▽▷△超短編!大どんでん返し▼▶︎▲ 葉真中 顕「究極の密室」

第10話
葉真中 顕
「究極の密室」

「え、刑事さん、まさか僕が妻を殺したというんですか」

「そのまさかです。そう考えるのが一番しっくりくる」

「待ってくださいよ。妻の死に方はどう見ても自殺でした。首を吊っていたんです。一緒に発見したマンションの管理人さんやお巡りさんだって見てますよ」

「そうです。奥さんは部屋のロフトの手すりにロープを渡し、首を吊っていた。しかし、そのロープからはあなたの指紋が検出されている。また、司法解剖では、首筋に残った傷痕などから、自分で首を吊ったのではなく、誰かに首を絞めて殺された可能性が浮上しています。つまり自殺は偽装されたのかもしれない」

「それはあくまで可能性ですよね。仮に僕が殺したのだとしたら、僕はどうやって部屋から出たんですか。部屋のドアには内側からしか開け閉めできない防犯用の鍵が二つもかかっていた。合鍵を持っていたって入れなかったんです。だから管理人さんも開けられず、警察を呼んで扉を壊してもらったんですよ。あの部屋は密室だったんです」

「密室……。確かにそうでした。しかしあなたは小説家。しかも推理小説家だ。何かトリックを使って密室をつくりあげたのではないですか。発見時、部屋の玄関が水浸しになっていた。どうしてです? 私はね、これがトリックの痕跡に思えてならない」

「そんな、創作と現実を一緒にしてもらっては困ります。水浸しのことなんて知りませんよ。トリックって、具体的にどうやって僕は密室をつくったって言うんですか」

「それはわかりませんが……、マンションの入り口の防犯カメラには、午前零時頃あなたが入ってゆき、三十分後に出てゆくのが映っていました。ちょうど死亡推定時刻の頃です」

「さっき説明したとおりですよ。あの日、夕方ごろ妻と口論になって、僕は家を閉め出され、駅前のホテルに泊まることになった。でも、何とか話し合えないかと、部屋の前まで行ってインターフォンを鳴らしたり、ドアを叩いたりしたんですが、なしのつぶてで……結局、ホテルに戻ったんです」

「その口論の種は、あなたの愛人問題ですね。ずいぶんと若くてきれいな方らしいじゃないですか。あなたが特別講師を務めた小説講座で知り合ったとか。そこそこ売れるようになった既婚の小説家が、そういう講座やらイベントやらで出会った、ファンやら書店員やらとややこしいことになるっていうのは、わりとあることらしいじゃないですか。意外と爛れた世界なんですなあ。ともあれ、あなたは、売れない時代を支えてくれた糟糠の妻を捨て、その愛人と一緒になりたかった。しかし奥さんは、離婚に応じようとしなかった。あなたにとって、奥さんは邪魔な存在になっていた……つまり、あなたには動機がある」

「そんなの犯行の証明にはならないでしょう。僕がやったというなら、どうやって密室をつくったのか説明してくださいよ」

「それは……」

 刑事は言い淀んだ。僕は内心ほくそ笑む。刑事さん、ご明察。僕はあの夜、妻を殺した。そしてある方法で内側から鍵をかけたまま外に出たんだ。玄関が水浸しになっているのはその痕跡さ。でもその先は一介の刑事ごときがいくら推理してもわからないだろう。これまでどんな大作家も思いつかなかった画期的なトリックでつくった、究極の密室なんだ。作品に使えば推理小説史に残ったかもしれない……と、思うとあまりに惜しいけれど、背に腹は代えられない。これで僕は罪を免れて、愛人と新しい生活を始めるのだ。

「もう話すことはありませんね。では、帰らせてもらいます」

 僕が席を立とうとすると「帰すわけねえだろ!」と、いきなり刑事が怒鳴った。肩を掴まれ無理矢理椅子に座らされた。

「な、何をするんですか。これは任意の取り調べでしょう」

「形式上はそうだが、おまえが吐くまで続くんだよ。覚悟しておけ。この人殺しが!」

「え、や、そんな。だって、密室が……」

「小説家のセンセイよ、創作と現実を一緒にしてもらっちゃ困るなあ。密室? あんた、俺なんかがいくら推理してもわかんねえとタカを括ってんだろうが、こちとら推理なんてする気はねえよ。あんたがやったに決まってんだ。どうやったかはこれから吐いてもらう。昨今、人権がどうのこうのうるせえが、厳しい取り調べで強引に自白とるのは日本警察のお家芸さ。あんたに教えてやるよ──」

 刑事は満面に笑みを浮かべて言った。

「──この取調室こそが究極の密室ってことをな」

葉真中 顕(はまなか・あき)

一九七六年東京都生まれ。二〇一三年、『ロスト・ケア』で第十六回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。『絶叫』は吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞候補、『コクーン』は吉川英治文学新人賞候補となる。その他の著書に『ブラック・ドッグ』『政治的に正しい警察小説』『凍てつく太陽』がある。