ロスねこ日記 ◈ 北大路公子

第13回 この世界のどこかで(前篇)

●五月二十一日

 脚が痛い。昨日、道で転んで両膝の下を縁石に思い切り打ち付けてしまったのだ。直後から患部がみるみる腫れはじめ、今はその周りに紫色の内出血が広がっている。ちょうど『キタシンス』の「ユメメ」と「ピリリ」を合わせたような色合いだ。

 ああ、キタシンス。まさかこんなことで思い出すとは。デビュー曲『ヒヤシンス全般の花言葉「スポーツ」「ゲーム」「遊び」「悲しみを超えた愛」って仲間外れが一つあるよね』を残し、彼女たちが引退してから二ヶ月半が経つ。皆、今頃どこで何をしているだろう。まあ、何をしているかといえば、水栽培の球根は一年限りということで、花がすべて終わったところで全員燃やせるゴミに出したのだが、しかしそういう表層的な話ではない。私の中でキタシンスの三人は生きている。きっとこの世界のどこかに、彼女たちが幸せに暮らしている場所があると信じているのだ。

 たとえば今から二十年後、ふとつけたテレビから懐かしい名前が流れてくる。

「かつて鮮烈なデビューを果たしながら、わずか一曲だけを残し、芸能界を去ったアイドルがいた。その可憐で個性あふれる姿は多くの人の心を魅了し、歌声は今も色褪せない。伝説のアイドルユニット『キタシンス』。彼女たちのその後の人生とは?」

 二十年後の「あの人は今!?」である。思わずテレビに駆け寄り、食い入るように見つめる私。その目に二十年の年を重ねた三人の姿が映る。

 シックなバーのカウンターに立つのは、着物姿のユメメ。引退後、夜の世界に飛び込んだユメメは、生まれもっての妖艶さと聡明さでみるみる頭角を現し、今ではいくつもの店を経営する実業家となった。カメラを見つめ、静かに微笑んでいる。

 ピリリは新たに家庭を持った。例のヒモ男と別れ、女手一つで子ピリリを育てていた彼女だが、やがて本当に彼女を愛してくれる人に出会って再婚したのだ。子供も生まれた。既に成人した子ピリリは家を出て、今は夫と新子ピリリの三人で暮らしている。幸せそうな笑顔は、あの一途で愛情深いピリリのままだ。

 そして、末っ子カーたん。デビュー前の事故で球根が水に浸かって腐りかけ、一時は命も危ぶまれた彼女は、生きる喜びを爆発させるように、引退後すぐに世界各国を巡る旅に出た。その記録がSNSで話題となり、帰国後は自らの旅と人生を綴ったエッセイ『腐っても、腐らない』を出版。たちまち人気旅作家となる。今も世界中を駆け回っているカーたん。色白の肌が健康そうに輝き、まぶしい笑顔が印象的だ。

「ユメメ、ピリリ、カーたん……」

 私の脳裏にデビュー前の可憐な姿がよみがえる。一人だけ花を咲かせ戸惑っていたユメメ、思いがけない妊娠にも動じず夢と子供の両方を守り抜いたピリリ、どんな逆境にあっても決して明るさを失わなかったカーたん。あの日があったからこそ、今日の三人がいる。涙で画面が曇る中、カメラはスタジオに切り替わり、司会者の声が響く。

「今宵、幻のユニット『キタシンス』が一夜限りの再結成。歌っていただくのはもちろんあの名曲『ヒヤシンス全般の花言葉「スポーツ」「ゲーム」「遊び」「悲しみを超えた愛」って仲間外れが一つあるけど何だ?』。天国にいるケメコマネージャーに捧げます」

 って歌のタイトル間違ってるし、私、死んでるし。

●五月二十二日

 昨日は全然書くつもりのなかったことを、延々書いてしまいました。どうもすみませんでした。それもこれも転んだせいです。自分が思っているより足が上がらず、歩道の縁に蹴躓いて倒れ込むという、おばあさんの転び方でした。やはり足腰は鍛えなければいけません。徒歩五分のバス停まで車で行きたいなどと寝ぼけたことを考えている場合でないと、昨日より内出血の広がった脚を見ながら反省しているのですが、それはそれとして、六つ子です。六つ子のことを書こうと思っていたのです。

 昨日、五男の白ごま(セサミ)の種を蒔きました。あ、嘘です。本当はまだ蒔いていません。袋の裏の説明書きによると、まずは種を一昼夜に亘って水に浸けなければならないそうです。ガラス瓶に水を張り、中に種をぱらぱらと落とします。この時、あまり入れ過ぎてはいけないのは「発芽すると体積が十倍近くになる」からだそうで、まるで生まれながらにして大きな身体が約束されている相撲エリートみたいな扱いです。

 が、このエリート、一見したところまったくそんな気配を感じさせません。身体は小さく薄く色白で、しかもシルエットが雫型というかわいらしさ。その形がやけに馴染み深く、何かに似ているなと考えていたのですが、今日になってわかりました。胡麻です。白胡麻そっくり。どうりで見覚えがあるはずだと納得した直後、

「……いや、そらそうだろ!」

 思わず声が出ました。そらそうだよ、「白ごま(セサミ)」なんだから。私は一体何を言っているのでしょうか。

 とにかく、見た目はひ弱です。相撲エリートどころか、村の祭りの子供相撲でも、年下の子に一発で吹っ飛ばされそうな雰囲気です。しかし今はまだ赤ちゃん。これからどんどん育ち、小学校のクラス写真では「大きすぎて逆に目に入らない」というお相撲さんにありがちなトリック写真のような体格になるに違いありません。

 現にエリート教育は始まっています。一昼夜水に浸けた種のうち、堪えきれずに浮き上がってきたものについては、「取り除」くようにとの説明書きの指示がありました。土俵にすら上げてもらえずの門前払い、かなり厳しい世界であることが窺い知れます。割り箸で軽くかき混ぜ、指示どおりいくつかの種を取り除きます。さらに瓶の口にストッキングを切って被せ、輪ゴムで留めました。説明書きでは「ガーゼやネットなど」となっていましたが、よそはよそ、うちはうちです。

「お母さん、僕、ストッキングなんて嫌だよ。みんなガーゼやネットを被ってるよ」

「みんなって誰! 全員連れといで!」

 ストッキングを被せながら、私自身、子供の頃に親に百ぺん言われた台詞を口にする覚悟をしていましたが、しかし五男は何も言いません。弘法筆を選ばず。おそらくガーゼかストッキングかなどという些末な事象など、最初から眼中にないのでしょう。我が子ながら実に立派です。

 彼の志を邪魔せぬよう、私も慎重に瓶を逆さにし、水を切ります。そのまま「暗所(ダンボール箱などを利用)に置く」のです。ただし、我が家の暗所はダンボールではなく、台所のシンク下。よそはよそ、うちはうちなのです。もちろん五男は不満は言いません。

 それにしても、まさか我が家に体育会系というかスポーツ系が現れるとは想像もしていませんでした。確かに五男は見た目も兄たちとは違います。最初、六つ子スプラウトが我が家にやってきた時は、全員が単なる「種」に見え、成長写真も「草」でしかなく、区別などつかなかったのですが、それがどんなに愚かなことか、さすがの私も今ではわかっています。彼らは皆、別のスプラウト格を持った別のスプラウト。当たり前のことを言っている気がしますが、五男はとりわけ草っぽくありません。成人後の写真を見るとむしろもやし寄りです。

 名前は「もじゃ松」に決めました。もじゃもじゃの大人になりそうだからです。お相撲さんでいえば高安の系統。さすが相撲エリートというところでしょうか。

(つづく)
〈「STORY BOX」2019年1月号掲載〉