佐藤 優「危機の読書」〈第19回〉21世紀の疎外論

危機の読書

今月の一冊
『人新世の「資本論」』(集英社新書、2020年)①


人新世の「資本論」
その善意だけなら無意味に終わる。
それどころかその善意は有害でさえある
——『人新世の「資本論」』より。

 10月31日に投開票が行われた第49回衆議院議員総選挙(定数465)の結果は以下の通りだった。

政党名   小選挙区 比例区 合計
自民    189    72   261
公明    9    23   32
維新    16    25   41
NHK党  0    0   0
立憲    57    39   96
共産    1    9   10
国民    6    5   11
れいわ   0    3   3
社民    1    0   1
※諸派・無所属からの当選はのぞく。

(改選前は、自民276、公明29、維新11、NHK党1、立憲109、共産12、国民8、れいわ1、社民1、当選者には無所属からの公認を含む)。

 この結果を素直に読むならば、自民党は15議席を減らしたが、公明党が3議席を増やし、与党では12議席減に留まっている。与党で衆議院委員会の全部の委員長ポストを独占し、どの委員会でも与党が多数を占めることになった。

 他方、立憲民主党と共産党は75%の選挙区で史上初となる本格的な選挙協力を行ったにもかかわらず、改選前より立憲民主党は13議席、共産党は2議席を減らした。与党が勝利し、野党の立憲民主党と共産党が敗北したのは明白だ。原因は、野党第一党の立憲民主党が、政権獲得後には共産党と限定的な閣外協力を行うという方針を明確にしたからだ。共産党は「普通の政党」ではない。社会主義・共産主義社会を目指す革命政党だ。

〈共産党は,第5回全国協議会(昭和26年〈1951年〉)で採択した「51年綱領」と「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」とする「軍事方針」に基づいて武装闘争の戦術を採用し,各地で殺人事件や騒擾(騒乱)事件などを引き起こしました。/その後,共産党は,武装闘争を唯一とする戦術を自己批判しましたが,革命の形態が平和的になるか非平和的になるかは敵の出方によるとする「いわゆる敵の出方論」を採用し,暴力革命の可能性を否定することなく,現在に至っています〉(公安調査庁HP)

 来年2022年はコミンテルン(国際共産党)日本支部として日本共産党が創立されて百年にあたる。

 共産党の現行綱領でも「資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革」が目標として掲げられている。コミンテルン日本支部として発足した時点から共産党が革命を放棄したことは一度もない。

 立憲民主党は、今回の総選挙で各小選挙区において1〜2万票あると見られる共産党票を得られると計算したのであろう。共産党も、自公政権を倒すという名目で、小選挙区から共産党候補者を立てずに供託金没収で党の財政に悪影響を与えることを防ぐことが出来る。

 また共産党の応援で当選した立憲民主党の議員は共産党の政策を忖度するようになる。このようにして国会で共産党が望む社会主義革命・共産主義革命に向けた環境整備が可能になる。

 他方、この選択は立憲民主党にとって大きなリスクを伴うものだった。まず共産党と連携する立憲民主党を支持する経団連傘下の経済人は皆無になる。

 第二に、官公労を除く連合傘下の組合は経団連傘下なので共産党に対する忌避反応が強い。立憲民主党は連合傘下の多くの組合から支持を得ることが難しくなる。

 第三に共産党系の民商・全商連と御縁がある人を除き中小企業経営者、個人事業主も共産党と連携する立憲民主党を支持しないであろう。第四に自民党と連立与党を構成する公明党の支持母体である創価学会にとっては、価値観の観点から共産党を受け入れることができない。そのため公明党と支持母体である創価学会は、自民党、公明党の候補者を当選させるために徹底した票の掘り起こしを行うことになった。

 共産党との連携で、立憲民主党は、共産党から得られる票の足し算だけを考えていたが、経団連、連合、中小企業・個人事業主の票が逃げ、創価学会が本気になって共産党の推薦を得た立憲民主党の候補を落選させるために自民党候補の選挙運動を行うことを十分に計算していなかった。

「大義ある共闘」だった?

 興味深いのは客観的に見れば敗北であることが明白なこの総選挙について、共産党が「大義ある共闘として取り組まれ、確かな効果を上げていると思います」という総括を暫定的に行ったことだ。共産党の志位和夫委員長は、10月31日23時20分ごろ、党本部で記者会見し、総選挙を評価して以下のように述べた。

〈開票の途上なので、現時点でのコメントを述べたいと思います。/私たちは今度の選挙を「野党共闘で政権交代を始めよう」と訴えてたたかいました。この野党共闘は、確かな効果を上げていると考えております。/今度の野党共闘は、市民連合のみなさんと野党4党が20項目の共通政策に合意をし、立憲民主党との関係では、政権協力での合意も確認しました。そのうえで小選挙区の調整を行い、214の小選挙区での一本化を図りました。/それは大義ある共闘として取り組まれ、確かな効果を上げていると思います。/これも今、開票の途上ですので詳しいことは分析してみたいと思いますが、都市部の自民党の有力議員を倒す、これは野党共闘なしにはできなかったと思います。これは効果を上げただろうと考えておりまして、ぜひ、野党共闘の道は引き続き、揺るがず発展させたいと考えております。〉(11月1日「しんぶん赤旗」)

 志位氏の発言は決して虚勢ではないと思う。共産党は組織を温存して革命に備えることを第一義的目的としている。

 従来のようにほとんど全ての小選挙区に候補者を擁立して供託金が募集されるような事態は、避けたかった。今回、立憲民主党を中心とする野党共闘に加わることは共産党にとって渡りに船だったのである。

マルクスと日本共産党

 日本では国会に議席を持っているマルクス主義政党は共産党だけだ。その関係でマルクス主義解釈において共産党流のスターリン主義が標準と見なされている。マルクスは偉大な知識人であり、その知的営為を共産党と切り離して理解することが重要だ。

 この点で非共産党マルクス主義にもっと光をあてる必要がある。評者が現在、もっとも関心を持っているのが斎藤幸平氏(大阪市立大学准教授、1987年生まれ)によるエコロンジーの視座から『資本論』を再解釈する作業だ。地球生態系の危機について、斎藤氏は、『人新世の「資本論」』のなかでこう指摘する。

〈事実、かつてならば「一〇〇年に一度」と呼ばれた類いの異常気象が毎年、世界各地で起きるようになっている。急激で不可逆な変化が起きて、以前の状態に戻れなくなる地点(ポイント・オブ・ノーリターン)は、もうすぐそこに迫っている。/例えば、二○二○年六月にシベリアで気温が三八℃に達した。これは北極圏で史上最高気温であった可能性がある。永久凍土が融解すれば、大量のメタンガスが放出され、気候変動はさらに進行する。そのうえ水銀が流出したり、炭疽菌のような細菌やウィルスが解き放たれたりするリスクもある。そして、ホッキョクグマは行き場を失う。/危機は複合的に深まっていくのだ。そして、「時限爆弾」に点火してしまえば、ドミノ倒しのように、危機は連鎖反応を引き起こす。それはもはや人間の手には負えないものだ〉

 地球生態系の危機は、できるだけ多くのモノやサービスを商品にし、利潤を追求するという内在的論理を持った資本主義によって必然的にもたらされる。水の事例について斎藤氏はこう説明する。

〈水道が民営化されると、企業が利益を上げることが目的となるため、システム維持に最低限必要な分を超えて水道料金が値上げされる。/水に価格をつけることは、水という限りある資源を大切に扱うための方法だという考え方もある。無料だったら、みんなが無駄遣いをしてしまう。それが、生態学者ギャレット・ハーディンが提唱したことで有名な「コモンズの悲劇」の発想である〉

偽りの処方箋

 斎藤氏に言わせると悲劇の原因は水という共通資本ではなく、商品化だ。

〈だが、水に価格をつければ、水そのものを「資本」として取り扱い、投資の対象としての価値を増やそうとする思考に横滑りしていく。そうなれば、次々と問題が生じてくる。/例えば、水道料金の支払いに窮する貧困世帯への給水が停止される。運営する企業は、水の供給量を意図的に減らすことで、価格をつり上げ、より大きな利益を上げようとする。水質の劣化を気にせず、人件費や管理・維持費を削減するかもしれない。結果的に、水というコモンズが解体されることで、普遍的アクセスや持続可能性、安全性は毀損されることになる。/ここでも、水の商品化によって「価値」は増大する。ところが、人々の生活の質は低下し、水の「使用価値」も毀損される。これは、もともとはコモンズとして無償で、潤沢だった水が、商品化されることで希少な有償財に転化した結果なのだ。だから、「コモンズの悲劇」ではなく、「商品の悲劇」という方が正しい〉

 斎藤氏は人間とカネの交換で、人間を疎外し、地球環境を破壊する経済に歯止めをかける障害となっているのが国家や資本によって提示される偽りの処方箋だと指摘する。

〈温暖化対策として、あなたは、なにかしているだろうか。レジ袋削減のために、エコバッグを買った? ペットボトル入り飲料を買わないようにマイボトルを持ち歩いている? 車をハイブリッドカーにした?/はっきり言おう。その善意だけなら無意味に終わる。それどころか、その善意は有害でさえある〉

 個人的には善意であると思って行っている行動が客観的には構造悪を温存してしまう。このような状況をマルクスは疎外と名づけた。斎藤氏は21世紀に疎外論を甦らせようとしている。

(2021年11月1日脱稿)


「危機の読書」アーカイヴ

佐藤 優(さとう・まさる)
1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ソ連日本国大使館でソ連崩壊を目撃。『自壊する帝国』にて大宅賞、新潮ドキュメント賞受賞。『国家の罠』『獄中記』『十五の夏』など。

〈「STORY BOX」2021年12月号掲載〉

◎編集者コラム◎ 『夏至のウルフ』柏木伸介
◎編集者コラム◎ 『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』三浦英之