


「ちょ、ちょっと待ってください、津田さん!」
「ん?」
「せっかく『ハトゲキ』が文庫になるっていうのに、困りますよ、こんな上から目線じゃ」
「誰だよ、きみは」
「担当です。こないだ自己紹介したばっかりですよ」
「編集者か。男の編集者なんてこの世に必要か? 頼りになるのは、やっぱり女だ。鳥飼くんはどうした?」
「産休に入っています」
「ほえ」
「それも、こないだお話ししましたけど」
「旦那の子か? 池田高校の同級生のあの旦那か?」
「当然でしょう」
「で?」
「で? って。ですから、こんな上から目線じゃ読者に見向きもされませんよ」
「そんなことないさ。しっかり日本語の読める読者ならついてきてくれるよ」
「でも」
「な? 小説家の言うことを信用できずに、編集者がつとまるのか。小説家でなかったら、何を信じて本を編集してるんだ? 会社か? 金か? やっぱり女か? いや、それはもういい。じゃあ、ためしにきみがこれ書き直してみるか?」
「は、はい」
小さな街で「女優俱楽部」の送迎ドライバーとして、
その日暮らしを続ける津田伸一は、
かつては直木賞も受賞した作家だった。
そんな男のもとに三千万円を超える現金が転がりこむ。
ところが喜びも束の間、
思いもよらない事実が判明した。
「あんたが使ったのは偽の一万円札だったんだよ」
偽札の動向には、
一年前に家族三人が失踪した事件をはじめ、
街で起きる騒ぎに必ず関わっている
裏社会の“あのひと”も目を光らせているという。
数多の作家をも魅了した、
現代小説の名手・佐藤正午渾身の最高到達点!