昨年8月より募集を開始した
第3回日本おいしい小説大賞
(協賛:キッコーマン株式会社 神姫バス株式会社 日本 味の宿
/主催:小学館)は、
総応募数220作の中から、
二度の選考を経て
4作の最終候補作が選出されました。

選考委員の山本一力氏、柏井壽氏、
小山薫堂氏による
オンライン最終選考会で、
さまざまな議論が重ねられた結果、
受賞作が決定いたしました。

『マツシロの山』
岩石岩魚

『羽釜の神様』

『百年厨房』
村崎なぎこ

『まずい飯が食べたくて』
森園ことり

受賞者プロフィール
村崎なぎこ
1971年栃木県生まれ。文芸賞等への応募歴は30年以上。現在は食べ歩きブロガーをしながら、2019年に結婚したトマト農家の夫を手伝う。

 小さいころからの夢は「●歳までに新人賞を受賞して小説家になる」。しかし、「●」に入る数字が30、40と延びていく。途中でシナリオに転向して受賞しても、その先に続かない。

 ついに50の数字が見えてきて、自分に問いかける。残りの人生、どうしよう? 答えは「やっぱり小説家」。でも、この歳で新人賞なんて無理では? 「こうなったら最年長受賞記録を目指そう」。

 勤務先を退職し、背水の陣で臨むこと5年。ついに昨年、「日本おいしい小説大賞」で最終選考に選出。やっとゴールと思いきや、選外。再度自分に問いかける。どうする、諦める? 答えは一つ。「歯を食いしばって頑張れ!」。そして今回の受賞のご連絡。結果発表の日は、50歳の誕生日まで残り1か月を切っていた。

 ついに私の夢の扉を開いてくださった選考委員の先生方に、心より感謝申し上げます。

 とき、まさに東京五輪真っ只中。
 地球規模のコロナ災禍のなか、うっとうしさを弾き飛ばしてくれるのは、出場選手が極限まで五体を駆使して見せてくれる熱戦だ。
 その体力の源はまぎれもなく食にある。
 食べることは運動力と闘志を、内から沸き立たせる源だ。
 当たり前をあらためて実感し、候補作4作と真正面から向き合った。

「まずい飯が食べたくて」
 作中の「まずい飯」は影が薄い。主人公の不器用な生き方を表す題名として読んだ。
 ひとのために調理する仕事……それに従事する者の心情が、筆致から感じられた。
 ひとのために調理する者は、ひとを好きになることにも直球なのだろうか。
 主人公の動きも言葉も、なんとも不器用だ。しかしお上手、お利口さんが大手を振っている昨今では、むしろこの人物に好意を抱く。
 筆力ある筆者だ。社会に横たわるまずい飯をいやがらず、筆精進を続けられたい。

「羽釜の神様」
 小説のページをめくらせるのは、筋書きの巧拙が第一ではない。
 登場人物の動きなどに、読者がいかに感情移入できるかにあると、わたしは考える。
 読後、得心できぬ最大の理由は、主人公の年齢。未熟と老獪とが、年齢と乖離している。
 冒頭の記者会見での言動も然り。投資家を得て、事業再出発に際しても然り。
 失敗を教訓として再起を図る者の知恵、決意が、伝わってこない。同じしくじりを安易に繰り返している。
 選者から「実社会でも、それはある」と異議を呈されたが、わたしは不同意だ。
 筋書きならぬ、人物造形に精進されたし。

「マツシロの山」
 筆力のある筆者だ。冒頭に展開される山の動物たちは、まことに達者に描けている。
 たぬきとおいしい小説と、どう融合させるのかと、意表を突く構成もわるくはない。
 しかし物語が進むにつれ、わたしは原稿読みを幾度も中断した。
 本賞が目指す方向とは、断じて相容れられぬと判じたからだ。
 繰り返すが、筆力も構成力もある方だ。
 応募先がいかなる作品を求めているか。
 真摯に検討されないと、労作が可哀想だ。

「百年厨房」
 読み始めてさほど間をおかず、作品世界の持つ雰囲気、言い換えれば筆者の筆に懐かしさを覚えた。
 前回の郷土愛豊かな作者ではないか、と。
 資料・史料を読み込み、得られた知識を物語に重ねる。
 こうすることで、架空の話に重厚さとリアリティーが加わる。
 栃木への郷土愛表現は、わずか一年の間に深みを増し、筆力も大きく進化を遂げた。
 主人公が自分の人生を肯定できたとき、どんな気持ちになるのか……。
 この部分を深く加筆されるなら、大賞作に推すことを、いささかもためらわぬ。
 創作の芯とするものを大事にし、飛躍を期待する。

 最終候補の4作品はどれも、筆力という点では一定のレベルに達しているが、〈おいしい小説〉という点で差が出た。

「まずい飯が食べたくて」は、なんと言ってもタイトルが秀逸だ。旨いものがあふれかえっている現代において、まずい飯には大いに興味が湧くところだが、ドラマ性に乏しいのが、最大の弱点だった。
 どんなドラマが起こるのだろうかと読み進めて、結局最後まで、ドラマらしきものはなかった。連作短編ふうな構成も、どこか既視感があり、舞台設定も含めて新味がなかった。
 喫煙シーンが多出するのも気になった。まずい飯、というタイトルと合致するような、個性的な食に焦点を合わせれば、よかったのではないかと思う。

「羽釜の神様」は、ストーリーの展開が早く、読者を惹きつける魅力を持った小説である。情景を浮かばせる記述も巧い。
 ただ、肝心の本筋が、どうにもよく見えてこない。貝原益軒の生まれ変わりのような海原の存在が作者の狙いなのだろうが、貝原益軒の『養生訓』に頼り過ぎたきらいがある。
 説教くさく感じるのと同時に、定型的な流れになってしまっている。
 海原が最後に突然居なくなってしまうところの必然性が欲しい。ホームレスを美化しすぎも気になる。現実とのギャップをもう少し埋めたほうがリアリティが出る。

「マツシロの山」については、小説としてはともかく、おいしい小説という色がまったくないことから、選外としたいところだ。
 人間と動物、それぞれの思いを交互に描いているのは、着想としては悪くないが、猟奇的な結末に至ると、後味の悪さだけが残ってしまう。
 おいしい小説、というのは、読んでいてしあわせな気持ちにならないといけない。

「百年厨房」は、大賞候補としてふさわしい作品であった。タイムスリップものは、おうおうにして陳腐になりがちだが、それぞれの時代背景をうまく使い、場面転換のタイミングも素晴らしい。
 料理の内容もほどよく、ノスタルジック、かつ郷土愛に満ちているが、懐古趣味に陥ることなく、押しつけがましさもないのが秀逸。
 おいしい小説としてのツボをきちんと押さえつつ、エンターテインメント性の高い小説としても成立している。
 大きな災害をタイムスリップのタイミングとしているところも含め、さまざまな考証がきめ細かくなされているのも大賞に強く推す所以だ。
 ただ、タイムスリップを繰り返すパターンは一考の余地があるだろう。一度だけにしておいたほうがスッキリするのでは。
 いずれにせよ、第3回日本おいしい小説大賞にふさわしい作品であり、これまでの応募作のなかで、最も完成度が高い小説だと思う。

 人を良くする、と書いて食。そんな食を主役とする「日本おいしい小説大賞」も今回で3回目となりました。コロナ禍によって社会が疲弊する中、今年もたくさんの応募作が集まったことを大変嬉しく思います。そもそも「レストラン」という言葉の語源を辿れば、「回復させる場所」という意味に辿り着きます。コロナ禍の真っ只中に書かれた「おいしい小説」によって、何かしらのかたちで心が癒されることを期待しながら読ませて頂きました。

 今回、見事大賞に輝いた「百年厨房」は、まさに社会がコロナ禍に突入したところでエンディングを迎えるものの、そこに悲壮感はなく、むしろ100年の時間を助走として未来に向かう清々しさが感じられました。
 食への愛情と熱量が最も感じられたのもこの作品です。源氏飯など、食べ物の描写も詳細で、読者に同じものを食べたいと思わせる力もあったと思います。一方で、キャラクターが少々紋切り型であるところ、タイムスリップの展開にオリジナリティがやや欠けていた点が気になりました。特に、実際にあった災害のストーリーへの織り込み方は、もう少し慎重に扱うべきだったかもしれません。
 とは言え、前作の「山とかき氷」からの大きな成長には目を見張るものがあり、満を持しての受賞と言えるでしょう。

 今回、読後感が最も良かったのは、「まずい飯が食べたくて」です。料理も丁寧に描かれている上に、登場人物に基本的に悪者がいなかったことも関係しているでしょう。ただ、淡白過ぎたということでもあり、ストーリーや登場人物たち(特に主人公)の感情にもう少し起伏があっても良かったと思います。また、タイトルに「まずい飯」を入れたのならば、その必然性とまずいという感情から生まれる展開ももうひと押し欲しかったです。

 キャラクターの描き方で言うならば、「羽釜の神様」が好きでした(実はこれが最も映像化しやすいと思いながら読んでいました)。主人公・隆之介の食の師匠となる海原のキャラクターが、今の社会の問題と上手く絡めながら描かれていたと思います。江戸時代の料理も魅力的でした。隆之介が仕事を辞めた経緯、フードトラックでの新しい仕事の展開がより丁寧に描かれていれば、そして海原の最後にも工夫がさらにあれば、よりいい作品になると思います。

「マツシロの山」は当初、「狸の視点で、おいしい小説にどう絡めていくのだろう?」とワクワクしながら読み始めましたが、次第に気持ちが萎んでしまいました。前提である「おいしい小説」とは、離れてしまった印象でした。シンタが作る弁当はおいしそうでしたが、かえってストーリーからは浮いてしまったようにも読めました。ミステリーの要素を入れるのならば、犯人の動機、キャラクター作りも、もう少し書き込んだ方がいいと思います。とは言うものの、動物を主題にした応募作品はこれまでになかったので、着眼点は非常に優れていました。むしろ「日本おいしい小説大賞」という枠に捉われなければ、一定のファンを獲得するのではないでしょうか。

日本おいしい小説大賞は、新設の新人賞にもかかわらず、今回の第3回までに数多くの応募をいただきました。残念ながらコロナ禍の影響もあり、本賞は今回をもって一区切りとさせていただきます。応募してくださった皆様、賞の運営に多大なるご尽力をいただいた選考委員の皆様、協賛各社の皆様に、深く御礼を申し上げます。大きな話題となった第1回、第2回の受賞作に続き、第3回受賞作『百年厨房』にも、ぜひご期待ください。 「日本おいしい小説大賞」事務局