▽▷△超短編!大どんでん返し▼▶︎▲ 大山誠一郎「硬く冷たく」

第20話
大山誠一郎
「硬く冷たく」

 ドアが開いて、ボスとマイケルが入ってくる。ドアの向こうでは、闇の中、粉雪が舞い狂っているのが見える。凍てつくような真冬の夜だ。分厚いコートを脱ぎながらボスが言う。

「ヴィト、お前に殺ってほしいやつがいるんだ」

「え?」

 俺の背中を汗が伝った。気持ちの悪い汗だった。

「ファミリーの仕事を邪魔するやつがいる。そいつに消えてもらわなきゃならん。わかるな?」

「はい、ボス」

 俺の背中をまた汗が伝った。汗を止めたかったが、どうしようもなかった。

「ヴィト、引き受けてくれるか?」

「もちろんです」

 ボスは満足そうにうなずき、幾重にも重なった顎が震える。

「おい、リコ。ヴィトに拳銃を渡してやれ」

 兄貴がバッグを開けたので、俺はそちらに目を向けた。バッグから取り出されたのは、俺が夢にまで見たやつだった。ほら、欲しがってたやつだ、と兄貴が渡してきた。黒光りのするそいつを右の手のひらに載せた。硬く冷たい手触りと確かな重み。そいつは俺の手の中でおとなしくしていたが、いざとなればとんでもない力を出すのだ。すごいな、と俺は呟いた。

「よし、ヴィトの度胸を祝してみんなで乾杯だ。マイケル、みんなのグラスにワインを注いでやれ。とっておきのやつを開けよう」

 テーブルに載ったグラスにワインが注がれる。ボスの手下たちが次々とグラスを手に取る。

「乾杯!」

 俺も空いている左手でグラスをつかみ、赤紫色の液体を喉に流し込んだ。それからグラスを置くと、右手の中のそいつを持ち上げた。電灯の光を浴びて、そいつは黒くまがまがしく輝いた。俺はその姿にうっとりと見入った。

「──おい、ヴィト。ふざけるんじゃない」

 拳銃を向けられたボスが狼狽したように言う。

「お前の命をもらう」

 ボスの横にいるマイケルが懐から拳銃を取り出そうとするが、「動くな」と言われて手を止める。

「ま、待ってくれ!」

 ボスの声に重なって銃声が響く。

 俺の手の中から一直線に飛び出したものがグラスを弾いた。グラスが床に落ちて割れた。兄貴が悲鳴を上げてのけぞり、足を電気コードに引っかけて倒れた。俺も悲鳴を上げそうになったががまんした。

 銃声が続き、ボスが床に崩れ落ちる。その横にいたマイケルが叫ぶ。

「おい、リコ、撃ち返せ!」

 兄貴は打ち所が悪かったのか、床に倒れたままだった。大丈夫だろうか。

「ヴィト、お前、何でこんなことをしやがるんだ!」

 マイケルの顔には憤怒の色が浮かんでいる。

「俺はジョゼの息子だ」

「な、何だと!?」

 憤怒の色は恐怖のそれに変わる。次の瞬間、銃声が響きマイケルは倒れる。

 そのとき、ドアが開いて女が顔を出した。

「お昼ご飯ができた……まあ、何よこれ!?」

 母さんだった。

「な、何でもないよ」

 床に倒れていた兄貴が急いで起き上がった。

「グラスが割れてるし、ぶどうジュースがこぼれてるじゃないの! 早く掃除して! それに、テレビを消しなさい!」

「はーい」

 俺と兄貴はしぶしぶスイッチを切り、拳銃を手にしたヴィトとリコが睨み合う姿が消えて画面は黒くなった。続きが気になるが、怒った母さんは映画のギャング団より怖いのだ。

「それに、真夏なのに何で窓を閉めてるの!」

 もちろん、こっそりとテレビを見るためだ。兄貴と俺の部屋にはエアコンなどという洒落たものはないので、さっきから汗が背中を滝のように流れていた。俺が窓を開けると、真昼のむっとするような熱気とセミの鳴き声が流れ込んできた。

 そのとき、何かが窓から飛び去っていった。さっき、俺の手の中から飛び出したやつだ。

「ああ、お兄ちゃん、逃げちゃったよ……」

 俺は泣き声を上げた。硬く冷たい手触りと確かな重み、黒光りするからだ──兄貴が近所の林で見つけたカブトムシが逃げてしまった。

大山誠一郎(おおやま・せいいちろう)

1971年埼玉県生まれ。2004年『アルファベット・パズラーズ』でデビュー。13年『密室蒐集家』で第13回本格ミステリ大賞を受賞。『アリバイ崩し承ります』が「2019本格ミステリ・ベスト10」国内編1位に選ばれる。他の著書に『仮面幻双曲』『赤い博物館』。