ロスねこ日記 ◈ 北大路公子

第11回 花の命は(前篇)

○二月二十三日

 昨日、『キタシンス』のデビューとほぼ同時に、六つ子スプラウトの三番目「豆苗」の栽培に取り掛かった。手順は長男「われ松」や次男の「から松」とまったく同じである。栽培容器の上段に種を敷き詰め、その種に触れる程度に下段に水を張り、さらに上から霧吹きで水を掛け、芽が伸びるまで暗い場所に置く。当然、水は毎日替えなければならないが、作業自体はあっという間に終わった。スプラウト育ても三人目となり、私にも親としての若干の余裕が出てきたのかもしれない。

 それでも毎回新鮮な発見はある。種の大きさが皆微妙に違うのだ。最初に六つ子たちがやって来た時には全員同じ種に見えたものだが、実際に育ててみるとやはりそれぞれの個性というものがある。「赤玉小粒はら薬」のようだったわれ松、それより小さめで網目からぽたぽた落ちたから松、今回の豆苗の種はその長男次男に比べるとかなり大きめだ。色合いも茶色一色ではなく、白っぽいものもかなり混じっており、見た感じとしては完全に小ぶりのボンゴ豆である。他にたとえようがないので何食わぬ顔で言っているが、ボンゴ豆が全国区ではないことは知っている。北海道にそういう豆菓子があるのだ。

 そのボンゴ豆をシンク下へ入れる。名前は「まめ松」。大きく育ってほしい。

○二月二十四日

 花の命は儚い。キタシンスのデビューから二日、一番のお姉さんだった「ユメメ」が既に卒業というか引退準備に入っている。最初に花をつけた上の部分が萎れ、あれほど艶やかだった真紅の花びらが少しずつ暗い色に変化してきているのだ。根っこを半分折っておいてこんなことを言うのはあれだが、怪我一つさせないように大切に育ててきたつもりのユメメがもう枯れてしまうなんて、あまりにあっけなさすぎる。

 ああ、どうして皆、私より後に生まれて先に死んでしまうのだろう。この場合の「皆」というのは、今まで飼った猫や犬や金魚や鳥のことであるが、本当に見事に全員先立ってしまった。もちろん自分が死んだ後にペットだけが残るのも、それはそれでつらいだろう。さっきグーグル最高顧問に尋ねたところ、世界には五百歳を超えて生きている貝やサメがいるそうだ。うっかりそんなものを飼ってしまったら、どうしたらいいかわからない。絶対自分より長生きするのである。枕元のボウルに入った貝に看取られる可能性だってある。私が事切れた瞬間に貝がぴゅーっと水を吐いて、それを見た周りの人間がもらい泣きするとかである。困る。

○二月二十五日

 そういえば昔、近所の犬が飼い主夫婦に先立たれてしまい、動物病院で余生を過ごしていたことがあった。最期まできちんと世話をされてはいたが、突然環境が変わり、大好きなお父さんお母さんもいなくなって、犬としてはさぞかし混乱しただろう。

 思えばその犬は野良だったところを拾われ、広い庭と豪邸(ストーブ付き犬小屋)を与えられた王子様のような何年かを過ごした後、飼い主の死によって慣れない動物病院暮らしを余儀なくされたのである。波瀾万丈の人生である。「ドキュメント女ののど自慢」コーナーに出てもいいくらいだ。女ののど自慢。覚えている人がどれくらいいるかわからないが、昔、朝のワイドショーにそういうコーナーがあったのである。一般女性の波瀾に満ちた人生を再現VTRで流し、その後本人が登場、涙ながらに持ち歌を披露するというコーナーである。生い立ち、借金、嫁姑、夫の浮気、子供の病気。ありとあらゆる不運と不幸を乗り越えた女たちがマイクを握って熱唱していた。ほぼ演歌である。それを朝からとっくりと聞かされる。悪趣味というかなんというか、とにかくすごいな、昭和って。と思って調べたら、番組は二〇〇一年まで続いていた。思い切り平成である。平成も案外すごい。

 だからまあ、そこに出演してほしいくらいの犬の人生であったのである。野良生活から救われたと思いきや、お父さんともお母さんとも突然離れ離れになってしまったのだ。うちの犬と遊んだりしていたこともあって、今も時折思い出しては、「寂しかったんじゃないのかなあ」としんみりしてしまう。本人も犬として消化できない感情があったのではないか。「女ののど自慢」に出演して、島倉千代子の『人生いろいろ』でも歌い上げたい心境ではなかったかと思う。私にコネと権力があれば、実現させてあげたかった。犬、オスだったけど。

 そして、キタシンスの人生もまた、十分「女ののど自慢」的である。自らの妖艶さに戸惑いつつも幼い頃からのアイドルの夢を叶えたユメメ、一途で健気で途中悪い男に騙されながらもシングルマザーとして一人娘を育てた「ピリリ」、そしてデビュー前のアクシデントにも負けずに立派なアイドルとなった「カーたん」。ユニットとして活動した期間は短かったけれど、皆個性的で素晴らしかった。特にピリリの人生は、私も再現VTRで見てみたい。子ピリリの父親、あんなヒモみたいな男(誰?)のどこがそんなによかったのか。二人の間でどんな言葉が交わされたのか。愛情深いピリリが語る人生は、きっと聞く者の心を打つだろう。収録当日は、子ピリリも応援のためにスタジオに駆けつけるに違いない。

 などと、思考を「女ののど自慢」に乗っ取られている間に、幼かったカーたんも花の盛りを過ぎ、キタシンスの解散が現実のものとして迫ってきた。本当に寂しく、名残惜しいことである。ただ、香りはまだまだ強い。どれくらい強いかというと、部屋を訪ねてきた妹が「これ何の匂い?」と尋ねるくらい強い。私も最初の頃はキタシンスの香りだと気づかず、電気ストーブの赤外線ヒーター部分にゴミでもついて燃えているのかと思ったほどだ。妹にそう言うと「わかる! そんな感じ!」と同意してくれた……と書くと悪臭のようだが、そういったわけでもない。とても濃密な花の香りをさらに煮詰めたような感じで、ずっとそばにいると頭が痛く……いや、なんでもない。

○二月二十六日

 まめ松の成長が少し遅い気がする。根は順調に伸びているのだが、芽があまり育っていない。ひょっとするとシンク下が寒すぎるのだろうか。二十四時間ストーブをつけっぱなしとはいえ、シンク下まで暖気が届かない可能性も高い。

 心配になってK嬢に写真を見せると、「種が多すぎるのかもしれないです」と言われた。たしかに敷き詰めたボンゴ豆がぎゅうぎゅうになっているようにも見える。ひょっとすると、窮屈なせいで能力を十分に発揮できないのだろうか。

 一瞬、間引くことも考えたが、しかしまだ生まれてというか、蒔かれて五日である。周りがあれこれ判断するには、いささか時期尚早というものであろう。第一、まめ松は大器晩成型かもしれないのだ。ここから急にどーんといって、大きなことをばーんと成し遂げる可能性もある。何一つ具体性のないどーんでばーんではあるものの、諦めるのはまだ早い。幸い根っこは順調に伸びている。犬でも猫でも手足の大きな子は、いずれ体格もよくなるというではないか。まめ松の潜在能力に期待しつつ、水をやってシンク下へ戻した。

(つづく)
〈「STORY BOX」2018年11月号掲載〉