佐藤 優「危機の読書」〈第6回〉天上の革命と人間の責任


今月の一冊
『なぜ私は生きているか』 (ヨゼフ・ルクル・フロマートカ/著 佐藤優/訳)


危機の読書
なぜ社会革命の衝撃をほとんど理解しなかったのか。
——『なぜ私は生きているか』より

 第1次世界大戦の大量殺戮と大量破壊によって、人間の理性によって理想的社会を建設できるという楽観主義は消え去った。スイスのプロテスタント神学者カール・バルトは、人間が神について語るのを止め、神が人間に語りかける事柄に真摯に耳を傾けるべきと解いた。神の言葉は聖書に記されている。バルトは新約聖書の「ローマの信徒への手紙」の読み解きに取り組んだ。

 フロマートカは、バルトとは別の経路を辿って同じ認識に至った。

〈一方において、われわれがしなければならないのは聖書の使信の本質に沿って行動することである。近代神学は聖書の出来事の本質と生きたキリストの教会の核心を掴むことができなかった〉(ヨゼフ・ルクル・フロマートカ[佐藤優訳]『なぜ私は生きているか──J・L・フロマートカ自伝』新教出版社、1987年、33頁)。

 フロマートカは、シュライエルマッハー以降の19世紀プロテスタント自由主義神学は、袋小路に陥ってしまい、人間の救済というキリスト教本来の目的を達成できなくなってしまったと考えた。同時に近代に背を向け、コペルニクス革命より前の世界像に固執するカトリック神学も有効性を喪失していると考えた。

〈カトリックであれプロテスタン卜であれ伝統的神学は、伝統と教会制度の硬直した形態のなかで聖書の使信を凍らせてしまった。われわれは慣習的な政治体制と社会的、民族的偏見から解放されていない。今日でさえ私は、外面的歴史的、文化的相違にもかかわらず、世界中の教会が限界と停滞を伴う小ブルジョアの心情にかなり影響を受けているのはなぜかという疑問にいつも頭を悩ませている。なぜ教会は、この不安定で汚れた世界で行動することによって手を汚すことのない善良で上品な人々によって構成されているなどといったことを確信するようになったのだろうか。なぜ教会員の中に日常の民族、政治、教会生活を打破できるような見識がほとんどないのか。これはわれわれがしっかりと聖書に根をおろしていないことによるのではないか。あるいは福音の革命的神秘の本質を見抜いていないからではないか〉(前掲書33頁)。

 フロマートカにとって聖書の内容は革命的だ。地上の革命よりも天上(もちろん形而上的な天上ではない。人間の力が及ばない外部の意味)における神の革命が先行するのだ。神の革命に対応し、人間が責任を負うことが地上における革命なのである。宗教改革の意義は、キリスト教徒がこのような受動的革命性を認識したことであるとフロマートカは考える。

〈なぜ宗教改革の教会は、神学と実践において、信仰のみ、あるいはただ神の恩寵のみの義認に関する、数箇の古宗教改革の主題に関心を集中するのか。なぜわれわれはナザレのイエスがシナゴグと神殿から追放され律法学者と祭司によって死刑を宣告されたという事実を真面目に受けとめなかったのか。なぜわれわれはハンセン氏病患者と浮浪者の中に行き、路傍で浮浪者として生き、誰もかまわないような人々を神の国へ導こうとした例に従わなかったのか。なぜ社会革命の衝撃をほとんど理解しなかったのか。今日においてさえ、なぜ圧倒的大多数の教会は(社会主義諸国においても)一九一七年の出来事と関係を悪化させるような冷淡な試みを行なうのか〉(前掲書33〜34頁)。

 1917年11月のロシア社会主義革命も神の革命に対応して起きた出来事なのである。この革命の意味を近代的な市民社会(ブルジョア社会)と同化してしまったキリスト教徒は理解できないのだ。イエスは常に貧しい者たち、虐げられた者たちとともにあった。しかし、教会は、これらの人々、とりわけ近代賃金労働者階級(プロレタリアート)を交わりの外側に追いやってしまった。キリスト教徒がやるべきことをやらないので、神が共産主義者に働きかけて、貧しい者たち、虐げられた者たちのために革命を促したのだとフロマートカは考える。

第1次世界大戦とは何か

 第1次世界大戦は、民衆に禍をもたらした出来事だった。この惨事がキリスト教文明圏から発生したという事実をフロマートカは重視する。戦争を通じて神がわれわれに何を呼びかけているかを耳を澄ませて聞かなくてはならない。〈これが第一次世界大戦以降の私の頭を離れない神学的問題である。同時に私は批判的に自己を分析し、現代の問題を表明するのに真に適切な言葉を見つけることができたかと自問している。育ってきた時代を正しく理解してきたかを、私は常に自問してきた〉(前掲書34頁)。

 ところで、敗戦国のドイツとオーストリアにとって、第1次世界大戦は災厄であり、破滅であった。これに対して、チェコ人とスロバキア人は、この戦争でオーストリア=ハンガリー二重帝国(ハプスブルク帝国)が解体したことにより、自らの民族(国民)国家を持つことができた。第1次世界大戦によって民族の悲願が成就したという面もあるのだ。

 チェコスロバキア国家は、フス派の伝統を継承するプロテスタンティズムが国家建設の原動力になった。このプロテスタンティズムは民族意識と結びついて、チェコスロバキア共和国初代大統領のトーマシュ・マサリクも建国運動を進める過程でカトリックからプロテスタントに改宗した。フロマートカも民族意識を強く持つようになった。

〈第一次世界大戦後、チェコ・プロテスタント合同運動に参加したとき、私はこの運動を民族解放に対する情熱と考えた。既に言及したように、公的活動の社会的側面は私の関心の中心に近いところにあったが、戦争中私の思想を支配したのは民族解放闘争であった〉(前掲書34頁)。

 マサリクの場合、父親がスロバキア人で母親がチェコ人だ。当然、両民族の複合アイデンティティーを持っている。父の国と母の国が同一であることが望ましいという意識を深層心理においてマサリクは抱いていたのだと思う。しかし、チェコ人であるフロマートカにとって、スロバキア人は異質な存在だった。

〈チェコ人とスロヴァキア人の共存は予想したほど単純なものではないということをわれわれは徐々に認識するようになった。旧ハンガリー帝国の文化的、社会的構造が数世紀にわたりハンガリー人と密接な関係を持っていたスロヴァキア人に影響を与えていた。チェコ人とスロヴァキア人が共存する際の重要な問題を認識するために、両民族の意識を調査することが必要であった。新国家の政治生活の出発点は、最近の解放に対する牧歌的喜び、政治的経験の欠如、平和的進歩の長い時代の入口に立っているのだという呑気な確信によって特徴づけられていた。既に述べたように、マサリクはチェコスロヴァキアの社会に成熟した国際主義と思慮深さを植えつけた。しかしマサリクでさえヨーロッパの平和は今後長く続くと確信していた〉(前掲書38〜39頁)。

 民主主義という理念によって結合することが、民族主義によって、チェコ人とスロバキア人が反目しないようにするために、死活的に重要だった。

 ちなみに1948年2月に社会主義化した後、チェコ人とスロバキア人を結びつけるメタ理論として機能したのが共産主義だ。1989年11月のビロード革命でチェコスロバキアの共産党体制が崩壊した。その後、チェコ人とスロバキア人を結合するイデオロギーは表れなかった。スロバキア人は民族意識を高め、それに対応してチェコ人の民族意識も高揚した。結果として、1993年にチェコ共和国とスロバキア共和国が分離して、今日に至っているのである。

ソ連への接近は必然だった

 1920年代にもチェコ人とスロバキア人の軋轢が高まる可能性があった。しかし、それを上回る脅威が西側から迫ってきた。ドイツにおけるナショナリズムの台頭だ。

〈しかしその時期に東で新たな危機が発生し、西ではドイツ国家主義の破壊的傾向が再び頭をもたげていた。一九一九年―一九二○年の平和条約は戦後ヨーロッパの再編に対し脆弱な基盤を与えているにすぎなかった。フランス、イギリス、アメリカのどの政治指導者も現代人が直面している問題の大きさを正確に捉えることができなかった。彼らは、一九一七年のロシア革命も、攻撃を受け、敗北したドイツ人の心理における病的興奮症状をも深刻に理解しなかった。あるいは恐らく彼らはロシア革命のダイナミズムとドイツ国民の病的熱狂を意識していたが、戦後ヨーロッパのこの二つの衝撃的問題は武力によって統制できると信じたのであろう。私は判決を言い渡したいのではない。われわれは皆、戦後ヨーロッパの隠れた混乱と権力を制御するには、知的、精神的、政治的にあまりに弱かったのである〉(前掲書39〜40頁)。

 西からはドイツのナショナリズム、東からはソ連の共産主義の脅威が中東欧諸国に及んだ。チェコ人とスロバキア人は、イギリス、フランス、アメリカを味方につけて、その軍事力を背景にする外交で、ドイツとソ連の脅威からチェコスロバキア国家を防衛できると考えた。フロマートカ自身もそのような考えをしていた。しかし、勢力均衡論によってはドイツの侵略からチェコスロバキア国家を守ることはできなかった。

 この経験から、フロマートカは、第二次世界大戦後、ソ連に接近することが安全保障上、死活的に重要と考えたのである。

〈今日の視点より見るならば、一九一四年の第一次世界大戦の勃発と一九一七年のロシア革命は、ヨーロッパの古い構造と世界秩序の激しい変動の出発点であったということを十分理解できる。今日においてもなお、われわれはヨーロッパと西側の政治的、社会的、精神的問題を十分に吟味したとは言えないのである。(第二次世界大戦後に起こった事件と動乱については言うまでもない。)〉(前掲書40頁)。

 キリスト教と結びついたヨーロッパ文明は内発的生命を衰弱させてしまったとフロマートカは考えたのだ。

 フロマートカは、マサリクの人間性の理念と民主主義によって、ヨーロッパは時代の危機を克服できるであろうと考えた。しかし、その見通しは甘かった。

(2020年9月30日脱稿)


「危機の読書」アーカイヴ

 

佐藤 優(さとう・まさる)

1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ソ連日本国大使館でソ連崩壊を目撃。『自壊する帝国』にて大宅賞、新潮ドキュメント賞受賞。『国家の罠』『獄中記』『十五の夏』など。

〈「STORY BOX」2020年11月号掲載〉

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