▽▷△超短編!大どんでん返し▼▶︎▲ 呉 勝浩 「花火の夜に」

第12話
呉 勝浩
「花火の夜に」

 待ち合わせはJR福島駅だった。大阪梅田からひと駅とはいえ、ふだんはこんな人ごみができる街じゃない。午後七時半を過ぎていた。すでに二十分、わたしは待ちぼうけをくっている。

「ごめん、遅れたあ」

 黄色い声に顔を向けると、浴衣姿の照れ笑いが目に入った。

「遅っそいわ。もうはじまんで」

「ごめんて。帯が見つからんかってん」

 大学生くらいに見える彼女の顔は上気していた。全身から楽しくて仕方ないというエネルギーがあふれていた。今にもジャンプするんじゃないかと思った矢先、

 どーん。

 北の空から重たい破裂音がした。淀川花火大会の開始を告げる一発目はビルの陰になり、音しか聞こえなかった。

 思わずスマホを取りだす。そっけなく、七時四十分の表示があった。

「ほら、はよ行こ」

 彼女の手招きに導かれ、わたしも歩を進める。

 歩道には列ができ、その行列はのろのろ進んだ。どーんと音が鳴るたび、また少し進みが遅くなった。高いビルやマンションのせいで光の輪は端っこしか見えず、苦笑や不満がもれ聞こえてくる。すっかり陽は沈み、夜の高揚が辺りを覆っていた。

 彼女は団扇をあおいでいた。

「どこまで行くん?」

「川のほうまで行ってみようや」

「えーっ。絶対座れんやん」

 二人くらいならいけるやろ。いけんかったら肩車してや。アホ、体重考えろや──。

 彼女は怒ったり笑ったり、花火よりも色とりどりの表情を浮かべていた。

 屋台が出ている公園沿いの道を折れると空が開け、咲いて散る丸い輪をはっきり見ることができた。次々に打ちあがる花火に照らされながら、わたしたちはだらしない隊列の一員となって行進をつづけたのだった。

 人波に従い道路を渡り、住宅がならぶ小路に入った。まっすぐな道の先に小さなスクリーンのような空。そこを次々と埋める花火の光。腹に響く音。一日限りのカキ氷屋、カーポートで宴会に興じる家族らが、この夏の夜を彩っていた。

 わたしは街を歩きながら見る花火が好きだった。ビルとビルの隙間から見上げる花火に解放感を覚えるタチなのだ。

「こうやってブラブラ見る花火はええなあ」

「ほんまにいうてるん? 電柱とか邪魔くさいやん。花火師さんも、こんな見られ方嫌やろ」

 そういう考え方もあるなと、わたしは納得した。

 会場が近づくにつれ、道は人々によって占拠された。

「バイト先のおっさんがしつこいねん。いっしょに花火いこて。やんわり断ってんけど、時間まで待ってるとかぬかすねん。キモいやろ? ええ歳こいて、それはちょっとないんちゃう?」

 さすがに暴論な気がした。四十過ぎたおっさんだって、恋する権利はあるんじゃないか。たとえバツイチであろうとも。

「まあ、誘ってみんと脈があるかどうかわからんやろ」

「そこ、わかれって話やん。空気読めっていう」

 なおもつづく罵倒を聞き流しながら、わたしは自分たちの出会いを思い返していた。

 初め、そんな気はなかった。よく働く部下でしかなかった。けれど気がつくと、わたしの頭は彼女のことでいっぱいになっていた。思わず花火に誘うくらい。

 河川敷が見えてくる。土手の上から眩いライトに照らされ、まるでスタジアムへ向かう気分でわたしたちは坂をのぼった。のぼったそばから階段をおりた。河原に、そして土手の上に、観客が鮨詰めになっていた。家族連れ、友人の集まり、肩を寄せ合うカップル。

 隙間を見つけ腰をおろす彼女のそばに、わたしも座った。どん、どん、どん。花火は上がる。次々と破裂する。音が響く。いきおいは増しつづけ、やがてフィナーレを迎えた。

 係員の誘導で、観客は年に一度のスタジアムをあとにする。階段をのぼり、坂を下る。 駅は左手。

 右手に向かう人々は興奮を引き連れ、手を握り合い、余韻に浸りながらこの夜を散策するのだろう。

 大学生みたいな彼女と、茶髪の彼が右へ折れてゆく。しっかり手をつないで。

 花火は終わった。わたしは左へ進みながら、もう一度スマホを確認する。待ち人からの連絡はない。どうやら今夜、フラれたらしい。

呉 勝浩 (ご・かつひろ)

一九八一年青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。二〇一五年『道徳の時間』で第六一回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。『ロスト』で第一九回大藪春彦賞候補、『白い衝動』で第二〇回大藪春彦賞受賞。『ライオン・ブルー』で第三一回山本周五郎賞候補。最新作は『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』。