佐藤 優「危機の読書」〈第9回〉秘密は死んでも守り通せ

危機の読書

今月の一冊
「鉄の規律によって武装せよ!」『宮本顕治著作集 第一巻 一九二九年~三三年』(新日本出版社、2012年)


宮本顕治著作集
革命的闘争の犠牲は幾百万大衆の闘争の焔となる。
―「鉄の規律によって武装せよ!」より

 日本共産党は危機に強い政党だ。共産党にとって最大の危機は、1991年12月のソ連崩壊だった。なぜなら世界各国の共産党は、日本共産党を含め、ソ連の指導によってコミンテルン(共産主義インターナショナル=国際共産党)の各国支部として作られたからだ。

 ソ連崩壊によって、先進資本主義国の共産党は、ほとんど崩壊してしまった。共産党という名称を社会党や左翼等に変更した。これに対して、日本共産党は党名を維持すると共に、影響力を維持している。

 2020年1月14~18日、日本共産党第28回大会が行われた。初日に小池晃書記局長が報告を行ったが、党勢についてこう述べている。

〈後退したとはいえ、全国の地域・職場・学園に27万人余の党員、100万人の「しんぶん赤旗」読者をもち、国民と草の根で結びついた自前の組織、政党助成金や企業・団体献金に頼らない自前の財政をもっている政党は他に存在しない〉(『文献パンフ 日本共産党第28回大会決定集』日本共産党中央委員会出版局、2020年)

 共産党のような党が「他に存在しない」というのは小池氏の指摘の通りだ。革命に命をかけた献身的な党員によって支えられる共産党は「普通の政党」ではない。

 ここで重要になるのが宮本顕治氏の思想だ。宮本氏は文芸評論家でもあるので文章がうまい。2012~13年に不破哲三氏(日本共産党付属社会科学研究所長、前党中央委員会議長)、志位和夫氏(党中央委員会幹部会委員長)らが編集委員となって『宮本顕治著作集』(全10巻)を刊行したのも、宮本氏の思想が共産党では今も生きているからだ。

 宮本氏は、党員が革命的理論によって武装することが不可欠であると強調する。

〈全党員は、コミンテルンの綱領・規約、とりわけ三十二年テーゼを日常闘争の指針として十分に把握しなければならぬ。/マルクス・レーニン主義による思想的武装なくしては、党の確固たる統一はありえない。もしもわれわれが共産主義の原則にたいして無関心であり、無知であったならば、われわれは佐野・鍋山の裏切理論──支離滅裂な「プロレタリア天皇主義」にも容易にだまされてしまう。秘密警察、スパイ、挑発政策がいよいよ悪らつになりつつある今日では、敵の挑発に寸分のスキも与えないための革命的理論による全党員の武装が絶対的に必要である。共産主義の原則にたいする不抜の確信なしには鉄の規律はありえない〉

 もっとも最近の共産党は、党内でも革命という言葉をあまり使わないようだ。また、「理論による全党員の武装」というような、おどろおどろしい言葉も避ける。1950年代に共産党が暴力革命を目指していたこと(現在の共産党は、分裂した一方の側が勝手にしたこととして責任を回避するが、説得力が無い)について一般党員には説明しないようだ。そんな説明をすると「この党は、恐いことをしていた」と党員が逃げ出してしまう可能性があるからだ。

 もっとも、筆者のような共産党批判を無視していると専従(職業革命家)から「あんな奴に言われっぱなしでいいのか」という突き上げが党幹部に対してなされる。「しんぶん赤旗」は、筆者の共産党批判を無視することの利益と損失を計算しているのだと思う。批判した場合、その後、筆者やその考えに共鳴する人たちが共産党批判を強め、当然、それに共産党は再反論するが、27万人にも党組織が膨れ上がっている現状で、市民社会の常識から外れる暴力革命や武装、リンチ、拷問といった言葉が用いられること自体が一般党員に与える影響を計算するであろう。いずれにせよ現下日本の政治に無視できない影響を与えている共産党について研究することはとても重要だ。

アメリカ人のビジネスセンス

 宮本氏は共産党員の仕事のスタイルはスターリンの指針に従うべきだと強調する。

〈与えられた仕事を期日どおりに遂行することと仕事にたいする個人的責任を明白にすること、以上は党活動を停滞なしに遂行する第一条件である。同志スターリンの「アメリカ的事務的才能とロシア的革命的熱情との結合」が必要である〉

 ロシア人の情熱とアメリカ人のビジネスセンスを結合せよというのはユニークな発想だ。もっとも現在のロシアの政治エリートは革命ではなく帝国主義的権益拡張に情熱を燃やしている。

 宮本氏は、共産党にとって重要なのは秘密保全であると強調する。

〈どんな信頼できる同志にも直接仕事と関係のないことを絶対にシャべるな! アジトにあっては生活を正常的に忍耐づよくおこなえ! 多人数で街頭、喫茶店等をウロつくな! 連絡線は相手以外の第三者に絶対に知らせるな! 他人の連絡線を便宜的にかりるな! 連絡は自動的に回復できるように二重、三重にとれ! 同一連絡線をくりかえしてもちいるな! 時間は励行せよ! 組織の秘密は記録するな! 人名アド等は暗記せよ! やむをえない場合は絶対に他人に知られぬ方法でしるせ! とくに連絡についてはそうだ!〉

 この規律は、政党というよりもCIA(米中央情報局)、SVR(露対外諜報庁)、モサド(イスラエル諜報特務庁)などのインテリジェンス機関のものだ。筆者も外交官時代は情報(インテリジェンス)業務に従事していたが、どんなに信頼できる同僚や家族にも、仕事上の秘密は絶対に話さなかった。雑談でも仕事の秘密に気づかれるような話は一切しなかった。また、秘密や人名、電話番号はノートに記さず、記憶した。

 インテリジェンス・オフィサーは記憶力がよくなければなれない。宮本氏は、獄中回想録からもビジュアル型の優れた記憶力を持っていることが伝わってくる。宮本氏は報告書を作成するコツについても指南する。

〈なお、報告書を提出する場合には、細胞所在工場名や企業の党員数を明記するな! 提出、受取、中央部への伝達は、もっとも敏速に安全にやれ! かつてスパイが通信網に巣くっていた時代には、やつらは一切の原文を秘密警察にわたし、書き写しだけを廻送してきた! 通信・レポ報告書はただちに所定の機関に伝達せよ! そして重要な報告は細字にて書き、密封して中途にて絶対にひらかれぬように工夫せよ!〉

 モスクワの日本大使館に勤務していたとき、特に高度な秘密情報については、一部だけ文書を作成し、写しを取らずに同僚の外交官に託して東京の外務本省の幹部に届けた。また公電(外務省が公務で用いる電報)にする場合も情報源の名前や会見場所は秘匿した(日時は正確に記した)。

 文書の扱いについても、宮本氏の指針は国家機密を扱う役所に似ている。歴史の巡り合わせが少し違って、宮本氏が旧大日本帝国陸軍の情報参謀になっていたならば「宮本機関」を組織して多大な成果をあげたと思う。

牢獄生活こそ最大の試練

 ところで、共産党は民間政党だ。国家は民間にこのようなインテリジェンス機関が存在することを嫌う。なぜなら国家はあらゆる領域に権力が及ぶようにしたいという欲動を持つからだ。これは国家の本性ともいえる。国家は、自らがアクセスできない情報空間を嫌う。そのような情報空間を持つ共産党に、インテリジェンスに従事する情報官僚は忌避反応を抱くのである。

 宮本氏は、共産党員は警察に逮捕された場合、拷問されても完全黙秘を貫くべきだと主張する。

〈真に生命を党にささげるならば、どんな拷問迫害も、幾百幾千日の拘留生活も、そして死もまたなにものでもない! 革命的闘争の犠牲は幾百万大衆の闘争の焔となる。それはやがてきたるプロレタリア革命の歴史に美しくそめぬかれるであろう!〉

 死んでも構わないと腹を括っている人は強い。戦前、戦中、非転向を貫いた共産党員は少なからずいる。しかし、完全に黙秘したのは宮本氏だけだ。

 ちなみに筆者は2002年5月14日、鈴木宗男事件に連座して、東京地方検察庁特別捜査部によって逮捕され、512日間、東京拘置所の独房に勾留された。当初、筆者は完全黙秘しようと考えていた。しかし、弁護人から「実務家的観点からすると、黙秘は不利です。否認を貫いた方がいいです」と強く勧められた。検察官経験者のある弁護士によると被疑者が黙秘すると「面倒だなこいつ。刑期を1・5倍にしてやろう」と腹の中で思うそうだ。筆者の判決は懲役2年6カ月(執行猶予4年)だったが、黙秘していたならば懲役3年6カ月で実刑になっていたと思う。

 宮本氏は起訴された後の獄中生活の重要性についてこう述べる。

〈警察で沈黙をまもりとおしただけでわれわれの闘争はおわったのではない。永い牢獄生活こそ、試練の最大のものだ。ここでこそ外界からの絶縁、ありとあらゆる誘惑と説教、そして侮蔑と迫害がまちうけているのだ。/ここで敗北すれば、過去幾十年の闘争経歴もまったく反対者に転化する〉

 否認していると勾留が長期間になる。これに耐えるのは、取り調べに対応するよりも面倒だ。さらに宮本氏は公判では自らの主張を積極的に展開せよとアドバイスする。

〈検事廷はもとより、予審、公判のいずれにあっても、党の機密、党活動の組織的事実については一言ものべるな! 実に佐野・鍋山の裏切の第一歩は、この規律をふみやぶったことにはじまる。/法廷にたったわれわれは、組織を追求することを目的とする敵の訊問にたいして答えてはならぬ。われわれは、敵の訊問の機会をとらえ、労働者、農民大衆にたいして、わが党の政策の正当性を明示するとともに、階級裁判にたいする闘争を精力的に展開するのだ〉

 筆者も公判廷では、自らの主張を十分に展開した。公判を担当する検察官もそれに協力してくれた。公判廷は、検察が設定した土俵なので、そこで被告人が勝利することは(特に相手が特捜検察の場合)、まず不可能だ。筆者の場合、公判廷での陳述が、作家としてデビューする『国家の罠──外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮文庫)を書く土台になった。

(この項終わり、20年12月25日脱稿)

佐藤 優「危機の読書」〈第8回〉共産党の内在的論理とは?
TOPへ戻る