▽▷△超短編!大どんでん返し▼▶︎▲ 深緑野分「どんでんがかえる」

第19話
深緑野分
「どんでんがかえる」

 世間じゃ、お話の終わりで「えっ」と読者を驚かせるようなことを「どんでん返し」なんぞと申すようですが、あたしの知ってるどんでんはちょっと違います。いえ、歌舞伎が語源だなどと言いたいんじゃありません。

 昔々あるところに、井田、という名の男がおりました。勘のいい方ならお察しでしょう、ちょいと点を入れりゃ丼田、どんでんになります。井田は賭け好きのだらしない男で、返せない金を借りちゃあ夜逃げしておりました。ある時、賭博場で借用書を前に筆をとり、ひょっとすれば違う男を取り立ててくれるかもと浅ましく考えて、井の字の真ん中にそっと点を打ち、丼田にして返しました。運良く胴元の下っ端は字の読めない男で、そのまま借用書を持って親分の元へ戻りました。

 さて、山を越え谷を越えて逃げた井田は川に出まして、喉を潤すべかと手で水を掬い、ぎょっと目を瞠りました。運命のいたずらかそれとも神様とやらの賽子がいかさまか。井田の指の股やら手のひらのしわやらに、黄金の粒、砂金が輝いていたのです。

 有頂天になった井田は砂金採りをはじめ、人を雇って集落を作り、集落はやがて村になり、井田は村長にまで位が上がりました。川はじゃんじゃん金を吐き、井田もいい気になって金をばらまいたので、村の噂はあたりに轟きます。「あすこの家の柱は金でできてる、障子に張ってあんのは金箔で、井戸水も金、おまけに金の神様を祀ってるんだ」と。

 それだけ噂が広まれば町の胴元の耳にも届きます。そこで下っ端を村に送り込んで偵察させました。商人に化けた下っ端は村の隅々を見てまわり、戻ってくると「村の様子は何のことはないですが、年に一度の祭りは一見の価値がありやす。それと、ちと妙なことが」と言って親分ににじり寄り、耳打ちしました。

 それから一年後、商人を装った胴元とその手下がやってくると、村長の井田は借金を踏み倒した相手の顔などすっかり忘れ、豪勢な飯だの酒だのでもてなしました。しかし胴元の親分は憮然と酒を突き返し「もてなしよりも今晩の祭りが見たい」と要求したのです。井田は鷹揚に頷いて、神事の最前列の席へ案内しました。

 注連縄と紙垂を飾った檜舞台に、座った子どもほどもある金塊がどっしりと鎮座しています。井田が村人の心を一つにさせようと職人に金を固め作らせた像で、釣り鐘のようにてっぺんが尖り、下の方が膨らんだ形でした。このまわりを巫女たちが囲んで、太鼓をどんどん、でんでん、だんだんと叩くのです。

 佳境を迎えますます激しく太鼓が鳴ると、突然親分が立ち上がって叫びました。「すわ! どんでんではないか!」と。

 驚いた井田が何ごとかと尋ねると、親分はにやりと笑いました。「金を貸してやった・どんでん・を探しているのだが、今し方、太鼓がどんでんどんでんと名乗ったではないか。この金塊は利息ふくめて儂のものに相違ない」。そう言って、井田がいつか出来心で点を加え、丼田と書いた借用書を見せました。偵察に来た下っ端は字は読めぬが記憶力がよく、井田を覚えていたのです。親分は借用書を検め、きらびやかな祭りの様子を聞き、屁理屈をこねて金塊を頂こうと考えたのでした。

 村長の井田の顔色はみるみるうちに青ざめていきました。あれはどんでんとは鳴っていない、どんどん、あるいはだんだんだと必死で主張しましたが、胴元は首を横に振り、どんでんだ」と譲りません。その上「まだごねるつもりなら、別のどんでんを探すことになる」と意味深げに井田の顔を睨むのです。井田はうんと頷くほかありませんでした。

 真夜中、井田は金塊を荷車に載せて山へ行き、ちょうど同じ姿形の岩を掘ると、金塊は土に埋め、岩は荷車に載せて村に戻りました。それから職人の家に忍び込んで、夜なべして金箔を貼り、偽物の金塊を作りました。出来はあまりよくはありませんでしたが、一日持てばよいと考えていたのです。

 翌朝、偽の金塊とは知らず満足げな胴元たちは「どんでんが帰る、どんでんが帰る」と歌いながら町へ帰っていきました。金塊を失った村人は寂しげでしたが、まだ砂金はある、と互いを励まし合います。一方の井田は荷物をまとめ、誰にも見咎められぬようそうっと家を出て、山へ向かいました。

 井田は本物の金塊を持って、遠くへ逃げるつもりでした。土を掘り返すと、きんぴかの金塊はまだそこにあって、井田を迎えました。井田は顔をぎらつかせて金塊を抱きかかえ、荷車に載せようと持ち上げ──そのままひっくり返って、後ろに倒れました。

 あっと言う間もなく、井田は山の坂をごろごろ転がっていきます。勢い衰えぬまま河原に落ちていきました。胸にしっかと抱いた金塊がいけませんで、河原の石と重い金塊に挟まれた井田は、死んでしまいました。

 両の手足を広げて死んだ井田の胸の上に、金塊が載った様は、まさに点を加えた丼といった風情でした。いたずら心で書いた丼田に、本当になってしまったわけです。そしてあたしはこれを「どんでんが返る」、と呼ぶのです。

 

深緑野分(ふかみどり・のわき)

1983年神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」が第七回ミステリーズ!新人賞佳作に入選、一三年に短篇集『オーブランの少女』でデビュー。19年『ベルリンは晴れているか』がTwitter文学賞国内編第1位、本屋大賞第3位に輝いた。他の著書に『戦場のコックたち』などがある。