今村夏子『むらさきのスカートの女』(第161回芥川賞受賞作)はここがスゴイ!

今村夏子『むらさきのスカートの女』の受賞が決定した第161回(2019年度上半期)芥川賞。その受賞候補となった5作品を、あらすじとともに徹底レビューします!

2019年7月17日に発表された第161回芥川賞。今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』が見事受賞を果たしました。

『むらさきのスカートの女』は、近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女のことが気になって仕方ない「わたし」が、女のことを観察し続け友達になろうと奮闘する、シュールかつ奇妙なストーリーです。

受賞発表以前、P+D MAGAZINE編集部では、受賞作品を予想する恒例企画「勝手に座談会」を今回も開催。シナリオライターの五百蔵容さん、ライターの菊池良さんをお招きして、『むらさきのスカートの女』を含む芥川賞候補作5作の徹底レビューを行いました。

果たして、受賞予想は当たっていたのか……? 白熱した座談会の模様をどうぞお楽しみください!

参加メンバー

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(写真左から)


五百蔵 容:
シナリオライター、サッカー分析家。
3度の飯より物語の構造分析が好き。近著に『サムライブルーの勝利と敗北 サッカーロシアW杯日本代表・全試合戦術完全解析』(星海社新書)。

トヨキ:P+D MAGAZINE編集部。
詩歌と随筆が好き。特に好きな小説家は絲山秋子、今村夏子。

菊池 良:ライター、編集者。
近著に、歴代の芥川賞全受賞作を読みレビューした『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)。

目次

1.古川真人『ラッコの家』

2.高山羽根子『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』

3.李琴峰『五つ数えれば三日月が』

4.古市憲寿『百の夜は跳ねて』

5.今村夏子『むらさきのスカートの女』

古川真人『ラッコの家』

古川真人
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B07KM3HDF2/

【あらすじ】
夢と現実が絶え間なく交錯している老女・タツコ。目が不自由なタツコとふたりの姪は、ささやかながらも賑やかで仲睦まじい日常生活を送っている。

トヨキ:まずは、古川ふるかわ真人まことさんの『ラッコの家』からいきましょうか。『縫わんばならん』、『四時過ぎの船』に続く芥川賞候補作で、内容としても前前作、前作と同じ一族を描いた物語のように読めます。

五百蔵:『四時過ぎの船』は受賞してもおかしくない水準の傑作でしたね。今作における、老女の内的独白が発展していくという構成は、昨年芥川賞を受賞した若竹千佐子さんの『おらおらでひとりいぐも』にも似ていますが、『おらおらで~』の完成度が非常に高かったので……。どうしても、比べて読んで既視感を覚えてしまったというのが正直なところです。

菊池:主人公・タツコの目が不自由であることで、目の前に見えているものに対する主観と過去の記憶が入り混じってしまう、というしかけは非常に面白いと感じました。ただ、いま五百蔵さんがおっしゃったように、高齢の方を語り手において、その人が語ることが現実なのかそうでないのかをわからなくさせる、という手法自体には既視感があります。

『おらおらでひとりいぐも』などと比べると、作者、古川さんのアイデンティティと主人公・タツコのアイデンティティのつながりが遠そうに見えることもあってか、そこから立ち上る凄みがあまり感じられなかったと、個人的には思います。

トヨキ:なるほど……! いま菊池さんもおっしゃいましたが、タツコという主人公の目が不自由であることがひとつの鍵になっていますよね。現在の彼女が見ている風景の描写はもたついてすんなりと読み通しにくいのに、回想のスイッチが入った途端に一気に文体のスピードが上がるというつくりになっていて、タツコの視界の明瞭さ・不明瞭さをこちらも疑似体験しているような気持ちになりました。

五百蔵:そうですね。やはり筆力のある方なので、描写や会話のディティールなどは非常に巧みで面白かったと思います。

高山羽根子『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』

カムギャザー
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B07Q2FHDLM/

【あらすじ】
「私」はある日、雨宿りのために立ち寄ったお店で、東京の記録を映像にしてSNSにアップしているイズミと出会う。「私」は彼女の撮った映像のなかに、かつて仲のよかった同級生のニシダを見つけ……。

トヨキ:続いて、高山羽根子さんの『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』です。

菊池:この作品の主人公は、過去に自分が受けてきた性被害に対しての被害者意識が希薄で、それに蓋をしているようにも見える人物として描かれていますよね。僕は普段からインターネットをよく見ているのでそう思うのかもしれないのですが、率直に言うと、この主人公のスタンスは現状追認のように見えてしまいかねないところがネックになるのでは……と感じました。タイトルにもなっているボブ・ディランの『時代は変わる』や、ヘルメットというアイテムが象徴的に取り入れられていて、そこがすごくいいなと思います。ただ、とてもセンシティブなことを扱っているので、候補作のなかで一番意見が分かれそうな作品に思えるというのが、素直な感想です。

五百蔵:性被害をどのように描くか、という部分で議論を呼ぶ作品であることは間違いないですよね。たしかにネガティブな議論が生じかねない筋立てにはなっているので、それが作者の意図したものであって、なおかつ作品として成功しているかというのが評価のポイントになってくると思います。
ポスト・モダニズムの旗手で哲学者のリオタールがかつて、「自己防衛のために過去の辛い記憶をなかったものとして記憶してしまう心理が人間にはあって、なんらかのスイッチを押されることでそれを不意に思い出してしまう」と論じたことがあるのですが、『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』は、ひとりの女性にとって性被害がまさにそういうものである、というのを描いていると思うんですね。

トヨキ:主人公の「私」は一見、自分が過去に受けた性被害をなかったもののように捉えて生活していて、自分の体験を社会問題と結びつけて考えてもいないですもんね。

五百蔵:だからこそ、最初に読んだときは彼女にとってなにがその記憶を思い起こすスイッチになりうるのか、自分が負った傷に対してどのくらい自覚的でいるのかをもう少し描いてほしいと感じたのですが、再読してみると、主人公は深層心理のなかで自分の傷を自覚していて、性被害の記憶に結びつくようなことを思い出さないようにしているというのが実ははっきり描かれていて、なにがスイッチになったのか、ということもきちんと表現されていたな、という印象に変わりました。

トヨキ:私は過去の性被害に対する主人公のそういったスタンスって、ある意味とてもリアルだなと感じながら読みました。いま、性被害に遭った女性も勇気を出して声を上げることで社会を変えていこう、という大きな流れがあって、それ自体はもちろん素晴らしいことですが、全員が全員表に立って声を上げて、社会運動に参加できる人ばかりではないんですよね。だから私はこの主人公のあり方には共感も覚えますし、彼女が最後、社会運動という形ではない新しい視点を得る、という物語の終わり方にもやさしさを感じました。

五百蔵:高山さんはたぶん、いまトヨキさんがおっしゃったように、社会としてのフェーズと実際にそのなかにいる人たちの気持ちは必ずしも連動するわけではなくて、どちらかが先に進んでしまうことで生まれる軋みを描こうとしているのだと思います。ただ、僕としては主人公が最後にニシダを見にいこうとした理由であるとか、やはりリアリティがあるように感じられない部分もあって、センシティブなテーマであるだけにそういったディティールは描ききってほしかった、とも思います。

トヨキ:うーん、その部分で言うと、自分のなかにある傷がまだ痛むかどうかをあえて確認しにいきたくなってしまうとか、その上でできることなら相手を許したいみたいな気持ちは、意外と人のなかにあるんじゃないかなとも思いますね……。

五百蔵:なるほど。その気持ちのバランスの取りにくさが彼女の生きづらさのようなものにつながっている、というのはたしかに描かれていますよね。……いや、いまここでもこれだけ議論になる作品というのは、やはり大きいですね。

李琴峰りことみ『五つ数えれば三日月が』

文學界
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B07R34DP68/

【あらすじ】
台湾生まれの「私」と日本生まれの「美桜」は、大学を卒業後、互いの母国を交換するようにして道を分かつ。ふたりは数年ぶりに日本で再会することになるが……。

菊池:『五つ数えれば三日月が』は、台湾生まれの「私」が日本で暮らすことになり、日本生まれの美桜が台湾で暮らすことになるという、母国を交換するようなしかけが面白い作品でしたね。表現面でも、中国語の台詞にその言葉の日本語訳をルビ振りするというのは少なくともこれまでの芥川賞の受賞作にはない表記で、もしかするとこれから流行るんじゃないかな、と思いました。ただ個人的には、美桜が自分のことを語りだすきっかけがあまりスムーズではないのが気になりましたね。

トヨキ:その部分は私も少し気になりました。数年ぶりに再会するふたりの会話がぎこちないのは当然だと思うのですが、それにしても「私」の思いの強さに反してコミュニケーションが希薄すぎるように感じてしまって、美桜の話が唐突に始まるな……と。ふたりの目の前に並ぶ中国料理についての描写がかなり細かい分、料理というコンテンツ抜きで会話をしてほしいと思ったというか。

五百蔵:そうですね。料理については、ディティールをここまで描き込むことでなにがストーリーに逆照射されるか、というのが重要だと思うのですが、それがあまり効果を生んでいないように感じました。もちろん、料理についての描写を通じて、「私」と美桜がそれぞれの国籍に直結しない人生を生きていて、それが奇妙な交差を見せているということが浮き彫りにはなってくるのですが、ここまで描き込む必要はあったのかなと。
それから、主人公の「私」の美桜への思いの性格は冒頭で仄めかされてはいるのですが、いまおっしゃられたように再会後のふたりのコミュニケーションのぎこちなさがうまく表現できていないように見えます。本当はもっとふたりが大切な仲であるということを感じさせてくれるなにかがほしかった、とも思います。

古市憲寿『百の夜は跳ねて』

百の夜は跳ねて
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B07R34DP68/

【あらすじ】
ビル清掃の仕事をしている「僕」はある日、タワーマンションのとある部屋の前でガラスの向こうの老婆と目が合う。ひょんなことから、「僕」は老婆の部屋に通うようになってゆく。

トヨキ:古市さんは、『平成くん、さようなら』に続いて2作連続の候補作入りですね。

前作に関してはこの座談会で、都心部に住むごく一部の富裕層の人々にとっての葛藤をまるで平成を担う人たち全体の葛藤のように描くのは違うのではないか、という意見が上がったと思うのですが、私は今回の『百の夜は跳ねて』は率直にとても好きでした。就活に失敗して葛藤し続ける主人公が自分なりの道を見つける、という筋立て自体はありがちなものかもしれないけれど、読後感が本当に爽やかで、読み終えて思わず泣いてしまいました。

五百蔵:おそらく、『平成くん、さようなら』に対して寄せられた批判への古市さんなりのアンサーのような部分もあると思うのですが、それをしっかりと描ききっているし、今回の候補作のなかでは小説的な完成度が一番高いのではと思いましたね。古市さんの社会学者としてのスタンスって、基本的には世代分断ではなく、そこを結びつけるものはなにかないのだろうか、という考え方だと思うんです。そういった意味で、富裕層の人とそうではない主人公が出会い、奇妙な縁で結びつき、ふたりの関係がしだいにフラットになっていくというストーリーは彼自身のスタンスの表現にもなっていますよね。

菊池:それに、ビルの清掃という仕事が富裕層の人とそうではない主人公の唯一の接点になるというのは、すごく的を射た視点だなと思います。もっとチープな発想だと、立ち飲み屋で出会う、みたいなことになってしまう。描き込まれているディティールに注目しても、非常に社会学的なフィールドワークが生きた作品だと思いますし、5年後、10年後に読んだらもっと面白く感じそうです。

トヨキ:Google HomeやUberEatsのような、私たちの生活を満たしているアイテムを過剰なほど詳細に描くということが、前作では単に2019年のリアルタイム性を表現するためだけの要素になってしまっているように感じたんですよね。でも、今作ではその過剰さが主人公の生活費の内訳の描写などに絞られていて、それがとてもリアルかつ、富裕層とのギャップを表現するアイテムとしても生きていたように思いました。

五百蔵:それに、描写のディティールが、きちんとその人物自体を表す表現になっているのがよかったですよね。たとえば、主人公が買い物をするたびにその値段についての描写がかなり細かく入ってくるけれど、彼はそういう視点で日々の生活を送っている人物だから、そこは当然気になるよねと納得できる。彼が数字で勘定できないこと、ものもきちんと意味を持つよう描き込まれていますし。

ただ、古市さんにはそういったキャラクターを描き込んでいく能力も作家性も十分にあると思う一方で、これまでの芥川賞受賞作が持つえも言われぬ迫力のようなものは、もしかするとこの作品には薄いかもしれないですね。わかりやすいということが、選考において軽んじられないといいなと思うのですが。

今村夏子『むらさきのスカートの女』

トリッパー
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B07NN3R18H/

【あらすじ】
「わたし」は、近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる謎の女性のことが気になって仕方ない。「わたし」は彼女と友達になるため、自分と同じ職場で彼女が働き出すように誘導し……。

トヨキ:最後は今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』ですね。今村作品に関しては毎回話が盛り上がりますが、今作はいかがでしたか。

五百蔵:今村さんに対してのハードルがちょっと上がってきてしまっているというのもあるのかもしれませんが、僕は個人的に前作の『星の子』のほうが凄かったと思います。もちろん今回も小説としては抜群に面白いのですが、『星の子』やその前作の『あひる』にはあった、内臓を揺さぶられるような不穏さは感じられなかったなと。

菊池:僕も同意見で、これは「面白いなー!」という作品だと思いました(笑)。

トヨキ:わかります(笑)、純粋に面白かったです。読んでいて笑ってしまうような作品ってあまり芥川賞の候補作にはならないイメージがあるのですが、今村さんのユーモアのセンスはちょっと群を抜いていますよね。所長が死んだと思って泣いているむらさきのスカートの女の前に主人公が突如現れて逃亡を助けるシーン、読みながら爆笑してしまいました。

五百蔵:最初のほうの、むらさきのスカートの女が誰に似ているかというのを延々描写し続けるシーンも面白いですよね。そんなこと言われてもこっちはひとりも知らないよっていう(笑)。余計な修辞を一切使わずに書くというスタイルは今回も貫かれていて、とても平易な文章にもかかわらず、読み進めていくうちに語り手の異常さがにじみ出るように伝わってくる。この筆力は、本当に今村さんならではだと思います。

トヨキ:今村さんの作品の語り手って、基本的に常識や倫理観が決定的に欠けていることが多くて、その感覚が世間と乖離しているみたいなメタな認識も一切持っていないんですよね。そのまま猛スピードで話が進んでいくので、作品を読んでいる間は「面白いなー!」と思うのですが、読み終えたあとに物語と現実世界を照らし合わせて初めて「あれ?」と感じるような不気味さが魅力だと思うんです。今作でもその魅力は存分に発揮されていたと思うのですが、私も前作の『星の子』と比べると、やっぱりなにかもうひとつほしかったな……というのが正直なところです。

菊池:ただ、今村さんが今作で芥川賞を受賞されるとしたら、みんなが幸せになれるな、とは思うんですよ(笑)。というのも、今村さんの筆力からいって彼女が芥川賞をとることに否定的な人はそんなにいないと思いますし、この小説がきっかけで初めて今村夏子作品に手を伸ばす読者がいたら、「こんなに面白い作家がいたのか!」と思ってくれるでしょうし。

トヨキ:たしかにそれはおっしゃるとおりですね……! では、受賞についての話題も出たところで、総評に移りましょうか。

総評

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トヨキ:みなさんはズバリ今回、どの作品が芥川賞受賞にふさわしいと思いますか?

五百蔵:今回は小説として面白い作品はあったものの、飛び抜けて文学的な密度が高い作品というのがなかったように個人的には思うので、迷いますね。

菊池:受賞作なし、というケースもありますが、なかなか可能性は低そうですよね。個人的には『百の夜は跳ねて』は好きなのですが、ディティールを描きすぎていることが選考委員には評価されないかもしれない、とも思います。さっき話したように、今村さんに受賞してほしい人は多いと思うんですよね……。僕としては、今村さんと古市さんの同時受賞かな、と予測します。

トヨキ:私は今回の候補作だと『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』がいちばん好きで、広く議論を呼ぶ作品でもあると思うので、ぜひ高山さんに受賞してほしいです。

五百蔵:僕はあえて選ぶのであれば、小説としての完成度が高かった古市さんか今村さんを推します。

トヨキ:今回は編集部内でも意見が割れる結果になりましたね……。7月17日の発表が、いまから楽しみです!

初出:P+D MAGAZINE(2019/07/12)

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