ロスねこ日記 ◈ 北大路公子

第8回 働く母です(後篇)

○一月二十四日

 残念ながら、から松における世代間格差は縮まってはいないようだ。それどころか、むしろ開いている感すらある。リビングへ越して以来、明るい世界のすべてを吸収する勢いで成長する第一世代に対し、第二世代のから松は相変わらず種っぽいままなのだ。

 両者の差が縮まる日がくるのだろうかと不安になりながら水を替え、霧吹きで上からもかける。このまま第二世代が成長を止めてしまうようなことがあったら、完全に私の責任である。ならず者になることばかり心配していたが、種のまま腐ってしまう可能性だってあるのだ。そう思い至って恐ろしくなった。そんな悲劇だけは避けたい。

 一方、第一世代は既に思春期に突入し、例によって太陽神への傾倒を見せ始めている。われ松に続き、どうやらから松も太陽教への入信を決めたようだ。

 ただ、親の身からすると、少し早いようにも思える。いくら成長したといっても、栽培容器の縁からかろうじて頭が出ている程度だ。その華奢な身体でひたすら太陽を追い、全身を傾ける姿には、ひたむきさを通り越して痛々しさすら覚える。

 しかしながら、彼らの信仰をやめさせることはできない。そのことを私はわれ松から学んだ。私にできることは、朝な夕なに栽培容器をくるくる回して、真っ直ぐ伸びる手助けをするくらいのことだ。それにしても、とふと思う。スプラウトの若者たちはなぜそんなに太陽神に惹かれるのか。太陽神に何を求め、太陽を崇めることで一体何をしようとしているのか。

 もしや……光合成……?

 まあ、「もしや」も何も光合成しかないのだが、だからといって彼らの痛々しさが薄まるわけではない。少しでもくるくる作業を休むと、たちまち五体投地のように太陽神にひれ伏すこともまたわれ松が教えてくれた。信仰とはそういうものとはいえ、そのストイックさが時に辛くなる。もうちょっとこう若者らしい気楽さでもってやっていってもいいのではないかとも思う。

○一月二十五日

 冬が本格化し、毎日雪かきに追われている。飽き飽きだし、肩も痛い。第一世代のから松もそろそろ青年期に入ってきたのだから、雪かきの一つくらい手伝っても罰は当たらないと思うが、誰一人「お母さん、手伝いましょうか」と言う者はいない。ただただ冬の陽を求めて、太陽神への帰依を深めている。育て方を間違えたのだろうか。

 そう思いながら、本日も二度の雪かき。朝には大泣きしながら学校に送り出される小学生の男の子を見かけた。しばらく泣き叫んでいたが母親の心は動かせず、やがて背中を押されて嫌々歩き出した。スキー授業の日なのか、スキー板を抱えており、足取りは信じられないくらい重い。一分間に二十歩くらいののろのろスピードで、さらにカニのように横歩きをしている。今すぐ家に引き返したいという思いの現れであろう。

 学校に行きたくなさが全身からにじみ出ている。今にも立ち止まりそうで、このままでは永遠にたどり着けないのではないかと心配になったその時、なんと男の子が突然前を向いてすたすた歩きだしたではないか。見ればちょうど家が遠く小さくなった頃合いである。なるほど人はこうして何かを諦めるのだ。

 という光景を目撃し、昔、飼っていた猫のことを思い出した。猫が十歳になったあたりから「そろそろこの子も学校に行かせるべきなのではないか」との声が、主に私から上がるようになったのである。

 苦労するだろうことはわかっていた。なにしろあのかわいらしさである。入学初日から全女子猫生徒が一斉に恋に落ち、毎日つきまとわれるわ、毛づくろい志願者が列をつくるわ、食べきれないほどのササミ肉をもらうわ、ほかの男子猫から嫉妬されるわで、本人も戸惑い、疲れることだろう。それでも生まれてからずっと人間とばかり接してきた猫である。猫としての喜びや青春のきらめきが学校にあるなら、ぜひ味わわせてあげたかったのである。

 問題は猫の学校が見当たらないことであった。めだかの学校やすずめの学校は歌にもなっているので存在するのだろうが、猫の学校は聞いたことがない。めだかやすずめの学校に編入させることも考えたが、めだかでは川に落ちてずぶ濡れになって皆にからかわれ、すずめでは「先生! 斉藤くん(猫の名前)がお友達を狩ろうとしています!」と言いつけられて退学になる未来が見える。結局、入学に二の足を踏んでいるうちに猫は死んでしまった。

 そういえば、われ松もから松も学校へは入れていない。そのことでいずれ彼らから恨まれる日が来るのだろうか。

 などということを真剣に考えてしまうほど雪との闘いに疲れている。

○一月二十八日

 第二世代のから松が突然覚醒したようだ。にょきにょきと背丈が伸び、緑の色も濃くなった。身長こそ第一世代には及ばないが、もう心配はないと思われる。上から見ても世代間格差は消え、世代間段差となった。いずれ第二世代の背が伸びると、段差も解消されるであろう。育毛の成功である。
 

ロスねこ日記
植毛Afterなのにどう見てもBeforeだ


 そのから松の急激な成長に比べ、キタシンスは今日もほとんど変化は見えない。と言いたいところだが、私の部屋へ上京してきた当初の写真を取り出して眺めると、根はもちろん芽の部分も徐々に大きくなっていることがわかる。特にユメメとピリリは、つやつやとした芽がぴょこりと顔を出し、そろそろ覆いを外す時期が近づいてきているようだ。

 心配なのは、やはりカーたんである。

 まず根っこが思ったように伸びていない。通常の、というのはユメメとピリリを基準にしてということであるが、通常の長さまで成長しているのは数本だけで、あとは未だ数ミリのままという心許なさだ。芽もほかの二人より小さい。変色部分も相変わらずぶよぶよしている。球根とはこんなにぶよぶよしているものだったろうか。ふつふつと湧いてくる「これを世間では腐っていると言うのでは?」との思い。それを払拭するように丁寧に水を替える。

○一月三十日

 ユメメとピリリをいよいよ外に出すことにした。被せていた箱を外し、陽当たりのいい窓辺へ移す。これまでは火の気のない部屋に置いていたが、今日からは私の仕事机の横が彼女たちの居場所だ。

 昼間、仕事をしながらふと目をやると、ポットの水が太陽の光を反射し、きらきらと輝いていた。デビュー前だというのに、既に人の心を打つようなきらめきである。

 やはりこの子たちはアイドルになるために生まれてきたのだ。

 改めて彼女たちの才能に胸が熱くなる。決して完璧な子たちではない。ユメメは相変わらず根が半分折れて失われ、ピリリは全体的に細くどこか弱々しい。ライバルを押しのけて芸能界を駆け上がっていく荒々しさや、周りを圧倒するような絶対的美貌もない。けれども彼女たちは輝いている。自分のやるべきことをやる強さと、すべてを受け入れる優しさに溢れているのだ。

 彼女たちさえいれば、今はまだ一人暗闇で時を待つカーたんも、いつかはきれいな花を咲かせることができるだろう。三人は仲間だ。彼女たちもカーたんを待っている。そう信じて、カーたんにも声をかける。

「早く大きくなってユメメやピリリとあの窓辺に並ぶんだよ」

 カーたんは何も言わないが、気持ちは通じたはずだ。そっと撫でる。ぶよぶよである。

 いやあほんと、カーたん腐っていませんように。
 

(つづく)
〈「STORY BOX」2018年8月号掲載〉