな部屋の中から眺めているだけなのだから、もう少し雪を愛でてもいいはずだろう。それなのに、あっという間に飽きる。うちの猫もすぐに雪には見向きもしなくなってしまった。冬の終わりには、「ほらほら雪が降ってきたよー」と声をかけても、

「…………で?」

 と落ち着いた顔でこちらを見つめるばかりである。もうあのかわいらしい猫パンチを見ることはできないのだ。まさに雪のように儚い、『世界で一番めんこい猫の、世界で一番めんこいショー』であったことよ。

 まあ、そんなわけで外は春の気配です。

●四月十八日

 K嬢が「次は何を育てますか」としきりに尋ねてくる。そうは言っても現在手元にあるのは、六つ子の残り三人のみである。『そばの芽』『白ごま(セサミ)』『大豆もやし(姫大豆)』。本人たちに聞こえると傷ついてしまうからあまり大きな声で言えないが、どれもこう代わり映えがしない。なんというか、先が見えてしまっているのだ。

 栽培容器に水を張り、種を蒔き、シンク下で下積み生活を送らせながら水を替え、霧吹きで水を掛け、やがて白ひげのような根と芽がちょぼちょぼと伸び、それが数センチに成長したところで外に出す。外には太陽神がおわすので、彼らはすぐに信仰の道に入る。あまり思想が偏らないように日々くるくると容器を回し、もちろん水も替え、背が伸びて緑が濃くなったところで収穫して食べる。味は基本的に草の味である。

 多少の差はあれ、長男も次男も三男も同じであった。おそらくあとの三人も似たようなものであろう。素直な育てやすい子たちではあるが、意外性がないといえばない。『世界で一番めんこいスプラウトの、世界で一番めんこい発芽ショー』の開催はおそらく今後も望めないはずだ。だが、だからといって六つ子を放り出すわけにもいかない。彼らを全員育て上げることが親の使命なのだ。

 結局、そばの芽を育てることにした。四男の「つる松」である。つるつると食べるそばであるから、つる松。スプラウトは麺にはならないという意見もあろうが、スプラウト界のキラキラネームの一環であると考えてそっとしておいてほしい。

 いつものように栽培容器の下段に水を張り、上段に種を蒔く。種は黒っぽく角ばっており、既にどことなくそばがらの雰囲気を醸し出している。霧吹きで水を掛け、シンク下へ。我ながら手慣れてきたと思う。長男の「われ松」の時にはあれほど心配だったシンク下生活も、今となっては単なる寝室扱いになってしまった。それがいいことなのか悪いことなのかは別として、気を緩めてはいけないことだけは確かだろう。暗がりにつる松を置いて扉を閉める時、三人姉妹の末っ子として生まれた友達が、「姉たちに比べて私の子供の頃の写真が格段に少ない」と言っていたことを、ふと思い出した。

●四月二十二日

 白いひょろひょろした根と芽が顔を出した。見た目はまだとても頼りない。思ったより発芽に時間がかかったのは、種殻が硬いのかもしれない。たしかに今までのスプラウトとは違って、不思議な種の形をしている。どことなく忍者の使う「まきびし」のようだ。そのまきびしを破って顔を出したつる松。今は弱々しく見えるが、ひょっとすると何か強いものを持っているのかもしれない。

●四月二十三日

 芽が出てからの生長が予想外に早い。中には既に身長が一センチ近くに伸びているものもある。このままいけば大きな問題もなく育ってくれそうだが、ただ一つ気になるのは、既にこの段階で太陽神への傾倒が見られることだ。どうも皆の小さな身体が同じ方向に傾いている気がするのである。暗がりで暮らしているというのは、一体どういうことか。中に入るとたとえば扉の隙間などからかすかな光が差し込んでいるのか。その光に反応しているのだとすると、なんと健気で切なく、そして親として申し訳ないことだろう。つる松は寂しかったのだ。ぞんざいに扱っているつもりはないが、スプラウト育てに慣れた親の姿が、つる松の目には冷たく映ったに違いない。そしてその寂しさを埋めるため、太陽神のかすかな姿に救いを求めて必死に手を伸ばしているのだ。本当にかわいそうなことをしてしまった。

「大丈夫だよ」

 と何が大丈夫かわからないが、声をかける。

「おまえは忍者の末裔じゃないか」

 全然末裔ではないが、そう励ました。強く育ってほしい。

(つづく)
〈「STORY BOX」2018年12月号掲載〉