▽▷△超短編!大どんでん返し▼▶︎▲ 青崎有吾「your name」

第21話
青崎有吾
「your name」

 現れた男は、見事な禿げ頭だった。

 その頭が旅館のレトロな照明を反射し、てかてかと眩しかった。おそらく剃っているのだろう。顔立ちはまだ若い。Tシャツには〈諸行無常〉の四文字が大きくプリントされている。しばしあっけにとられた。想像とは何もかも異なる人物だった。

 男はまず、私の向かい側に座った。それから不都合に気づいたのか、「おっと」とつぶやいて隣に移動してくる。ほのかに線香の香りがした。

「はじめまして、探偵の水雲雲水と申します。水に雲と書いてモズクと読むんです。変わってるでしょう。あはは」

「斉田耕平です。よろしく」

 簡潔に名乗る。水雲は私のことをよく知っているらしく、気を悪くした様子はなかった。

「いやあ、まさかこんなところで斉田先生にお会いできるとは。〈戸袋警部〉シリーズ、全巻読んでますよ。大ファンです」

「それはどうも、ありがとうございます」

「ここへはおひとりで? それとも奥さんと?」

「一人旅です。次回作の取材も兼ねて」

「旅行先で事件に巻き込まれるとは災難でしたね。ではさっそく、見聞きしたことを教えてください」

 ラウンジの窓に視線を流す。紅葉に色づく大鳥山の山頂が見えた。話すことはすでに整理できている。私は深く息を吸った。

「昨日、大鳥山に登りました。中腹で昼食がてらレストハウスに入ると、ツアーの団体客で混み合っていました。相席したのがたまたま彼女で、少しだけ会話を」

「樋口朱梨さん──崖から落ちた女子大生ですね。何を話しました?」

「観光客同士のよくある会話です。どちらから? と聞かれたので、東京からです、と。彼女は千葉からでした。彼女は樋口朱梨ですと名乗り、私は斉田です、と名乗りました」

 淀みなく答えてから、コーヒーに手を伸ばす。水雲は唇を尖らせた。

「それだけですか」

「それだけです。名乗り合った直後、彼女のツアーの集合時間が来てしまったので。私のファンかどうか確認する暇もありませんでした」

 冗談まじりにつけ加えた。「そのあとは?」と水雲がうながす。

「山頂に着いてぶらぶらしていると、朱梨さんの後ろ姿が見えました。崖のへりに立って写真を撮っているようでした。近づいて挨拶しようと思ったとき、彼女が足を滑らせて……」

 私は顔をうつむけ、スカーフの巻かれた首を触った。そして再び、愛用のノートパソコンに指を走らせる。打ち込んだ文字がディスプレイに現れる。

「私に、声帯があれば。危ないですよ、と一声かけられれば彼女は助かったかもしれない。下咽頭癌にかかったことを昨日ほど悔やんだ日はありません」

「なるほど、どうもありがとうございます」

 水雲は礼を述べてから、

「あなたが突き落としましたね?」

 にこやかに言い放った。禿げ頭と同じくらい眩しい笑顔だった。私は苦悩を装うのも忘れ、ぎょっと目を見開いた。

「あなたは前から彼女を知っていた。援交相手ですか? 奥さんにばれそうになったか何かで邪魔になったので消すことに。現地で会うように計画し、崖から突き落とした。声が出せないあなたなら今みたいな言い訳が通りますからね」

 ぱくぱくと口を動かすが、喉から声は出なかった。呆然としたままキーボードに指を這わせる。「なぜ」と、二文字だけ打ち込む。

「名前ですよ」

 水雲は手帳を開き、さらさらと字を書いた。明、灯、燈、亜香理、安佳里、有加莉──

「アカリという名前は書き方が何種類もあります。朱に梨と書くのはかなり珍しい。でもあなたのパソコンは『朱梨』を一発で正確に変換した。昨日会ったばかりの女性の名前を、なぜ辞書登録していたんです?」

青崎有吾(あおさき・ゆうご)

1991年神奈川県生まれ。2012年、明治大学在学中に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。他の著書に『水族館の殺人』『図書館の殺人』『ノッキンオン・ロックドドア』『早朝始発の殺風景』、「アンデッドガール・マーダーファルス」シリーズなどがある。