▽▷△超短編!大どんでん返し▼▶︎▲ 法月綸太郎 「親友交歓」

第11話
法月綸太郎
「親友交歓」

 中学の同級生だったH君が電話をくれたのは、例の騒動がまだくすぶり続けていた頃である。声を聞くのは十数年ぶりだったが、相手が名乗った瞬間に懐かしい顔が目に浮かんだ。

「覚えていてくれて嬉しいよ」とH君は言った。「きみは売れっ子作家だから、僕のことなんか忘れてるんじゃないかと思って」

「忘れるわけがないだろう」

 思わず力んだ声になる。ここ数週間、私はすっかり人間不信に陥って、仕事関係の友人知人を遠ざけていた。そのせいで人恋しさが募っていたかもしれない。

 携帯の番号は実家の親に聞いたという。H君とは中二、中三と同じクラスで出席番号も続きだったから、自然と親しくなった。当時は無二の親友で、お互いの親とも顔なじみだったが、高一の夏に彼が転校して以来、疎遠になってしまったのである。

「あれから悪いことばかりでさ。転校先でいじめに遭って、不登校から引きこもりニートというお決まりのコースをたどったんだ」

「いじめのことなら知ってる。高二になる前に、親御さんから手紙が来て」

「心配して何度も連絡をくれただろ? 無視してすまなかった。とても返事のできる状態じゃなかったし、親友にみっともないところを見せたくなかったんだ」

「水臭いこと言うなって。苦しい時こそお互いさまじゃないか。こっちだって、最近はみっともないことばかりだよ」

「きみも大変らしいね」H君は心配そうに言った。「ネットで見たよ。盗作だのパクリだの、あいつら何にもわかってない。きみの才能を妬んで、足を引っぱるだけの連中だ」

「そう言ってくれるだけで救われるよ」

 私は苦い気持ちで答えた。新人賞に応募したデビュー長編が評判になり、一躍人気作家に仲間入りしたのが四年前。売れすぎた反動で二作目が書けなくなり、短編とエッセイでかろうじて食いつないできた。ところが、苦心惨憺の末やっと書き上げた第二長編に盗作の疑いがかけられ、あっという間にパクリ作家の汚名を着せられてしまったのである。

「急に電話したのは、きみの味方だってことをどうしても伝えたかったからなんだ。きみが発表した作品は全部読んでるし、この前の長編だって傑作だった。うわべしか見ない連中と違って、ずっと読んできたからわかる。中学の卒業文集に書いた話を覚えてるか」

 卒業文集? 私がとっさに思い出せずにいると、H君は誇らしそうな声で、

「『卒業』という題で、ショートショートを書いただろ? 七百字で最後にすごい落ちがあるやつ。読んだ時は感動してさ。まだ中学生なのにあんな話が書けるなんて、きみは本当に天才だと思った」

「お世辞なら勘弁してくれよ」

「お世辞じゃない。今でもちょくちょく卒業文集を広げて、きみの作品を読み返してる。出席番号が続きで、自分と同じページに載ってるのが自慢なんだ」

「ああ。そう言われて思い出した……」

「きみがネットで叩かれてるのを見て、無性に腹が立ってさ。才能が枯渇したとか、デビュー作もパクリだとか。だけど、あいつら全然わかってない。卒業文集を読めば手のひらを返すぞって、妙子にもそう言ってやったんだ」

「妙子って、きみのお母さんの?」

「そう。二階の自室で『卒業』を朗読してたら、妙子がうるさいって文句を言いにきやがって。あんたもあんたの親友もろくな人間じゃない。どうせネタに詰まって盗作したんだろって抜かすから、ついカッとなって突き飛ばしたら、そのまま階段の下まで転げ落ちてさ。打ちどころが悪かったみたいで、息をしてなかった。親父が部屋から飛んできて、母さんに何をしたって怒鳴るから、思わず首を絞めちゃって──」

「ちょっと待て。それいつの話だ?」

「昨日の夜。二人とも死んじゃったんでもう覚悟は決めたけど、その前にどうしてもきみの声が聞きたくなって」

「おい、今どこだ? 俺がすぐそっちへ行くから、絶対自殺なんかするなよ」

「僕なら大丈夫。自首するために警察の前まで来てるから。きみのことだって、じきにみんなわかってくれる」

「わかってくれるって、何のことだ?」

「きみの才能だよ。卒業文集のショートショート、本当にすごかったんだ。あの話はまだ発表してないだろ? あれを読んだら、みんなきみの才能を認めるよ。だってまだ中学生で、あんなすごい話を書いたんだぜ」

「あれを読んだらって、おまえ──」

「だから僕が自首して、引きこもりのニートが両親を殺したと世間に知れたら、ワイドショーとか週刊誌とか、血眼になって容疑者の卒業文集を探すよな。テレビではモザイクがかかるけど、業界人なら同じページにきみの作品が載ってることぐらいすぐわかる。あれさえ読めば誰だって、きみが中学生の時から天才だったと思い知るはずさ」

 私は携帯を握りしめ、喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。あれは盗作だったんだよ、H君。図書館で見つけた海外アンソロジー短編のネタを縮めて書き直しただけだったんだよ。

法月綸太郎(のりづき・りんたろう)

一九六四年島根県松江市生まれ。京都大学法学部卒業。八八年『密閉教室』でデビュー。二〇〇二年「都市伝説パズル」で第五十五回日本推理作家協会賞短編部門、〇五年『生首に聞いてみろ』で第五回本格ミステリ大賞を受賞。『一の悲劇』『キングを探せ』『ノックス・マシン』『挑戦者たち』など著書多数。