ロスねこ日記 ◈ 北大路公子

最終回 穴を埋めたもの(前篇)

●九月十九日

 まいたけの「きせのさこ」ショックからなかなか立ち直れない。ぎょっとする見た目もそうだが、なにより目にした瞬間に「ぎゃあああ!」と叫び声を上げてしまった自分が許せない。一年がかりでようやく顔を出した我が子に向かって「ぎゃあああ!」とは何事か。その時のきせのさこの気持ちを考えると、いたたまれなくなる。

 思えば、きせのさこは不運な子であった。横綱「稀勢の里」にあやかったたくましい名前を与えられながら、実際には生まれる前から小柄を運命づけられていた。説明書の「ホダ木を寄せて埋めると大きく育つ」との文言を私が見落とし、三本のホダ木を等間隔に埋めたからだ。「名前負け」と揶揄されたこともあったろう。誰に揶揄されたかというと、たぶんカラスである。ゴミ捨ての際のカラス避けネットを巡る攻防で、私は近隣カラスの恨みを深く買っているのだ。

「やーい、痩せっぽちのきせのさこー」

 カラスがきせのさこのプランターに向かって言う。「名前負けのきせのさこー。ひとりぼっちのきせのさこー」

 カラスに比べ、まいたけは総じて無口だ。言い返すこともできず、どれほど悔しかったことだろう。調子に乗ったカラスは、さらに告げ口をする。

 椎茸の「けめたけ」はずっと家の中で暮らしていたこと。朝夕、欠かさず霧吹きの水を掛けてもらっていたこと。収穫が終わると長い休暇をもらい、水風呂にまで入れてもらっていたこと。

「やーい、それなのにおまえは外に放り出されてひとりぼっちー」

 もちろん誤解である。外で暮らすきせのさこのために、できるだけのことはした。遮光ネットの屋根が付いた家も建てた。が、そのネットのせいで存在感が薄まり、水やりを忘れがちになったというのは不幸な事実である。そこへもってきての冬。プランターの土は永久凍土のようにガチガチに凍り、心配になって玄関内に引っ越しさせたはいいが、雪が降らないだけでそこだって厳寒である。玄関だけに。しかも、母である私は通りがかるたび、「死んでいるような気がする……」と呟くのだ。孤独であったと思う。春にやって来た生姜の双子「ジンジャー」と「エール」も先に芽を出し、毎日私から「大きくなったねえ」と声をかけられている。自分だけがいつまでも土の中だ。寂しく、だからこそ私との対面を楽しみにしていたはずだ。けれども、私は成長したきせのさこを褒めるどころか、その姿に悲鳴をあげたのだ。本当にどれほどの絶望だったろう。

 と、考えているうちに本気で悲しくなってきた。頭をちょこんと出した赤ん坊のきせのさこが、少しずつ大きくなっていくさまをこの目で見届けたかった。まさか赤ん坊期が父の葬儀のバタバタと重なってしまうとは、不運もここに極まれりである。

「ごめんね」

 しんみりした気持ちで水をやりながら、「いや、でもこれいつまで続ければいいの?」とふいに我に返った。きせのさこの完成形がわからない。

●九月二十六日

 母の骨折のリハビリや父の死後の手続きなどに追われ、時が高速で流れていく。今日は予約していた年金事務所へ。母の遺族年金の手続きという比較的簡単なミッションに油断したせいか、委任状を忘れ、家に取りに帰るように言われた。がっくりしていると、「質問に答える形で本当に娘であることが証明できれば、ある程度まで手続きを進めることが可能」という温情案も示された。年金事務所による、「お父さんクイズ」が開催である。

「お父さんが最初に就職した年は?」

「昭和◯◯年!」

「違います! では退社した年は?」

「◯◯年!」

「違います! では起業した年は?」

「◯◯年!」

「違います!」

 まさかの全問不正解である。すごすごと家に戻り、委任状を持って再び年金事務所へ。無事に母が遺族年金を受け取れることとなり、思わず、

「いやあ、結婚ってしておくもんですね」

 と言うと爆笑された。

●十月一日

 きせのさこの完成形がわからないまま、十月である。ずるずる今日まで来てしまったが、結局のところ初対面の日から大きさにさほど変化はない。ということは、最初から完成された姿だったのだろう。諦めて収穫に取り掛かる。収穫といっても脳味噌部分をそっと手で持ち、引き抜くだけである。

「よいしょ」

 一応、掛け声はかけたものの、拍子抜けするほどの手応えのなさに驚いた。きせのさこのデリケートな心を見るようだ。やはりきせのさこは繊細な子だったのだ。大きさは、縦二十センチ、横十五センチほどのバットに入れて、ちょうど収まるくらい。カラスには馬鹿にされたけれども、本人の生い立ちを考えると立派なものだと思う。

「よく頑張ったね。稀勢の里も先場所は二桁の白星を挙げたよ」

 きせのさこに報告する。本人が稀勢の里に対してどれほどの思い入れがあるかは知らないが、私個人の心情として二人の健闘を讃えたいのだ。稀勢の里は来場所また土俵へ、きせのさこは夕飯の味噌汁として第二の人生を歩んでもらう。それが私の願いである。

 というわけで、きせのさこは豆腐とともに味噌汁の具となることに。早速、鍋に水を張り、きせのさこを入れる。別れを惜しむ間もないが、キノコは水から加えるのがいいと何かで読んだ記憶があるのだ。煮立ったところで弱火にして味噌を溶かし入れ、さらに豆腐を加える。まあ、今さら味噌汁の作り方を説明するのもなんだが、不憫なきせのさこを、せめて最後だけでも美味しく食べてあげたいという親心だと思ってほしい。ひと煮立ちさせたところで完成。食卓に並ぶきせのさこは輝いて見えた。が、最初のひとくちを食べたところで、思わず母と顔を見合わせた。

「か……」

「固いよね……」

 固いのだ。なんというか全体的に筋張っていて、こりこりというよりはごしごしした食感である。もちろん食べられないことはないが、積極的に食べたいかと言われると、そうでもない。食べたところで、けめたけのような深い味わいもない。

「……」

 と、なんとなく無口になる味なのだ。確かに収穫時から多少の違和感はあった。市販のまいたけに比べて弾力もなく、色も若干異なっていた。だが、それもこれも自家栽培特有の野性味だろうと、都合よく解釈してしまったのである。原因はよくわからない。収穫時期が遅すぎたのか、水やりが不十分だったのか、あるいは遮光ネットの威力が弱くて日光にあたり過ぎたのか。素人が考えても埒が明かないが、いずれにせよ、きせのさこの生涯にまた不運の歴史を刻んでしまったのは事実である。親として非常に不甲斐ない。せめてもの罪滅ぼしに全部食べきろうと思ったものの、それも難しく、結局は何片か残してしまった。申し開きのしようもない失態である。ただ、きせのさこの名誉のために言うなら、出汁は非常によく出ていた。身を捨てて他者を引き立てる、きせのさこらしい尊い姿であったといえよう。

(つづく)
〈「STORY BOX」2019年9月号掲載〉
 

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