ロスねこ日記 ◈ 北大路公子

第11回 花の命は(後篇)

○三月一日

 新しく生まれる者があれば、静かに去っていく者もある。ユメメはもう完全にキタシンスを卒業してしまった。いや、この分ではキタシンスだけではなく、芸能界も引退することになるだろう。萎びてしまった花びらが、今はどんどん黒ずんできている。今まであちこちに書いているが、私は紫陽花が嫌いで、どうして嫌いかというと、花が終わった後に落ちるでも枯れるでもなく、ただひたすらどす茶色く変色していって往生際が悪いからだが、ヒヤシンスもわりとそういうところがある。今回、初めて知った。もっとこうあっさりと散るわけにはいかないものかとも思うが、しかしそのしぶとさこそがユメメが最後まで力の限りアイドルとして生き抜いた証でもあるのだろう。

 ユメメだけではない。ピリリも子ピリリもカーたんも、皆精一杯咲いた。アイドルとして輝いていた。そして今終わりの時を迎えようとしている。それをこうして見届けるのが敏腕マネージャーの最後の務めなのかもしれない。寂しいけれど、改めてキタシンスの面々にお別れの挨拶をする。

「さようなら。今日も街であなたたちの曲が流れていたよ」

 まあ、流れてはいないが、そしてデビュー曲『ヒヤシンス全般の花言葉「スポーツ」「ゲーム」「遊び」「悲しみを超えた愛」って仲間外れが一つあるよね』がどんな曲かも実はよくわかっていないのだが、そう声をかけてやる。たぶん喜んでいたと思う。

○三月三日

 ようやくまめ松の背が栽培容器の縁の高さを超えた。まだ陽を浴びていないこともあって色白だが、ボンゴ豆から伸びた芽というか茎は、われ松やから松と比べるとかなり太い。見た目は既にモヤシである。若い時分はスプラウトというより猫草を思わせた兄たちとは違って、早くも「食べ物」としての自覚が芽生えているようだ。

 そういえばこの冬、野菜価格が異様に高騰した際には、豆苗が大人気だったそうだ。たしかに野菜売り場で豆苗をよく見かけた。お安くて栄養満点でしかも再生栽培が可能。根元を残して水に浸けるとまた生えてくるらしい。一粒で二度(うまくやると三度)美味しいシステムなのだから、たしかに買わない手はないと思いつつ、実は残念ながら我が家に豆苗は導入されなかった。聞けばイギリス人には「三歳までに口にしたものだけを生涯食べて生きていく」みたいな人が多いという。そして、我が家にもまさにそんな感じの年寄りがいるため、なかなか購入に踏み切れなかったのだ。せっかく作った食事を残されることを考えると、つい二の足を踏んでしまう。まったくイギリス人でもなんでもない新潟出身なのだから、あまりややこしいことを言わないでほしいものである。

 と、書いていて思い出した。うちのイギリス人風新潟人、「米は新潟米を食べさせてくれ。俺は米の味だけはわかるんだ」と訴えるのでずっとそのとおりにしていたのだが、ある時新潟産のものが手に入らず、こっそり北海道米を炊いて出したところ、

「お! 米変えたな! 美味しいな! これ新潟のだべ?」

 と断言していたことがある。実はまったくあてにならない味覚なのであった。豆苗もほうれん草だと言い張ればバレなかったかもしれない。惜しいことをした。

 それにしても本当にこの冬は野菜が高かった。もちろん今も決して安くはないのだが、一時期の値段があまりにあまりだったため、感覚がどこか麻痺してしまったのか、なんとなく落ち着いたような気がしている。全面的に気のせいである。しかし、とにかくそれくらい高かった。レタスなんて五千年前の遺跡から発掘された宝珠のような値段であった。スーパーへ行く途中、モンスターをばっさばっさと倒しながら道端の宝箱を開け、誰のものとは知らないお金をネコババしなければ到底手に入れられないような高値である。

 白菜だって同じだ。四分割されて一九八円になっているからごまかせているような気になっているかもしれないが、一玉に換算すると八百円であることは、私にはとっくにお見通しであった。八百円の白菜ってあんた、もしや台湾の国立故宮博物院にあるアレではないのですか、と思わずまじまじと見つめたものである。

 それでも人にはどうしても白菜を買わねばならぬ日もある。そんな時は目で葉っぱの詰まり具合を確認し、手で持って重さをたしかめ、「これだ」というものを意を決してレジへ運ぶ。ところが家に帰ってぴっちぴちに巻かれたラップを外すと、みっしり詰まっていたはずの葉が一気に広がり、あら不思議、ものすごく風通しのいいすっかすかの白菜になってしまうのだ。そのたびに私も、

「ちょっとこれ! おかしくない? 五十円分くらいしかなくなくない? なくなくあるよね! なくなくあるよ!」

 と、取り乱したものであるが、えーと、どうでしょう、わたくし今、ものすごく貧乏くさい話をしているでしょうか。していますよね。実際、貧乏だからいいんですけど、いずれにせよ、まめ松にはラップで自らをごまかすような豆苗には育ってほしくないと親としては思う。

○三月八日

 生育の遅れを心配したのが嘘のように、まめ松はすくすくと育っている。兄二人が傾倒した太陽神への帰依もさほどではないのは、茎の太さが関係しているのだろうか。思えば線が細く、種の時から流されやすかった次男のから松は、太陽神信仰にもとりわけ熱心であった。いくら栽培容器をくるくる回しても、いち早く太陽の位置を察知し、そちらへ全身を投げ出すようにして自らのすべてを捧げていたものである。

 ところがまめ松は、太陽神の教えに耳を傾けることは傾けるが、「人生の参考程度に」との態度が見て取れる。安定感が抜群で、太い茎を迷いなく垂直に伸ばしている。その意志の強さを表すように、葉の緑も三人の中でもっとも濃く力強い。本当にいつのまにこんなに逞しく、しっかり者になったのだろう。母としては驚くばかりだ。

○三月九日

 まめ松の成長の追い上げが凄まじく、もう食べるしかなくなってしまった。背が一気に伸び、骨格(?)もしっかりしていることから、バスケ部にでも入れようかと思ってた矢先のまさかの育ちすぎの危機である。刈り取って、卵とシメジと一緒に炒める。まめ松の個性そのままの、ややクセのある青っぽい味だ。イギリス人風新潟人が「何これ?」と警戒していたので、「新潟の野菜だって」と言うと黙って食べていた。まさか納得したのだろうか。

ロスねこ日記
野菜高騰下の食卓に新しい風が吹いた
(つづく)
〈「STORY BOX」2018年11月号掲載〉