ロスねこ日記 ◈ 北大路公子

第19回 藁の家(後篇)

●九月六日

 午前三時すぎ、大きな揺れで目を覚ます。地震である。すぐに治まるかと思ったが、予想に反して揺れはいっそう激しくなった。大きな地震がきたら頭に倒れた本棚が直撃して一撃で仕留められる位置に寝ているので、文字通り飛び起きて部屋の外へ。母の無事を確認すべく廊下を進むも、あまりの揺れに途中で動けなくなってしまった。壁に手をついて身体を支える。家のあちこちから何かが落ちて割れる音が響いた。風でも揺れる藁の家であるのに、こんなに揺さぶられては潰れるではないかと腹が立つ。

 揺れが落ち着いたところで、急いで母の元へ。妹からも電話が入り、全員無傷であることを報告し合う。ただ、食器棚やサイドボードから飛び出した食器類がかなり割れ、床が破片だらけになってしまった。片付けようとしたが、今度は停電である。北海道全域で電気の供給が止まるブラックアウトだが、当事者にはもちろんわからない。まだ夜明け前、真っ暗な中でとりたててすることがないので、浴槽に水だけ溜めてもう一度寝ることにした。横になって目を閉じると、外から人の話し声や車の音がひっきりなしに響いてくる。あの人たちはこんな時にどこへ行くのだろうとぼんやり思う。

 六時、二度目の起床。改めて家の中を見回ると、母の部屋のタンスが倒れ、和室の壁掛け時計が落ちて地震の時刻を指したまま止まっていた。ドラマや何かでよく見る光景である。妙に感動して思わず写真に撮った。水もガスも問題ないが、停電はまだ続いている。相変わらず外からは人の行き来する音がひっきりなしに聞こえ、みんな本当にどこへ行くのだろう、と考えてはたと気づいた。

「コンビニか」

 せっかくなので、私も出かけることに。よく晴れた、やけに明るい朝だ。切ないほどの青空が広がっている。近所の公園の横を通ると、柳や桜の大木が何本も根こそぎ倒れているのにぎょっとする。地震の被害かと思ったが、よくよく見ると剥き出しの根は乾いており、おそらくは一昨日の強風で倒れたのだろう。この公園は以前にも大風の日に柳の木が根元から折れたことがあり、「柳に風」のことわざを根本から揺さぶりにかかっているきらいがある。

 一軒だけ開いていたコンビニで、ペットボトルのお茶を二本とカップ麺を二個、車でスマホの充電ができるようシガーソケット充電器を買う。充電器こそ最後の一個だったものの、レジの行列もさほど長くなく、食料を買い占めている人もあまりいない。

 若い父親が子供に「お父さん、ビールがたくさんあるよ!」と言われ、

「ビールあっても冷蔵庫使えないから」

 と冷静に答えていて、少し笑った。帰り道、さっきの公園の水道からポリタンクに水を汲んでいる人を見かける。断水している家もあるようだ。家に帰って、母と二人でさっそくカップ麺を食べた。久しぶりなのでテンションが上がる。非常食のつもりで買ったのに、どうするつもりか。

 午後三時頃に電気が復旧。市内ではかなり早い方だったらしい。揺れについては、当初、震度四と発表があり「そんなわけあるか」と思っていたが、後に震度六弱に訂正された。そうでしょうともそうでしょうとも。藁の家よ、よく頑張った。

●九月八日

 明日から大相撲九月場所である。本当なら初日見物のために東京へ向かうはずの日であったが、さすがにキャンセルする。入院中の父と利き腕を骨折している母と続く余震と通常ダイヤにはほど遠いJRと通行止めの高速道路と、どの筋をたどっても呑気に出かけている場合ではない。稀勢の里の四場所ぶりの復活に合わせ、そろそろ植え付けから一年が経つきせのさこの収穫を祈る場所だっただけに残念である。

●九月九日

 誕生日。友人が自転車で来てくれる。乾き物でビールをしこたま飲んだ。友人をもてなそうと、冷凍のピザをオーブンで温めようとして焦がしてしまい、泣く泣く捨てる。スーパーの品薄状態は解消していないというのに、貴重な食料に何をしているのか。いつかこの手のうっかりで、取り返しのつかないことを引き起こしそうで怖い。

 市内各地の停電はまだ続いている。父が入院している病院のあたりも、未だ信号機が機能していないそうだ。明後日の退院までにはなんとか復旧してほしい。

●九月十一日

 信号は復旧していた。よかった。

●九月十四日

 父に会いにきてくれた近所の奥さんが、玄関前のジンジャーとエールを見て、「これは何が植わってるの?」と訊いた。

「生姜です」

「へえ、初めて見た。なんだかシュッとしてかっこいいね」

 そう言われると、私も鼻が高い。

「お通夜は明後日?」

「はい」

「それにしても驚いたわ」

 奥さんも驚いたろうが、私も驚いた。というか本人が一番驚いているはずだ。退院した三日後、父があっさり亡くなってしまったのだ。未だ実感が湧かないが、物流がだいぶ復活して、大好きなカツ丼を食べ、私が茹でたとうきびを無断で食べ、隠し持ったお菓子をこっそり食べた後の急変だったのはよかった。停電の時は病院のご飯が塩むすびだけだったと嘆いていたので、なによりだと思う。

●九月十八日

 父のバタバタで、しばらくプランターの世話をさぼってしまった。久しぶりにゆっくりと水をやる。ジンジャーの二次茎は少し大きくなり、エールにもその兆しが出てきた。ボロボロの葉で頑張っているのが嬉しい。

「よし、お前はどうかな」

 きせのさこにも声をかけ、いつものように遮光ネットをめくると、

「ぎゃああああ!」

 思わず叫びながら、手にしたじょうろを放り出してしまった。なんときせのさこのプランターにうねうねとした気味の悪い生き物が大量発生して……え? まいたけ?

 よく見ると、うねうねとした灰色の物体はまいたけのようである。何かに例えるとしたら「脳味噌」以外思い浮かばない形状で、標本のように鎮座している。

「きせのさこ……お前だったのか……」

 直視する勇気が出ないまま、恐る恐る水をやる。愛情が試されている。

ぎゃあああ!
ぎゃああああ!
(つづく)
〈「STORY BOX」2019年8月号掲載〉
 

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