ロスねこ日記 ◈ 北大路公子

第13回 この世界のどこかで(後篇)

●五月二十三日

 昨日は「ですます調」を改めるきっかけを見失い、どうなることかと思った。強引に押し切ることができてホッとしているが、そんなことより、もじゃ松である。

 もじゃ松は兄たちに比べてかなりの風呂好きで、日に数度の沐浴が必要だという。瓶に水を入れ、「優しく振り洗い」をするのだ。お相撲さんは相撲部屋に入門すると、すぐに「力士心得」というものを覚えなければいけないらしいが、その中の一つに「我々は服装を正し体の清潔に心掛けます」との文言がある。もじゃ松も、今からこの「力士心得」を実践しているのかもしれない。

 だが、もじゃ松の心意気に反して、この作業がわりと面倒くさい。ストッキングを外し、水を注ぎ、軽く回すようにして種を洗う。それが終わると、再びストッキングで蓋をして水を切るのだが、その一連の動作によって、もじゃ松の小さな種があちこちにくっついてしまうのだ。ガラス瓶の内側にへばりついた種の見た目があまりよろしくないのはともかく、ストッキングに付着してしまうとどこかへ紛れてなくなってしまうことも多い。沐浴のたびに種の数が減っていては、本末転倒であろう。まあ、これを書いている今、「ひょっとしてストッキング越しに水を注いでもよかったんじゃね? というか、そうすべきだったんじゃね?」と気づいたが、その時は思いつきもしなかったのだ。頭悪すぎじゃね?

 考えた末、兄たちと同じ栽培容器に引っ越しさせることにした。ただし、下段に水は入れず、網目状のザル部分での生活だ。沐浴の時だけ水を張って振り洗いをする。終わったらざぱんとザルごと持ち上げて水を切れば、簡単で種が流れる心配もない。天才じゃね?

●五月二十五日

 引っ越し作戦がうまくいったらしく、もじゃ松から小さなもじゃが伸びてきた。芽なのか根なのかわからないもじゃだが、もじゃであることは確かだ。発芽すると十倍に増えるという体積を観察するも、まだよくわからない。これから稽古をしていく中で大きくなっていくのだろう。

ロスねこ日記
引っ越して、横綱を目指していた五男のもじゃ松。よく頑張った!


●五月二十七日

 もじゃ度がまた少し上がった。順調な生育に安心しつつも、しかし、少し気がかりなこともあって、種皮の部分が茶色がかってきたのだ。光の加減でそう見えるのかとも思うが、「きれいな色のもやしに仕上げるには、こまめに水洗いしヌメリをとりましょう!」との注意書きもあり、水洗いを怠ると汚くヌメリのあるもやしに仕上がる可能性もあるようで、判断が難しい。うむ。もやし。さらりと書いてみたが、「白ごま(セサミ)の話をしてるのにもやし? もやし突然どこから来た?」と思わなかったでしょうか。私は思いました。そこで例によってグーグル最高顧問に尋ねると、白ごまスプラウトは「もやし系スプラウト」に分類されるのだそう。兄たち「かいわれ系スプラウト」とは異なり、緑化をさせずに収穫まで暗所で育てるらしい。これは即ち、出家僧まで出した六つ子の太陽神信仰が、ここで途切れるということを意味する。残された六男が「大豆もやし(姫大豆)」であることからも、我が家の太陽神信仰の終焉は間違いないだろう。六男ももじゃ松も一生をシンク下で過ごす運命なのだ。だが、もじゃ松にとってはそれは単なる下積み生活ではない。どれだけ出世しようともストイックな稽古の日々を送るという力士としての矜持である。

●五月二十八日

 もじゃが増え、そして明らかに茶色部分も増えた。どうやら光の加減ではなかったようだ。これが通常なのか、あるいはよからぬことの兆しなのかがわからない。もしよからぬことだとして、原因は何だろう。種が少し重なってしまっているせいかと思ったが、成人後の写真を見ると深い瓶に折り重なるようにしてもじゃっているので、量は関係ないような気もする。気温や風通しや沐浴回数、どこかに問題があるのだろうか。

 さらに、私と同じ頃に栽培を始めたK嬢のもじゃ松は、昨日から「変な匂いがする」ようになってしまったらしい。一日家を空け、沐浴を休んだことが影響しているのではないかと推測していた。深い瓶から浅くて口の広い瓶に移し、空気がこもらないようにして、しばらく様子を見るらしい。もじゃ松のデリケートさに改めて震える。

●五月三十一日

 まずい。もじゃ松の茶色化が止まらない。根っこのほうから変色してきているようで、その範囲がどんどん広がっている。今はまだ芽や葉部分はみずみずしさを保っているが、それが茶色の波に呑み込まれるのも時間の問題に思える。なんということだろう。一体もじゃ松に何があったのか。相撲エリートとしてのプレッシャーに負けてしまったのか。あるいはシンク下の人間関係に問題でもあったのか。何をどうしたらいいのかわからず、沐浴だけをいつもどおり行った。

●六月二日

 ついにもじゃ松のほとんどが茶色に覆われてしまった。ぐちゃぐちゃとした感触で、ところどころカビも生えている。どう贔屓目に見ても、もう回復することはないだろう。親として苦渋の決断を下さねばならない時が来たのだ。

「お疲れさま。よく頑張ったね」

 もじゃ松に声をかけ、新聞紙に包んでゴミ袋へ入れる。胸が痛む。私が悪いのだ。今まで四人のスプラウト兄弟を育て上げ、どこかに慢心があったに違いない。その心の隙をつくようにして茶色化の魔の手が忍び寄ってきたのである。自責の念に押しつぶされそうになると同時に、母としてそれでもこの世界のどこかでもじゃ松が元気に生きていると信じたい気持ちもある。立派な白ごま横綱スプラウトとなって、ファンに勇気と栄養を届けているのだ。そしてある日、何気なくつけたテレビのトーク番組に、私はもじゃ松の姿を見つけることになる。立派な大銀杏に羽織袴。横にいるのは、なんとあのカーたんだ。もじゃ松は言う。

「もうだめだと思ったあの時、私は一冊の本に出会いました。『腐っても、腐らない』。亡き母の本棚から見つけたその本を読んで、もう一度立ち上がろうと思ったのです」

 ああ、もじゃ松。カーたん。そしてやっぱり死んでいる私。涙で画面が見えない。

(つづく)
〈「STORY BOX」2019年1月号掲載〉