佐藤 優「危機の読書」〈第7回〉キリスト教が絶対に正しいとは言えない


今月の一冊
『なぜ私は生きているか』 (ヨゼフ・ルクル・フロマートカ/著 佐藤優/訳)


危機の読書
現在われわれは二度目の世界の崩壊は、ヨーロッパ全体の政治路線の延長にあったという事実に直面している
――『なぜ私は生きているか』より

 話を1910年代末から20年代初頭に戻す。フロマートカはチェコスロバキア共和国初代大統領マサリクのヒューマニズムと民主主義を二面的に評価する。

〈私にとってマサリクの政治的路線は明確であり、彼の社会的倫理的ヒューマニズムはわが国内のチェコ・ドイツ問題を制御するに十分強力であると確信していた。はじめから共和国の国境付近に住んでいた三百万人のドイツ人は、社会的民族的に分割されたヨーロッパの中心に位置するチェコスロヴァキアの平和的、政治的、文化的進歩に対する脅威となった。戦争の終結は、ヨーロッパを、政治的、社会的問題が解決されていない深い泥沼の中に突き落とした。しかしマサリクの指導力は、新たな抗争の危険を克服し、チェコスロヴァキアのみでなく全ヨーロッパがドイツ問題を統制し、一九一七年のボルシェヴィキ革命に対する創造的理解のための基礎を形成する道を少なくとも示すであろうとわれわれは信じた。これは難しい課題であった。不可能と思われた。現代ヨーロッパは政治的、社会的、民族的、精神的に危機に陥っていたので、もはや重大な使命を果たすことができなかった。恐らく以前より使命を果たす地位を失っていたのである。なぜなら現在われわれは二度目の世界の崩壊は、ヨーロッパ全体の政治路線の延長にあったという事実に直面しているからである〉(ヨゼフ・ルクル・フロマートカ[佐藤優訳]『なぜ私は生きているか──J・L・フロマートカ自伝』新教出版社、40~41頁)

 マサリクだけでなくこの時点ではフロマートカも、危機の精神的根源がどこにあるかを正確に把握できなかった。ユダヤ・キリスト教の伝統(ヘブライズム)、ギリシア古典哲学の伝統(ヘレニズム)、ローマ法の伝統(ラティニズム)によって形成されているヨーロッパというシステム自体が生命力を衰退させ、機能不全に陥っていたのである。

 このヨーロッパを形成するシステムの弱点を突いて台頭したのがドイツのナチズムとロシアのボリシェヴィズム(共産主義)だった。

〈マサリクは既に二○年代にドイツ国家主義の拡大に危惧を抱いていたということを、われわれは個人的にマサリクと親しい人物より聞かされていた。われわれは、ドイツ・プロテスタント教徒の大多数が一九一八年のドイツ敗北の結果を誤解しており、この誤解がワイマール共和国の平和的発展を不可能にしたという点でマサリクと共通の見解を持っていた。マサリクは国民生活の社会的再建に対する現実的計画を持っていた。しかしマサリクは革命ロシアとソヴィエト政権をヨーロッパ社会、あるいは国際社会に加えるような決断力と配慮を持ち合わせていなかった。二○年代、あるいはそれ以降においても、チェコスロヴァキアはソヴィエト・ロシアとの開かれた積極的協力なしには平和を維持し、戦後世界の根本問題をも解決できないということを理解しなかった〉(41頁)。

政治を除外できない

 フロマートカにとって、キリスト教信仰は信徒の生活全体を貫く原理だ。そこから政治を除外することはできない。

〈私があまりに政治や国際問題について話をしすぎているように見えるかもしれない。しかし、私が神学的思考を確立させた時期に起こったこれらの出来事すべては教会的、神学的闘争と結びついており、数年間これらの厄介な問題は私が夢中になった二つの問題のうちの一つであった。二○年代を回顧してみると、神学的努力を傾けた三つの領域を認めることができる〉(前掲書41頁)。

 ここでいう3つの領域とは、マサリクの思想、弁証法神学、カトリシズムであるが、時代の危機認識を捉える上では、フロマートカの弁証法神学(危機神学、神の言葉の神学と呼ばれることもある)。フロマートカは、カール・バルトらによる弁証法神学が、第1次世界大戦に直面して自由主義神学が時代に対する有効性を喪失したが故に生まれたと考える。

〈私の見解はカール・バルト、エドゥアルト・トゥルナイゼン、そしてその共働者たちの革命的神学の主張と一致した。戦前の近代神学が戦時中と戦後の激動のなかではもはや有効ではないということを自覚して以来、私はバルトの影響を偏見を持たずに受け入れた。戦前の神学は、この時期のヨーロッパの平和的発展にあまりに束縛されてしまい、中央ヨーロッパのアカデミックな知性主義の基盤の上ではぐくまれ、人間の弱さの深淵を探求すること、あるいは見かけ上の平穏の下で進行してきた深淵を探求することができなかった。生きたキリストの教会の宣教は何であるのか。単に宗教を供給し、国民的社会的生活をもっと美しくすることなのだろうか。その宣教はいわゆる宗教的諸要求を扱うべきであり、その範囲は宗教自身が必要とする生活の限定された領域に限られ、残りの社会的、政治的、学究的、文化的生活は無視すべきなのだろうか。あるいは、教会の宣教はむしろ、まったく複雑で分裂したこの世界に対して、高いところからの、絶対的かつ不可避的に赦しを与える恩寵と、人間とこの世界に対する審判を示す宣教をすべきなのだろうか。バルト神学の出発点は、アカデミックな問題にあるのではなく、むしろ教会に関する、すなわちこの世界における教会の目的と宣教に関する問題にある〉(前掲書46~47頁)。

 プロテスタント神学は制度化されたアカデミズム(大学)に組み込まれてしまったため、キリスト教が持つ本来的な生命力を失ってしまった。キリスト教は救済宗教だ。神の言葉を聖書を通して知るというキリスト教の復古維新が弁証法神学なのである。

〈私は最初から、バルトの声は戦前の世界の破滅から発生した絶望の叫び以上のものであることに気づいていた。バルトの神学が、現代の社会と文化の混乱に対する応答と解釈され、時代の危機から聖書の権威と教会に対する集中に退避するある種の逃避と解釈されたとしても、この神学的闘争の最も深い動因は、混乱し、動揺した世界のまん中で、聖書の言葉の生きた意味と、旧・新約聖書の生きた主題と、教会共同体の根本的課題を掴もうとする能動的かつエネルギッシュな企図であるということは、私には明らかであった。それは近代神学が捉えそこねた何かを扱っていた。なぜなら近代神学は、硬直した教義体系と教職制度の中で、生きた、人間の心に衝撃を与える言葉を閉ざしてきたからである。バルトの神学は、決して神学の学問的方法からの、批判的思惟からの、不安定な世界からの逃避ではなかった。人間の知的、哲学的、社会的、政治的カテゴリーを超越する現実に対する批判的な闘争であった。私は、この大胆かつ積極的な決意に、バルトの神学的闘争、すなわち後に、ナチス時代のドイツ・プロテスタンティズムの宿命的危機のなかで根本的な姿をとるようになった闘争の真の特別の意味を理解した。神学が根本的機能を回復し、時代の激しい社会的・政治的波に巻きこまれた人々の人生の中で創造的な力となるためには、聖書の実際の核心を見抜き、生ける教会のまさにその土台へ降りていくことが不可避となるのである〉(前掲書47~48頁)。

信仰即行為は神学即行為

 人間が神について語ることを止め、神が聖書を通して人間に語りかけている事柄に素直に耳を傾けた結果、バルトはナチズムと戦わなくてはいけないと考えた。バルトにとって神学は信仰と不即不離の関係にあった。プロテスタンティズムにおいては信仰即行為である。従って、神学即行為なのである。この点で、バルトの考えはスイスの宗教社会主義者ラガツと近かった。

 しかし、ラガツは自分の社会主義思想を聖書に投影していた。バルトは逆に聖書の言葉に徹底的に耳を傾け、実践においては社会民主主義者に近い行動を取ったが、社会主義イデオロギーは拒否した。その結果、バルト神学は制度化されたアカデミズムに受け入れられやすくなった。それによってバルティアン(バルト主義者)が生まれ、弁証法神学が生命力を失っていった。フロマートカはその過程を以下のように理解する。

〈バルトの神学はラガツの宗教社会主義の修正であった。クッターとラガツの著作には、聖書と教会生活の核心が社会的、政治的情熱に早まって変形されてしまう危険性が存在する。しかし他方、恐らくより大きな危険がバルト神学にも存する。すなわち後に教会の神学に変形されたバルトの危機神学(あるいは弁証法神学)は一つの学派を形成した。バルト神学はあまりに体系化され、バルティアンは歴史の新展開を理解する可能性を失ってしまった。われわれが試みたのは、バルトの影響をクッターとラガツの強調点と共に受け入れることであった。すべての神学体系と教会制度の限界を認識させた点でラガツはわれわれに影響を残した。教会の新たな闘争、課題を追究したラガツによって歴史の流れが救われるべきであった。しかし過去を回顧した時、エルンスト・トレルチの幅広い見識は戦後ドイツの新状況下ですぐに忘れてよいものなのかという疑問が常に私の頭にはあった。トレルチは神学の舞台より引退し、一九二三年に早すぎる死を迎えた。トレルチ神学は宣教の神学の聖書的核心を失ったので死に果てた。神学者としてトレルチはバルトに場を譲る運命にあった。しかし、一九二○年代、国家主義がドイツの教会と神学を支配し、ほんの一握りのドイツのプロテスタント教徒しか第一次世界大戦、君主政の崩壊、ドイツ侵略主義の敗北の意味と結果を理解していなかった時期に、トレルチは、バルトの回りに集まった神学者よりも、もっと効果的にドイツ思想に影響を与えることができたのではないかと私はしばしば思う。もっともこれはもちろん現代の視点で考えてのことであるのだが〉(前掲書48~49頁)

 トレルチは社会学的方法をキリスト教史に適用して、他宗教に比較してキリスト教が絶対に正しいとは言えないという結論を導いた。この価値相対主義を踏まえた上で、多元的価値観の中で私にとっては絶対に正しい事柄が、他者にとっては異なることを認めるような信仰が危機を克服するために不可欠と考えた。筆者はこの考えに立って連載に臨んでいる。

(この項終わり、11月1日脱稿)


「危機の読書」アーカイヴ

 

佐藤 優(さとう・まさる)

1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ソ連日本国大使館でソ連崩壊を目撃。『自壊する帝国』にて大宅賞、新潮ドキュメント賞受賞。『国家の罠』『獄中記』『十五の夏』など。

〈「STORY BOX」2020年12月号掲載〉

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